六回裏:勝つために
三原の行動に、柚木は呆気にとられた。
ベンチに戻るなり、三原がみんなに頭を下げた。
「みんな、頼む。俺の話を聞いてくれ」
どうしたんだと、メンバーは一様に三原を見る。
「俺はこの試合、勝ちたいんだ。でも、そのためには皆の力が要る。だから、協力して欲しい」
柚木は、何で三原が頭を下げているんだと思った。
けれど、これが勝つために必要なことだというのなら、やらないのは愚かな話なのだろう。人に頭を下げるのが格好悪いなどとは、柚木には思えなかった。こいつは、「大人」だと思った。
三原に続く。柚木も頭を下げた。
「ごめん。俺からも頼む。俺も、どうしてもこの試合には勝ちたいんだ。あいつらを最後に見返して、それで辞めたいんだ。俺、本当はずっとピッチャーをやりたかったんだけど、やらせてもらえなくて。言い出すことも出来なくて。このまま終わるなんて、嫌なんだ」
腕が震えた。
「俺だって、野球が好きだったんだ。それで、俺みたいなのでもしがみついて、辞められなくて。諦めきれなくて」
声が震える。
「三原の考えは、俺は知らない。けれど、何か勝つ方法があるみたいなんだ。だから、三原の話を聞いてくれ。頼む」
返答は無かった。
やはり、ダメなのか? 数秒待って、柚木は頭を上げた。
「三原、話を聞かせてくれ」
須崎が訊いてくる。
須崎だけじゃない。どいつもこいつも、真剣な顔をしていた。
胸に熱いものが込み上げてくる。
「いいのか? 皆?」
「いいも悪いもあるかよ。俺達だって、見返せるもんなら見返してぇんだよ」
「あいつら、レギュラーだと思っていつも威張り腐りやがって」
「舐めてんじゃねえっての」
「俺らだって、意地があんだよ」
柚木は、もう一度頭を下げた。
「皆、悪い。俺、打たれてしまった。折角ここまで来たのに。本当にすまない」
「止めろ。顔上げろ馬鹿。打たれてしまったものは仕方ねえよ」
「そうそう、ここまでやってくれただけ、俺は結構嬉しかったんだぜ?」
「特に、米倉をぶちのめしたのはな。あれは傑作だった」
どっと笑い声が溢れた。それに釣られて、柚木も笑みが浮かぶ。
顔を上げる。失望されていないだけでも、嬉しかった。
「柚木。あのさ」
和泉の声。
「何だよ?」
「別に、お前一人で野球やってるわけじゃないんだからさ。ちょっとは、俺達を頼ってくれていいんだぜ? 当たり前だろうが」
「お前、恥ずかしい事言うな~」
「うるせっ!」
少し顔を赤くしながら、和泉が歯を剥いた。
「ありがとう。みんな」
そうだよな。野球は一人でやるものじゃなかったよな。当たり前のことを柚木は思い出す。こういう野球がしたくて、野球部に入ったんだった。
最後の最後で、本当にいい野球が出来そうだ。