小野井のはかない恋
游就館の零戦のレプリカは衝撃的だった。こんな小さな戦闘機で何倍、何十倍もあるアメリカ海軍の空母や艦船に突入したのであるから。それはそれで凄い狂気の作戦である。
ビジュアルで歴史を感じる事が今回の東京出張の目的であったが、小野井は感じる所が多いにあった。2日目の昼頃の便で鹿児島に戻らなくてはならなかった訳であるが、どうしても寄りたい場所が小野井にはあった。
事前に連絡をしておいて、無理を聞いてもらった訳であるが、海上自衛隊横須賀基地所属の3等海尉相川春代に連絡をとり会う事になった。防大時代から付き合っていた事もあったが、そういう男女の仲を差し引いても、小野井にとっては一番の理解者であり、同期であり、仲間だった。小野井が海上自衛隊に進もうと思ったのも、相川が海上自衛隊に行くと決めていたから自分もそうしたという単純極まりない理由だった。
初めから自衛隊に憧れがあった訳ではない。そもそも、防大に入学したのも、学費はかからず手当てまでもらえる夢のような(夢ではないのだが)大卒の資格が貰える変わりに、卒業したら陸海空いずれかの部隊で幹部として頑張ってね!という進路まで決まっているのだから、ありがたい事この上ない。尋常ならざる倍率を勝ち抜いた事は幸運だったが、入学してからは後悔の連続であった。
そこには、甘えというものが一切排除された、令和の世に相応しくない"軍隊"それその物だった。そんな辛い時によく語りあっていたのが、相川春代3尉であった。
「女の私だってついて来れるんだから、武士だって大丈夫だよ。」
その言葉に何度励まされた事か。防大卒業から2年半、今彼女がどうしているのか知りたかった。幹部候補生課程の江田島赤レンガでは一緒だったものの、ほとんど交流もないまま卒業して部隊配属となってしまった。だから、きちんと彼女と向き合ったのは防大卒業式までさかのぼる。自然消滅。それが俺と相川3尉との関係だ。
それ以来、彼女を作る気持ちもないまま、今は本州最南端の鹿屋航空基地にいる小野井にとってやはり心の中には相川3尉がいた。決して恋愛小説にするつもりは更々無いが、一人の男として、今回東京に来たついでに会っておきたいのは、相川3尉彼女だけであった。
待ち合わせは10:00に横浜駅で。二人でデートした思い出の場所だった。13:20発の飛行機に羽田まで行く事を考えれば、呑気にランチデートという訳にもいかない。小野井に与えられた時間は約1時間。高まる胸の鼓動を感じながら。都内のホテルから横浜駅へ向かった。
よく考えてみれば横浜駅も久しぶりである。変わる事の無い大都会横浜。防大時代には感じる事もなかった、鹿屋の田舎ぶりだった。相手が横浜では、鹿屋も少々部が悪い。自分の任地へ戻る事も名残惜しかったが、何よりも相川3尉とこ1時間しか会えないのが辛かった。




