元帝国海軍特務士官宇野倉滝三少尉
10分後。
「ありがとうございました。」
小野井は日記を太一に返した。
「実はこれと同じ量の日記が4冊あるのです。」
「え?」
「あっ、勿論全部読んでくれとは言いません。」
「父はこれだけは語ってくれました。戦争っちゅうのは、人を狂わす。だから何があってもやっちゃいかん。その言葉は、とても重たいものでした。命からがら生き延びた父にとっては、戦後は辛くて長いトンネルの連続でした。戦争中の事を父はほとんど語りたがらなかったですが、8月15日、この日だけは世間も戦争の事を思い出す。そんな日は、重い口を開いてくれました。印象的だったのは、終戦記念特番を見ていた時の事です。」
「こんなものはドラマじゃないか?こんなものは戦争の事実を歪曲させるだけだ。メディアはいつもそうだ。戦争の時も散々国民を煽って、国威発揚をしたんだ。」
「と、やり場のない憤りをスクリーン越しにぶつけていました。私が成人した頃でしょうか?一度だけ戦時中の事を語ってくれました。その時初めて知りました。兵隊上がりの特務士官で、バリバリの零戦乗りだったと。特攻機を護衛する直掩機として、自分より若い特攻隊員が次次と敵部隊に突入するのを、見送ったそうです。それ以外の事を聞く事は出来ませんでした。」
「特務士官ですか?御父上は叩き上げの日本海軍の珠玉だったんですね?嗚呼、元気なうちに会って話を聞きたかった。」
「父は軍部(大本営)の失敗や戦後日本の在り方について悪口を言うような事は、しませんでした。口々に言っていたのは、全ては全国民の合意の上であったと。」
「私は、政治家ではありませんし興味もありません。私は父のこのフレーズこそ戦後日本人に伝えるべきフレーズだと思います。責任転嫁ばかりするのではなく、あの戦争は国家プロジェクトだったという意見は的を得ていると思います。ただ一点だけ父も納得出来ない点がありました。」
「というと?」
「GHQの進めた占領政策と新たに出来た日本国憲法です。元軍人として、こんな日本人の主権を踏みにじる様な強者の傲慢を許した日本政府の弱腰には、怒り心頭だった様です。私が父について知っているのは、そんな所です。」
「最後に滝三さんをこの目で拝見させて頂きたいのですが?」
「ええ。どうぞ。会話をする事は出来ませんが、父も喜ぶでしょう。」
太一に案内され、小野井は元帝国海軍少尉宇野倉滝三をこの目におさめた。酸素吸入機以外は特に繋がれているモノはない。寝たきり老人ではあったが、オーラはあった。
「ありがとうございました。」
そう言って小野井は居間へ降りた。
「また何か分からない事があれば、お越しください。」
その言葉は小野井にとってはありがたい話ではあった。が辛い思い出を何度も蒸し返すのは、したくない。それが小野井の正直な気持ちだった。
「さて。」
「今日は貴重な時間をありがとうございました。失礼します。」
太一夫妻も、小野井が見えなくなるまで深いお辞儀をしていた。




