①ツンデレ第二王子と負けず嫌いの侯爵令嬢 ~「お前との『離』婚約は破棄させてもらう!」「……はぁ??」~ side レティシア
吊り目がちで無愛想で極度の負けず嫌いな私と違い、妹は幼い頃から可愛らしくて愛され気質でした。
それに加え意外とちゃっかりしていて時に小ずるい所がある、そんな妹に負けないように、大切な物を奪われないようにと小さな頃から一人肩肘張って必死で頑張ってたら……
いつの間にか『やられたらやり返す』ような、そんな可愛くない性格になってしまいました。
その性格は学園を卒業する年になっても治らず。
悪役令嬢だの何だの難癖をつけて張り合ってきた、身の程を弁えない無礼な男爵令嬢からの嫌がらせの数々を倍にして返した話は、尾ひれ背びれを付けて今なお面白おかしく学園の後輩たちにより語り継がれていると聞きます。
その気骨を王妃様に気に入られ、揺るがない後ろ盾を得た事により学園の卒業と同時に侯爵家を相続するのが私である事が正式に決まり、ホッと胸を撫で下ろしたまでは良かったのですが……。
そんな『倍返し』がモットーのハングリーな金貸しのような私を、いくら幼い頃からの婚約者であるとはいえ、鮮やかな金髪に宝石のような深く蒼い瞳をされ美しい王妃様に生き写しと名高く学園でも屈指の人気を誇り、常に周囲の女生徒からちやほやされていらした第二王子のルーク様が好いてくださる道理もなく。
結婚を目前に控えてなお、私とルーク様の間では常に口論が絶えませんでした。
それでも。
思いを向けていただける事は無くても、せめてルーク様の良きパートナーでありたいと、ずっと私なりに努力してきました。
しかし結婚式前日、いつもの如く私と口論になり部屋を出て行かれてしまったルーク様が、庭で妹には実に優し気に微笑まれる姿を自室の窓から見てしまった時です。
これまで何の為に妹や他の令嬢方に負けないように頑張って来たのか、私は不意にその意味が分からなくなってしまったのでした。
しかし、いくらポキッと心が折れたからとはいえ、流石に結婚式前日というのは婚約を破棄するには流石に遅すぎました。
そこで……
私は婚約破棄の代わりにルーク様に『離』婚約を申し出たのです。
『離』婚約。
それは白い結婚を一年続けた後、私の病死を偽装し、家督とルーク様を妹に譲るという密約です。
ルーク様は私とは異なり愛らしく素直に甘えるのが上手な妹の事を昔から気に入っていらっしゃるようでしたので、きっと喜ばれると思ったのですが……。
『離』婚約には応じて下さったものの、何故かルーク様はその日以来、これまで以上に私への態度を益々硬化されてしまったのでした。
******
夫婦での参加を余儀なくされた王家主催の夜会で、本当に久しぶりにルーク様に手を取られダンスを踊ります。
相変わらずダンスの上手なルーク様のリードに、思わずうっとりと身を預けてしまった時でした。
きっと世間体を……、周囲の目を気にされたのでしょう。
不意に、まるで本当に睦み合う夫婦の様に、ルーク様が私に向かい甘く甘く微笑まれました。
私の事など愛してなどいらっしゃらない癖に……。
それどころか煩わしく思っていらっしゃるであろう癖に。
『離』婚約を結んで以来ルーク様は時々こんな風に甘く、そして時にどこか切なげに破顔しては、同じくルーク様の事など何とも思っていない筈の私の心を酷く乱すのです。
『あぁ、離婚が成立したらルーク様は私ではなく妹に、事ある毎こんな風に優しく微笑みかけられるのか……』
そんな事を思ってしまったら何故か突然どうしようもなく胸が苦しくなって。
何も言わずルーク様の手を振り払うようにして体を離し、もう一曲踊るはずだった約束を一方的に反故にしました。
そんな私の態度に、ルーク様が浮かべていらした笑みをサッと消し、実に忌々し気にグッと歯噛められます。
『あぁ、またやってしまった』
そんな風に後悔しながらも、ルーク様を無視するようにして一人バルコニーに逃れれば、そこには既に先客がありました。
誰かと思い良く見ればルーク様のお兄様であり第一王子であらせられるセザール様です。
「可哀想に、また弟に何か酷い事を言われたのか?」
