異世界転移の現実
天界とは、人が神と呼び、敬う存在が集う場所。神とは、長い年月生きた生物または存在した物などに人の信仰心が重なることで、その相乗効果によって世界の枠から外れてしまった存在である。
ある種、超越した存在となった彼ら神の仕事は、いくつも存在する世界を管理することである。誰が始めたことなのか、既にわからなくなっているが、とにかく管理することが彼らの仕事なのだ。
時に、世界に試練を与え、生物の進化を促すこともある。時に、一つの世界を壊し、新たに作り直すこともある。そして、時に、ある世界から別の世界に人を移すこともある。
「今日の移動、記念すべき一回目はどこからどこ?」
白のローブを着た若い男神が上裸の無精髭を生やした男神に問い掛ける。彼らの仕事は、一定期間ごとに、各世界の人間を移動させることだ。
これは、もともと、各世界に新しい風を送り込む目的で始められた。現在では、既に世界ごとに特色ができてしまっているため、わずか数十人送り込むだけでは、ほとんど効果がない場合が多い。半ば形骸化した制度である。
とはいえ、決まりとしてあるので、やらない訳にはいかない。
適当に選んで、適当に送り込むだけでは、世界のバランスが崩れてしまうので、調整する必要がある。とはいえ、世界の数は膨大なものであり、偏りが出ないように調整するのも大変だ。その調整を行うのが、彼らの部署の仕事だ。
「…………たしか、[191421-e]から[248533-k]だったかな」
「げ、[191421-e]っていったら、説明が面倒なところじゃん?!」
当然、選んだ人間達に事情を説明するのも彼らの仕事だ。世界ごとに人間の特色があり、素直に従ってくれるところと色々とうるさいところとがある。
「んなこといったって、人口バランスがあるからな……………あ、来た。76番の部屋だな。んじゃ、頑張ってくれ。俺は、昨日の移動詳細報告書を提出しなきゃいけないんだ」
「はぁ、了解。お前も頑張れよ」
「おう」
ローブの男神は、何もない白の空間に移動する。すると、次の瞬間、二十人程の男女がその空間に現れる。
「私は、神だ。君達には、別の世界、いうなれば、異世界に行ってもらう!」
彼は、できる限り威厳のある声を作って、男女に告げる。
はじめ、呆然としていた男女だったが、一人の男が騒ぎ出した。
「テンプレきたーーー!!!!」
男の声に反応して、全員がざわざわとし始める。そのほとんどが興奮した面持ちだ。
「なんで、若い奴が来るかな…………」
「それで、どんなチートがもらえますか?」
ローブの男神のぼやきは、一人の興奮した様子の男の声にかき消された。明らかに、そわそわした様子だ。
「あぁ、うん。チートとかそういうのはないから。一応、先立つものはあげるけど、移動するだけで凄いものもらえると思わないで」
ローブの男神が面倒臭そうにいうと、一瞬ぽかんとした表情で黙った男女達がいっせいに何かをいい始める。
「転移っていったらチートだろ?!」
「勝手に呼んどいて何もなしとか冗談じゃないわよ!!」
「エネルギーの高低差による能力があるはずだ!!!」
ローブの男神は、疲れた表情で口を開く。
「この制度の存在自体が惰性みたいなものだから、そんなに重要視されてないんだよ。で、予算は最低限しかないから凄いものは渡せない。むしろ、先立つものを渡すだけマシだと思ってくれる?
それに、もう一回いうけど、普通はどこかに移動するだけで何か貰えるわけないでしょう? 旅行にいって、お金は増えないでしょう? 永住しても働かないとお金は増えないの。最低限で諦めて。
あと、エネルギーの高低差とかいうけど、何で、君らの世界の方がエネルギー準位が高いと思うのかな? たしかに、基本的には、エネルギー準位が高い方から低い方に移動する。それはただ移動させやすいからそうなってるだけ。今回の君達は、むしろ逆で、低い方から高い方への移動。そこで、何か特典をつけるでもなく、逆に何かこっちがもらうわけでもない。君たちの場合、滝壺から滝の上まで水を持っていくみたいに大変だから、うちらは損しかしてないの。そんな中で凄いもの渡せるわけないってわかるよね?
