守りたいものがある
絵本の売れ行きは好調だった。1万部売れれば上出来と言われている出版業界にあって、発売開始から1ヶ月で20万部も売れたのは、出来すぎであった。
無論、内容や質を読者が評価してくれたお陰であり、一応世間に受け入れられた形となった。TVや雑誌でも取り上げられ、特攻花はいよいよ全国区の絵本になりつつあった。
しかし、なんぼ売れても、作者である小野井には印税が1円も入って来なかった。以前にも述べたが、印税は防衛省に入る取り決めとなっていたからである。小野井が言い出した事ではあるが。
小野井には、譲れないものがあった。特攻で散って行った人達をテーマにする以上は、彼らに失礼があってはならない。特攻がテーマという事で人の目につきやすいから、自分の懐を温めるには最適だなどとは口が裂けても言ってはならない。無論、小野井にはそんな気持ちはない。
特攻で亡くなった人達は国の宝であり、誇りである。日本人が忘れてはならない記憶の1つであるだろう。勿論、絵本にしたのは、幅広い世代に知って貰いたいと言う気持ちで作成しただけであり、自衛官としては、未だかつてない取組みではあった。
勘違いしてほしくないのは、小野井が特攻を利用した訳ではないという事である。特攻を利用して自衛隊の存在意義を問うとか、特攻を利用すれば小遣い稼ぎが出来るなどと邪な事を考えた事は微塵もない。
小野井にとってこの絵本は、海上自衛隊入隊以来続けてきた研修の成果であり、集大成であった。
日本人は、特攻について大きな誤解をしている。ただ、それを正したい。それだけの事である。大意はない。ただ、真実の特攻像というものが伝わればそれで良い。小野井自身も絵本を作るまでは、きちんとした特攻像があった訳ではない。この絵本やデジタル紙芝居を作成する過程で、知った事は数多ある。しかし、小野井のスタンスは変わらずにいた。
特攻についてきちんと再考し、人類の歴史においてはどのような意味を持っているのかという事を明らかにする。小野井の焦点はその一点にあったのである。
絵本が出来たからといって、日常でやる事に変わりはない。今この時も国籍不明船舶や国籍不明航空機が領海、領空を侵犯している。自分達はそれを防ぐ国家防衛の最期の砦なのだと。特攻の精神など良くわからぬが、命をかけても守りたいものがあるという点では、同質のものである。




