速読せよ 元帝国海軍少尉の日記
元帝国海軍少尉宇野倉滝三100歳は、陸軍特攻の地である知覧にある一軒家に住んでいた。宇野倉は、安岡や橋本のように、健康的であるのとは違い、身体の自由が効かない寝たきり老人である事を、小野井が知ったのは、安岡からもらった連絡先に訪問の連絡をした時の事だった。
宇野倉の妻は既に他界しており、息子夫婦が面倒を見ている。一度は訪問を諦めかけていた小野井だったが、息子の知っている話なら聞けるということで、行ってみる事にした。息子と言っても、60歳以上の高齢者だった。
「ごめんください。昨日連絡させて頂きました海上自衛隊鹿屋航空基地所属小野井武士3尉です。」
「宇野倉滝三の長男の太一です。」
「狭い所ですがどうぞ。」
「さて、父の話でしたね?私が生まれた頃にはもう戦争は終わっていましたからね。実体験など皆無ですよ。」
「宇野倉少尉の事を何か聞きませんでしたか?」
「父は、内地で終戦を迎えたようです。ですが苦労した様です。」
「戦前、戦中は帝国海軍所属と言えば、尊敬の対象者でした。しかし、敗戦するやいなや日本の汚点とまでこき下ろされました。そんな世の中に変わってしまった事を父は、嘆いていました。自分は一体何のために命をとして戦ったのか?負けただけで全てを否定される世の中に、父は悩みながらも生きていかねばなりませんでした。」
「私の母である亡くなった妻を伴侶に得て3人の子供に恵まれました。3人の子供と妻を養うため、父はやっとの思いで辿り着いた建築関係の仕事を朝から晩まで汗水たらして、働き定年まで働き続けました。大病をする事なく、老後は旅人になりました。」
「そんな生活が変化したのは、3年前の事でした。自宅内で倒れ、救急搬送されました。脳に異常が見つかり、そのまま寝たきりになりました。それからは、東京から知覧に移住し少しでも恩を返そうという気持ちで、父の看病は私がやっています。」
「そうなんですね。心中御察し致します。」
「と、ここまでは、私が母や周囲の人間から見た父の戦後の話です。大切なのはここからです。これをご覧下さい。」
太一は、小野井に分厚い辞書の様な書物を差し出した。
「これは?」
「父が、倒れるまで一切語る事のなかった、本音の詰まった日記です。荷物を整理したら出てきました。」
小野井はその日記を手に取ると、太一にこう訪ねた。
「パラッとですが10分程読ませて頂けますか?」
太一は、どうぞ。と、快く差し出した。いつもは、速読などしないが、今日はその技術を利用した。自分から10分と言った手前、1000ページはある日記に目を通すには、そうするしか無かった。




