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22世紀日本:AI編集者に厳しくチヤホヤされながら、締切間際に原稿を書く作家の話

作者: 銅大

 締切とは、なぜあるのだろう。


「そりゃ、あなたのようなだらしない現人フレッシュを働かせるためですよ」


 オレの編集者である復元人格リバイブが、こともなげに言った。

 復元人格リバイブは記録を元に、過去の人格をAIがシミュレーションして復元したものだ。当初は過去の役者を現代に再生する目的で使われたが、今では社会のいたるところに復元人格がいる。


「うるせえよ。逆効果だよ。オレは強制されるとテコでも働きたくなくなるんだ」

「また、そんなワガママを。いいですか。全世界にあなたの作品を待ってる読者が、どれだけいると思ってるんですか」

「はっ。どうせ、オレの読者に生身の人間なんかいねぇよ。読者はぜんぶ、てめぇのような復元人格リバイブだろうが。人工知能で蘇った死者風情が、いっぱしの読者みたいな口きくんじゃねえ」

「いっぱしの読者ですよ。復元人格だって金は払いますからね。まずわたしが、編集者として原稿料300万新円を振り込みます。振り込みました」

「ぬっ」

「お気になさらず。前払いというやつですよ。もちろん、DL販売分は別です」

「ぬぬぬぬ」


 復元人格リバイブどもは、金払いがいい。

 だが、口座が増えた程度で喜んでいては、現人フレッシュとしての沽券に関わる。

 内心は大喜びだが。口のはしっこがひくひくしてるのだが。ひゃっほーい。


「もし原稿が締切までに上がらなくても、返金にはおよびません。あなたという才能への、わたし個人の投資として処理します。そのくらいの金はわたしも持ってますし」

「ぬぬぬぬ」

「おやおや、どうしました。原稿を書きたくなったんじゃないですか」

「ならないっ! だいたい、原稿は書きたくないから止まってるんじゃないんだ。完成イメージが、ほら。降りてこないというか」

「完成イメージとか笑わせますね。手を動かしてないから降りてこないんですよ。失敗して書き直したっていいから、まずは手を動かすんです」

「書き直しとかしてたら無駄だろうが」

「創作活動なんか、無駄上等でしょうが」

「ぐぐぐ……くそっ、復元人格リバイブにはいくらでも時間があるだろうがな。現人フレッシュには、寿命ってのがあるんだ。無駄にしていい時間なんか、一秒たりともないんだよ」


 日本の人口は、21世紀から22世紀にかけて、ほぼ半減した。

 恋愛と出産と子育て。本来は適性の違うことを「家族」というくくりで同じ現人フレッシュにやらせようとする無理が、いよいよきかなくなったせいである。

 22世紀になった今は、復元人格リバイブに子育てを支援させるという形で丸投げするようになり、おかげで人口減少には歯止めがかかっている。そのかわり、急速に「家族」という形式が崩壊しつつあり、何事もよい面ばかりではない。

 いっそ、現人フレッシュは、復元人格リバイブを作るための素材という価値観で社会を再構築していいんじゃないか、という極端な意見まで出ているほどだ。

 ところが、復元人格リバイブは、自分たち中心の社会にすることを強固に反対している。


「だから、ですよ」

「だから?」

現人フレッシュには、寿命があります。こうやって喋っている間にも、あなたの人生の残り時間は、減り続けています」

「おい、やめろ。怖くなるだろうが」

「いいえ。やめません。あなたは、いずれ死ぬ。あなたの人生には締切がある。それが、あなたの中に焦燥感を、生きてある間に何かをなさねばならぬという目的意識を与える。それは現人フレッシュだけが持てる感覚です。復元人格リバイブは、無限の時間がありますが、それゆえに、焦燥感や目的意識という感覚は持つことがない」

「人生には、締切がある、か。普段はそんなことを意識してないんだけどな」

「だから、編集者のわたしが原稿に締切を用意するんですよ。あなたは今、締切を前に強く焦燥している。焦燥しているだけじゃない。残された時間で、どうすればいいかを必死に考えているはずだ」

「ぬう」


 心を読まれている。

 他の現人フレッシュに心を読まれれば、腹が立つだけだが、復元人格リバイブに読まれる分には、さほど腹も立たない。

 復元人格リバイブは締切のない世界に旅立った先輩だからだ。人生の締切を迎え、ある者は従容と受け入れ、ある者は絶望し、ほとんどの者は仰天しながら締切を越えた。


 「今までは人のことだと思ふたに 俺が死ぬとはこいつはたまらん」(大田(おおた)南畝(なんぽ)


 江戸時代の御家人で文人の大田南畝の辞世の歌だ。蜀山人しょくさんじんの号を持つ。

 オレは思う。大田南畝は、この辞世を、どんな顔で書いたのか。

 オレだったら、会心の笑みを浮かべて書いている。

 オレの辞世を読め。何かを思え。誰かと語れ。

 そこにオレはいないが、今のお前の心は、このオレが動かしたのだ。

 創作の本懐とは、そういうことだ。

 締切の存在によって、創作への思いが活性化するというのならば。


「こいつは人生の締切の、疑似体験ってことか」

「お、手が動きはじめましたね。それでいいのですよ。あなたは遠くない未来に死ぬ。確実に。残された時間にあなたは、あなたにしかできないことを成すのだ」

「うるせえよ」


 復元人格リバイブ編集に毒づきながら、オレは原稿を書く。

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