そう言いながらセザール様は私を彼の傍に招き寄せると、冷たい風邪から守る様にして優しく彼がお召しになっていた上着を、私の肩にそっとかけて下さいました。
二つ年上のセザール様は、同じ学園に通う間、私を実の妹の様に可愛がってくださった良き先輩です。
懐かしいセザール様の纏う優しい香水の香りに、思わず肩の力が抜けました。
セザール様とのお話しになる他愛も無い冗談に心に慰められ、思わずフフッと声をあげて笑った時でした。
休憩の為、バルコニーにやっていらしたルーク様と真正面から鉢合わせてしまいました。
「こんなところで何をしている?!」
普段はダンスを踊った後直ぐに帰るはずの私が、まだルーク様のテリトリーでもある城内にいた事が面白くないのでしょう。
いつにない険のある目を向けられ、また酷く胸が痛みます。
「私がどこにいようとルーク様には関係ないでしょう?!」
哀しみの余り、思わず大きな声を出してしまった時です。
きっと、侯爵夫妻は不仲であるとの噂が広がる事は得策でないと思われたのでしょう。
ルーク様がセザール様に彼の上着を投げ返すと、ギュッと私の肩をその腕の中に抱きしめるようにして周囲の好奇の目から隠して下さいました。
『なんだ、ただの痴話げんかか』
ルーク様の温かい胸の中、ルーク様越しに周囲からの目線が実に生暖かいものに変わったのを感じます。
ちょっとした間があった後、ヤレヤレ全く世話が焼けるといった事を仰った後、セザール様も受け取った自らの上着を羽織りパーティーへ戻って行かれた様でした。
結局、私は周囲のその生暖かかな空気に耐えかね早々にパーティー会場を後にする事にしました。
「一人で帰れますから。ルーク様はどうぞ最後まで楽しんでいらしては?」
共に馬車に乗り込もうとするルーク様に向かい、気を利かせたつもりでいつもの様にそう言えば
「勘違いするな。お前の為じゃない、あの場に残りづらくなったから仕方なく帰るんだ!」
と返されます。
それは悪い事をしたなと申し訳なく思いながらも、今日はこれ以上ルークが他の令嬢に触れる事はないのだと思えば浅ましくも嬉しくなってしまいます。
そんな気持ちを隠す為、フイと窓の外を向いた時でした。
「何を笑っている?」
ルークにそれを指摘され、慌てて表情を引き締めれば
「ホントに腹が立つ」
ルーク様が吐き捨てる様にそんな事を仰いました。
妹には、男爵令嬢には。
どれだけ我儘を言われても、無礼な態度を取られても『しょうがないなぁ』とばかりに、あんなにも優しく微笑まれていた癖に。
どうしてルーク様は……私にだけ、そんな風に感情を露わにされるのでしょう。
「だったら屋敷なんかに戻られずどこへなりと好きな所にいらっしゃればいいではないですか! その方が私も清々します!!」
本当は少しでも一緒に居たいのに……。
また言い返してしまいました。
私って、ほんと何て可愛くない。
******
約束の一年にはまだ少し間がありますが、こうなってしまった以上仕方ありません。
これ以上この関係を続けるのは辛すぎるので、いっそ腹をくくって今すぐここを出て行こう。
そう思い、屋敷に着くなり自分の部屋に戻り荷物を纏めていた時でした。
突然ルーク様が私の部屋にいらっしゃいました。
「何をしている?」
ルーク様の冷たい声に
「出て行きます」
と短く返します。
すると
「なっ?! 約束が違うだろう!!」
ルーク様が、まるで酷く動揺されたような声をあげられました。
「心配されなくても、約束は守ります。少しくらい時期が早くなるだけです。その方が貴方だっていいでしょう?!」
泣くつもりなんて無かったのに。
大きな声を出したせいで思わず瞳からハラハラと涙が零れてしまいました。
ルーク様に背を向けていたおかげで、情けない泣き顔を見せずに済んで本当に良かった。
そう思った時です。
「お前が約束を違えるつもりなら分かった。だったら……だったら僕は、お前との『離』婚約は破棄させてもらう!!」
「……はぁ??」
ルーク様がちょっと良く分からない事を仰いました。
昨今、婚約破棄を題材とした芝居が王都では流行っていると聞きますが……『離』婚約の破棄???
