二回表:巨人への挑戦
スラッガーとの対決
バッターボックスには四番の赤城が立っている。
こいつは、中学で既に身長が180cm近い。大人顔負けの体格をしている。こいつだけは、この学校の野球部のメンバーで本物と言ってもいい怪物かも知れない。柚木にしてみれば、見上げるほどに身長が違う。
実際、米倉からも信頼が篤い。
日頃から知っているが、素振りのヘッドスピードが速い。棒きれか何かでも振っているのかと。
そこに立っているだけで、威圧感を振りまいている。
柚木は赤城を睨んだ。臆するものか。
「プレイボール」
柚木は大きく振りかぶった。これまでの投球と何も変わらない。全身の力と殺意を込めてボールをミットへと放り込む。
狙うはインハイ。
腕は地面へと叩き付けるように、しかし向かうボールはリリースポイントよりも上になる位を意識して。
キンッと甲高い金属音が響いた。
バックネットにボールが弾かれる。
「ファールボール」
舌打ちする。当ててきやがった。擦らせすらしたくなかったというのに。
だが、僅かだが差し込んだ。当たったのもバットの根元だ。
今度は三原がアウトローにミットを構える。セオリー通りの配球だが、それでもインハイの印象は頭に焼き付く。
「ファールボール」
バットの先端に当てられる。一塁線を割ってボールが転がった。
つくづく、嫌な野郎だと思う。今のもバットを振るのはタイミングとしては、これまで相手した一番から三番よりも遅かった気がするのに、それでも食らいつく。
三原は、もう一度アウトローへとミットを構えた。ただし、右手で「より外へ」とジェスチャーを送ってくる。柚木は頷いた。カウントは悪くない。
柚木はミット目掛けてボールを投げた。
赤城は少しだけ反応する素振りをしたが、バットは出さない。
「ボール」
ホームベースから僅かに外したボール球は見極められた。
「OK。赤城ナイセンナイセン。見えている見えているよ~っ!」
一軍ベンチが活気づく。たかだか一球外したくらいで、おめでたい奴らだと思う。
今度はインハイか。
こっそりと、気付かれるかどうかは分からないが、プレートの左端へと移動する。少しの違いだが、こっちの方が、角度が付いて打ちにくい気がした。
無様に仰け反れやがれっ!
渾身のストレートは一直線に赤城の胸元へと抉り込んでいく。
キィンッと、金属音が鳴った。
鋭い打球。テレビで野球を見ていると、これはホームランだと分かる打球があるが、それだ。
柚木は振り向き、打球を目で追う。
高く舞い上がった打球は三塁線を大きく割り、レフトの脇にある体育館の壁に当たった。
「ファールボール」
一軍ベンチから歓声と野次が上がった。ファールボールだっていうのに。調子に乗りやがって。
とはいえ、さっきはまともに芯を食われた当たりだった。
柚木は嘆息する。さて、次はどこに投げるか。
三原は高めにミットを構えた。今度は上へと人差し指を向ける。「上に外せ」ということか。分かったと頷く。
真ん中高めの釣り球。見逃せばボール。
赤城は手を出した。
鈍い音。ボールはバックネット裏に。空振りはしなかった。
「いいぞーっ! タイミング合ってる合ってる」
「ヘイヘイ、ピッチびびってんよ~っ!」
どうかな? 釣られる程度には、赤城を追い込んでいる。柚木は逆に、そう確信した。
三原が今度は真ん中低め、膝の高さギリギリにミットを構える。
柚木は振りかぶった。
限界を感じるほどに、歩幅を広げて、上半身を落として。
地を這うようなストレートが伸びていく。
赤城は体を震わせた。しかし、手を出さない。
「ストライクっ! バッターアウト」
低めいっぱいに、ストレートが突き刺さった。
赤城の顔が驚愕に染まる。そして、溜息を吐いて肩を落とした。
手を出せなかったんだな。柚木は堪らない愉悦感を覚えた。
「ナイスボール。柚木」
投げ返されたボールをキャッチする。
ふと、一軍ベンチを見た。先ほどまでの活気はどこに行ったのやら、途端に静かになった。ああ、それでいい。そのまま静かにしていろや。
五番がバッターボックスに入る。
しかし、赤城に比べれば随分と迫力が足りないように思えた。お前らなんか、恐くはない。