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妄訳・曾呂里物語  作者: 帝江
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武士が肝試しに行って怪しい女に出遭う話(巻第一「板垣の三郎高名の事」)

 駿河国の大森、今川藤という人が府中に在城していた時、ある徒然なる夜に家の子郎党を集め、酒宴を催していた。宴も数刻に及んだあたりで、大森はこんなことを言い出した。


「さて誰か、今夜、千本の上の社まで行って、帰って来ようという者はおらんか」


 そこは音に聞こえた魔所であり、座中には日頃から武功で聞こえた者たちも多かったが、我こそはと言い出す者はいなかった。


 そこに「私が参りましょう」と名乗り出た者がある。


 甲斐国の住人で板垣三郎という、代々弓矢をとってきた隠れなき豪勇の者である。大森は彼を格別に思い、社に参った証として置いてくる目印を下賜した。板垣は大変な武功者で、少しも恐れた様子はなく、すぐに殿中を出て千本の社へと向かった。




 季節は九月中旬のこと、月は天高く、大変に白く澄んでいた。


 木の葉の降り積もった、ものすさまじい森の中を通り、石段を上がったところで、杉の木の上から小さいものがひとつ、ひらりと足元に落ちてきた。怪しく思って見てみれば、一枚のへぎ板である。


 こんなところになぜこんなものが、と思いながらも、板垣はそのへぎ板を踏み割って、先へと進んだ。


 へぎ板を踏み割った音が、山中から夥しい山彦として返ってきたことには不審に思ったものの、その後は特に変わったこともなく、山上の社の前にて一礼して、目印の札を立てかけると踵を返した。


 と、そこで、どこからともなく白いねりの単衣をかづいた女房が一人でやって来た。


「さては音に聞こえた変化の物が、己おれの心を誑かそうとやって来たのだな」


 そう思った板垣は、女に駆け寄り、かづいている単衣をばっと引きのけてみれば、大きな一つ眼と目が合う。振分け髪の下には角が並んで生えており、薄化粧に黒々と鉄漿かねを付けた歯が見える。例えようのない、恐ろしい姿であった。


 されど板垣、少しも動揺せず、何者かと太刀を抜かんとすれば、あやしの女の姿はかき消すように失せていた。




 不思議ではあるが、これ以上どうすることもできないので、そのまま帰城し、大森の前に参ると、


「社の前まで参りまして、目印を置いて帰って参りました。御検使を立てて御確認くださいませ」


と申し上げた。


 誠に板垣でなくてはこう恙無く帰ってこなかったであろう、と一同は感嘆した。


「さて、何事もなかったか」


と主君が尋ねる。


 板垣が何も怪しいことには遭わなかった、と答えるや、少しの影もなかった月夜が、俄かに掻き曇り、車軸を流すような雨が降り始めた。


 酒宴も興醒めというところで、虚空より、


「いかに板垣、先ほどは我らが腹をば、何とて踏み割りけるぞ、懺悔せよ」


 としわがれ声が板垣を呼ばわった。


 これ聞いた一同、板垣を取り囲み、「何か見たのであろう」「我らが主の御前にて申せ」と代わる代わる問い詰めるので、板垣は千本の上の社での出来事を残らず語った。




 しかし、それでもなお雨風止まず、稲光夥しく、雷鳴轟き、殿中は大騒ぎとなった。このままでは板垣の身が取られるかもしれないと、彼を唐櫃の中に入れてやり、交代で番をして夜明けを待つことにした。


 さて、雷も次第に止み、空も晴れ、五更になって夜も明けてきたので、板垣を出してやれと、唐櫃の蓋を取ってみれば、彼の姿は忽然と消えていて中には何もない。


 これはどういうことかと一同、奇異に思っているところに、再び虚空から二、三千人のどっと笑う声がする。一同が縁側に駆け出すと、中空よりどさっと落ちてきたのは板垣の首であった。




 こんな不思議なこともあるものである。

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