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特攻花~TOKKOKA~ 英霊の祈りを込めて  作者: 佐久間五十六


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国家国民の為に死ねるか?

 小野井は帰路、国家の為に命をかける事の意味について、考えていた。組織としては全く別物である大日本帝国海軍と海上自衛隊。根拠となる法律も全く異なる。それでも、海上自衛隊には帝国海軍時代の伝統やしきたりは、引き継がれている。伝統墨守唯我独尊、これが海上自衛隊のモットーだ。古き良き伝統は継承して、悪しき習慣はなくす。そして新しいものはドンドン取り入れる。

 日本の海を守る実行部隊として、帝国海軍と海上自衛隊は命をかける事に変わりはない。下手をすれば命を落としかねない。

 では何の為に命をかけるのか?何故ストイックに、なる必要があるのか?その答えが"特攻"にはあるのではないだろうか。小野井はそう考えていた。

 確かに特攻は誉められた作戦ではない。十死零生の作戦を実行させた罪は重い。それが日本海軍(帝国海軍)の面子の為であっても、無駄な死であったと捉えて良いのだろうか?小野井は想う。国家国民の為に勝利の勝利のわずかな可能性を信じて若い命を散化させた特攻隊員が、ヒロイズムに酔った国粋主義者だった異常な人間とは思えない。

 それに、無謀な作戦を行ったのは、海軍だけではない。陸軍も特攻に準ずる作戦を展開していたし、インパール作戦やノモンハンでは、おびただしい数の戦死者を出している。責められるべきは上層部の人間なのかもしれないが、結局犯人探しをする事は、まるで意味の無い事である。あの時ああしてこうだった等と言う議論は不毛なのである。

 今の自衛隊で特攻作戦を行う事は、万に一つも有り得ないが、果たして国家国民の為に死ねる隊員が何人いるだろうか?十死零生の作戦に参加した人間に打算的な汚れた心は無かった筈である。日本国家の未来の為、自分の命と国家国民を計りにかけて、国家国民を選択した人間に対して、日本政府や国民は冷や水をかけて来たのは間違いない。

 戦争の経験者がいなくなって行くのは時の流れだから仕方あるまい。小野井にはそういう想いが芽生え始めていた。特攻に参加した世代の人々の体験を聞いて、靖国神社に行って感ずる所があったのは確かだ。小野井は同時に自分がもしそうなったらどういう判断を下すか考えた。自分が十死零生の作戦に参加した場合、自分は国家国民の為に死ねるのかと。きっと死ねないかもしれない。妻子がいて、死ぬ訳にはいかない。そういう想いを乗り越えて敵艦に体当たり出来るか?

 普通の人間ならそうはならない筈である。絶対に死にたくない。そう思うのが普通である。自分が可愛くない人間などいないのだから。

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