一回裏:破れた夢
一番、二番、三番と三球三振に切り捨て、柚木達は二軍のベンチへと戻っていく。
密やかな満足感を覚えながら、柚木はベンチに座った。
「ナイスピッチ」
隣に、三原が座る。
「ああ」
ぶっきらぼうに、柚木はそれだけを返した。あまり話したい気分じゃない。
だが、そんな感情を無視して、三原は絡んできた。
「お前がいきなり、ピッチャーをやりたいって言い出してきたときは驚いたけどさ。自信あったの?」
「まあ。少しは。正直、実戦経験は無いけど」
「だよなあ。お前、外野だもんな」
「そうだな」
マウンドでは一軍エースの村井が投球練習をしている。投球フォームはスリークォーター。球種はストレートとカーブだけだが。ボールはそこそこに速い。とはいえ、他校との練習試合で見た限りでは平凡より少し上程度だろう。柚木はそう考えている。
「でも、なんで今日はピッチャーをやりたいなんて言い出したんだ? いや、やりたがる奴、俺らの中にはいなかったから助かったけどさ」
普段の柚木もそうだが、この二軍メンバーにいる連中というのは、どいつもこいつも大人しい性格の連中ばかりだ。また、体格にも恵まれていない。だから、監督の好みにも合わない。
そんな人間だから、ピッチャーなんて目立つポジションをやりたがる人間なんてのもいなかった。もっとも、そうだろうと思っていたからこそ、柚木は今日はどうしてもピッチャーをやらせてくれと言ったのだが。
「うるせえよ。どうでもいいだろ、そんなこと」
吐き捨てるように呟く。
「何キレてんだよ? 俺、何かしたか?」
「いや」
柚木は頭を振った。
「俺がムカついてんのはあいつだよ」
顎で「それ」を指し示す。
「あー、米倉か」
げんなりとした声を三原があげてくる。
一軍ベンチではギャアギャアと米倉が喚き立てていた。いつもの光景だ。今、あいつの側にいないことだけは、ここにいてよかったとつくづく思う。
「まあ、何でもいいけど。出来ることなら、俺は今日の試合勝ちたいんだ。この調子で頼むぜ、柚木」
三原が肩を叩いてくる。
それに対し、柚木はただ嘆息した。
「この試合、一応は俺達のようにレギュラーから外された三年が最後に試合して思い出を作ろうなんて話になっているけど、そうじゃねえ。単に、俺達を噛ませ犬にして、一軍に自信を付けさせてやろうって、そんな魂胆だろ」
「そうだな」
この中学の野球部では、毎年夏の大会前に一軍と二軍の三年が練習試合をする。
一年生、そして二年生のときに見た練習試合の光景を思い出す。それはどちらも一方的な試合だった。徹底的に一軍が二軍を叩き潰すだけの試合。思い出も何もあったものじゃない。
そして、そうなるのも当然だ。米倉は体格と性格から早々にレギュラー候補とそうでないメンバーを選別する。そして、レギュラー候補だけは徹底的に鍛え、逆にそうでないメンバーは下働き扱いに近い。
練習時間や実戦経験、諸々に圧倒的な差がある状態で、そうそう勝てるものじゃない。
米倉としてはチームが勝つため、勝利に貪欲であるためにそうしているのかも知れない。
しかし、別に野球に強い県でもなければ、野球の名門校でもない中学で、そんなあからさまな格差を付けられた扱いというものは。それで二年半の野球経験を棒に振るのは、少年の心としては耐えがたいものがある。
「俺はさ。肩が弱いんだよ。だから、キャッチャーとしては使えないってことなんだろうな。野球の知識なら、少しはあるつもりなんだけどな」
その言葉の最後。三原の声は僅かに震えていた。そして、握りしめられた拳も。
こいつも、悔しい思いをしていたのか。
柚木は白状することにした。
「俺もさ」
「おう」
「俺も、元々は外野じゃなくてピッチャーやりたかったんだよ。でも、俺も小学生の頃に野球の経験は無いし、体格も小さいままだ。投げ方がおかしいとか言われて、入部したときの希望は速攻で潰された」
柚木が今日持ってきたものは、入部した頃に貯めた小遣いで買ったものだ。しかし、結局はほとんど使っていない。そのグラブを持っていたとき、よく知らないけれども話しかけてきた物静かな先生に、嬉々として夢を話した事もあったが。それももはや黒歴史だ。
「マジか。でも、お前の球かなり速くないか? 全身を使っているからだろうけど、その体から投げる球じゃねえぜ?」
「小学生の頃は、一人でいつも投球練習していたからな。それに、何だかんだでバッティングピッチャーしていたし」
「そういやそうだったな。でも、いつもより速くないか?」
「毎日、何十球とくそ真面目に全力で投げていられるか。肩も肘もぶっ壊れるっての。どうせ全力出しても、バッティング練習の時間には米倉来ないしな」
「まあ、確かに柚木はコントロールもいいし、球も速いってよく指名されたもんな」
「それに、あいつらキレるんだぜ? こっちが、打ち頃のストレートを投げてやらねえと、練習にならないって。馬鹿だろ。それで打っても、お前らが気持ちいいだけだっての」
納得したと三原が頷く。
「ということは、今日は全力なのか?」
「ああ」
柚木も首肯した。
「なるほど。じゃあ、ついでに言うけどさ。本気の柚木の球、相当に打ちにくいと思うぜ?」
「そうなのか?」
「ああ、お前って背が低いのにリリースポイントも遅めで球持ちがいいんだよ。そのせいで、低いところから投げられて球に伸びがある軌道になるから。実際の球速以上に速く見える」
「なるほど」
そう言われると、悪い気分ではなかった。
「ストライク。バッターアウト」
こちらの攻撃も終わった。三者連続三振。どうやら、村井の野郎も調子がよさそうだ。
部活なんでもの、なんであるんだろうね。
生徒も教師も幸せになれない制度だと思うんだけど。
いや、本当に打ち込める好きな人達がやるのはいいんだけど。
無理矢理にやるものじゃないと思う。