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特攻花~TOKKOKA~ 英霊の祈りを込めて  作者: 佐久間五十六


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顔で笑い心で泣く

 もし、自分が特攻隊員だったとしたら?その視点は絶対に必要不可欠であった。今の自衛隊には十死零生の特攻作戦など、まず有り得るモノではないが、それでも特攻隊員が何を想い、その命を散化させたかを知る事は、不毛な事ではないだろう。

 爆薬を抱え、片道燃料で敵に突っ込んで行くというのは、正常な思考能力のある人間ならば、まず拒否反応を起こす。にも関わらず4400人もの人間が特攻作戦によって殉じたという事は、何らかの魔法ならぬ催眠術をかけられたのかもしれない。

 特攻は明らかに日本軍の戦況や状態が悪くなってきた頃から行われている。それが特攻を理解する上で最も重要なキーポイントになっていく。

 飛行機に爆弾をくくりつけ、一機が1隻の艦艇を撃破出来るなど、本気で若い兵士に思い込ませて、アメリカに勝てる等と思わせたのならば、それは相当に罪深い。

 アメリカという大国を侮り過ぎている。敵も馬鹿ではない。だから、特攻の戦果が上がったのは最初の数回だけだった。大戦末期の特攻は、面白いようにアメリカ海軍空母の護衛戦闘機に打ち落とされている。

 特攻隊員は少なくともテロ行為を行っていた訳ではないから、出撃に際しては思う事があっただろう。

 自分の命1つで大日本帝国が勝てるのならば、これほどの尽忠報国の志はない。しかしながら、特攻隊員の多くは未来のある10代や20代~30代の若者だった。人生で最も楽しい時期を、軍人として過ごし若くして死ぬ。勿論、自分でも戦争中だったらそうしていただろう。

 いくら命令でも、死ぬ事を前提とした作戦に身を投じる事には逆らえない時代だった。己に打ち勝ち覚悟を決めるしかない。自分の死で新たな日本の礎になる事を信じて。家族の為、友人の為、全ての日本人の為、お国の為に死ぬ事はこの当時の感覚では当たり前の事であった。

 当時の感覚では、名誉な戦死という肩書きの元に特攻のような無謀な作戦は実行され続けていた。顔で笑い心で泣く事は当時の感覚では当然の事であった。

 とは言え、やはり迷いは0ではないはずだ。建前論では何とでも言えるし、特攻隊員にしか分からない心の景色は絶対にある。

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