わかったよね? じゃあ、速く行って!」
男女が、正確にローブの男神の早口の説明を理解する前に、彼は動き出す。
男女の後ろに白い穴が現れ、ローブの男神が彼らを穴に向かって押し始める。彼らは、抵抗しようとするが、そこは超越した存在たる神である。人間程度の能力では、抵抗など無意味に等しい。
「はい、一応、安全な場所に送るからねー。ちゃんと人数分の先立つものはあるから、上手くやれば生きれるはずだよ。じゃあ、頑張ってね」
ローブの男神がそういうと、男女達は穴の中に消えていった。
「はあ、面倒臭いなぁ…………」
ローブの男神がぼやくと、彼に、内線が入る。彼は、ガラケーの様な機械を開く。すると、眼鏡をかけた女性が現れる。彼女は、この部署の部長だ。
「そのまま、96番に行ってくれる? 新しい移動よ。移動先が変わるだけで、移動元は一緒だから。他にも、順番に部屋番号送るから、全部送り出しといて」
「ええ!!? 何で僕なんっすか?!」
「人手不足よ」
「人事は何してんすか!? 新しい神候補くらいいるでしょう??!」
「予算の着服がバレて解体中よ!! しかも、叩けば出てくる不正の嵐!! 機能してないの!! わたしも書類の山に埋もれて三ヶ月経ってるの!!」
彼ら神には、睡眠という概念はない。仕事が一段落したそのときが、彼らの休みである。
ローブの男神は、上司からの命令に従うしかない。ため息をつきながら、一日で三十件もの移動を担当した。
彼が、来たる次の仕事に現実逃避していると、またも着信がある。
「あ、資材部です。一昨日の移動詳細報告書なのですが、計算が合わない部分がありますので、お越しください。一昨日の担当者全員と確認作業です」
「………………はい」
各世界の人間を送り出すだけなら、何ら大変なことはない。説明が面倒なだけだ。本当に大変なのは、その後だ。
人間だけでなく、彼らの食料など最低限のものも一緒に移動させている。それらの分量を記録し、それらがどのように各世界で使われ、そしてどのように溶け込んだかを移動詳細報告書にまとめて報告しなければならない。
これを三十件やるとなると、相当な労力になることは、想像に難くない。
そして、移動させた総量と世界に溶け込んだ総量の帳尻が合わないと、先程の様に呼び出されて、その日に移動を担当した神達総出で映像や記録の確認をしなければならない。
当然、誰かが間違えている訳で、間違えた人物は、しばらく肩身の狭い思いをすることになる。次の日には、誰かしらが間違えるので、すぐに大丈夫になるが。
確認作業を終えたら、今日、移動させた資材をチェックすることになる。自動録画された映像の時間軸を巻き戻しながら、資材の行方を記録していく。
「あれ? ここ、映像が途切れてる…………。機材トラブル? 嘘だぁ……………」
ローブの男神は、技術部を呼んで修理してもらう。
「二日はかかります。その間、他のやつを記録してください」
「はい。了解しました」
三十件総てを終わらせることはできないことが確定した。二日も経つと、どこの世界の人間をどこの世界に移したかなど綺麗サッパリ忘れている。思い出しながらの作業となるため、時間がかかる。
とにかく、忙しくなることは間違いない。
「うわぁ、テンプレとか騒いでると、すぐ死ぬんだなぁ」
映像を見返しながら、移動詳細報告書を書いていると、女上司からの連絡が入る。
「はい」
「明日も三十件やって頂戴」
用件だけ簡潔にまとめられた、素晴らしい命令だった。死刑宣告に近い。
基本的には、移動させた次の日は、移動詳細報告書の記述時間に当てられる。つまり、一日あくのが通例だ。それを無視する命令といえる。
「…………そんなに人がいないんですか?」
「循環部の無能共が、創造部に圧力をかけて、また新しい世界を追加したからよ!! 上から命令するだけの無能共に全エネルギーの管理なんてできるわけないでしょうが!! 循環部に優秀なやつ入れなさいよ!! エネルギーのタンクが溢れるからって、どんどん新しい世界を作らせるんじゃないわよ!! それを回すのが仕事でしょうが!! 創造部も創造部で、もっと断固として断りなさいよぉぉぉ!!」
「えっと、承りましたんで、失礼しまーす」
ローブの男神は、上司の美人台無しの叫びを無視して、仕事に戻る。
かなり努力しないと終わらない仕事量だ。他の神も同じような状態だろう。応援は望めない。
部署内の歴史を遡ると、三週間もの間、ノーミスで連日百件の移動をこなした猛者もいる。三十件、二日程度なら、どうとでもなると思われているのだろう。
その猛者とは、眼鏡をかけた女上司のことだが。
「あぁぁぁぁぁ」
無意識的に意味の無い言葉を発しながら、映像を早送りして資材の行方を追う。
総ては、不正をした人事のせいだ。そんな恨みを込めながら移動詳細報告書を書いていく。字が汚いが、読めれば良いのだ。
『ペーパーレスってどうなったの?』
『総務がいうには、手書きをしないのはサボりだ、っていう循環部を筆頭とする懐古主義者からの意見が強いらしい』
『あいつら、ろくに自分の部署の仕事もできないのに、声だけは大きいよな』
数日前に聞いた、そんな同僚達の会話を思い出し、人事以外の部署にも恨みがつのる。
「……………過労死しそう」
彼らが過労死することはない。