思いもしなかった展開にポカンとする私を強引にその腕の中に閉じ込めながら、ルーク様が言葉を続けられます。
「ずっとだ。初めて会った時からずっと、お前だけを愛してきた。……だからお前は生涯僕だけの妻だ。他のヤツの下になど行かせてやるものか!!」
混乱した私が、しかしまた何か可愛くない事を言いそうになった時です。
そんな私の唇を熱く柔らかな何かが塞ぎました。
口付けをされていたのだと気づいたのは、長く深いキスに息も出来ぬまま翻弄され、思わずクタリと自らルーク様の胸に縋ってしまってからです。
その後も可愛くない事を言おうとするたび、時に柔らかな、そして場合によっては更に深いキスで唇を塞がれて。
「ずっと……。ずっとルーク様には嫌われ疎まれているものと思っていました」
ようやくそんな本音だけ口に出来た時です。
「嫌いだなんて言った覚えは無い!」
いつものような不機嫌な声でそんな言葉が返って来ました。
私がその声のトーンに条件反射のように体を固くした時です。
「その……だから……ごめん」
ルーク様がうろたえながら、まるで私の許しを乞うように、思わずまた私が零してしまった涙にゆっくりと唇を落されながら仰いました。
「お前が兄の事を思って僕の方を見ようともしないから、少しでもこっちを見て欲しくて酷い事ばかり言った。でも本心ではレティシア、君だけがずっと大事だった。これまで君を傷つけてきた罪を、そう簡単には許してもらえない事は分かっている。でももう決して傷つけるような事は言わないと誓うから……これからもずっとお前の側に居たい。だから、どこにも行かないで……」
苦し気に俯くルーク様のサラサラとした綺麗な前髪が、私のうなじを擽ります。
……えっと。
この私に甘々な人は、本当にルーク様なのでしょうか??
まさか夜会で、影武者と入れ替わった???
一瞬そんな事を思わないでもありませんでしたが……。
密かにずっと、ルーク様だけを思い続けて来た私が彼を他の誰かと間違えるはずはないので、きっとご本人に間違いないのでしょう。
……それより。
『お前が兄の事を思って僕の方を見ようともしないから、少しでもこっちを見て欲しくて酷い事ばかり言った』
って何ですか?!
将来の王に相応しく一見豪胆に見えて、しかしそれでいてその実は以外と繊細で苦労人気質のセザール様の事は、将来の兄と慕ってはきましたが、恋愛対象として見た事なんて一度もありません。
確かにルーク様のその綺麗なお顔を、その真っすぐな瞳を前にすると胸が酷くドキドキして苦しくなってしまうので、いつもついプイと顔を背けてしまっていましたが……。
可愛くないと思われているのだろうなと自己嫌悪に陥る事こそあれ、まさかそれが原因でセザール様との関係を疑われているだなんて夢にも思いませんでした。
……つまらない意地を張らず、もっと早く素直にルーク様に気持ちをお伝えするべきでしたね。
と、一度は確かにそう思ったのですが?
その舌の根も乾かぬうちに、私の悪い癖が疼きだしました。
そうです。
私は極度の負けず嫌い!
ルーク様に泣かされたままだなんて、そんなの私のプライドが許しません!!
ここはなんとしても泣かし返してやろうではありませんか!!!
「私の方がずっと前からルーク様だけをお慕いしてきました。いいですか? 私の方がルーク様の倍、ルーク様の事を思って来たんですからね!!」
上手くやり込めるはずが、まるで拙い精一杯の告白の様になってしまいました。
だったらせめてキスでは主導権をと思ったのですが……。
それもまた、真っ赤になりながら閉じた唇を押し付けるのが精一杯でした。
「……キスは倍にして返してくれないのか?」
もう意地悪は言わないっておっしゃったばかりなのに。
どうにもいじめっ子ムーヴが癖になってしまったのであろうルーク様を『キッ!』と涙目で睨み返した時です。
王妃様譲りの天使のような綺麗な顔をされておきながら、しかし悪魔の様にニンマリと嗤うルーク様と目が合いました。
あ……。
この嗤い方、知っています。
『王都の芝居で見たヒロインにざまぁする悪役令嬢そのもの』と言われ恐れられた、私が更なる追い討ちをかける時の嗤い方ですね。
更なる制裁を受けながら、
『倍返しは流石にやり過ぎだったなぁ』
と、私はこれまでの自分の行いを心から悔いるのでした。
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あれから一年が経ちました。
ルーク様の逆襲により、『倍返し』という自らの悪い癖を封印しようと努めている私でしたが……。
私は相変わらずルーク様の妻で、そして負けず嫌いです。
ですから今日も、共に見ごろを迎えた薔薇を見ようと立ち寄った庭先で不意に
「好きだよ」
そんな事をどこか意地悪気な顔で仰ったルーク様に
「まぁ、残念ながら私はルーク様の事を愛してますから。ですからこの勝負(?)、私の勝ちですね」
と、咲き誇る薔薇なんかよりもずっと真っ赤になりながら言い返してやりました。
するとルーク様は、今度は本当に嬉しそうに柔らかく破顔して
「あぁ、僕の負けだな」
そんな事を全く悔しくなさそうにおっしゃって、なぜか私を何か負けた気に、しかしながらそれでいて不思議と幸せな気分にさせるのでした。
ルーク視点続きます。