悲しみは後から襲って来た
橋本に紹介され、次に小野井が向かったのは、元帝国海軍一等飛行兵の安岡剛士97歳の家だった。インターフォンをならすと、姿勢の良い老紳士が、小野井を迎えてくれた。
「橋本さんから話は聞いてる。」
そう言うとお茶を出して話を始めた。
「君は若いのにもう少尉(3尉)なんだね?防大卒のエリート、ワシらの頃なら海軍兵学校という所か。立派だ。」
「いえ、そんな事はありません。」
「昔はなぁ、少尉と言ったら大学生(予備士官)か、海軍兵学校卒の新米あるいは、部隊からの叩き上げの特務士官しかなれないもんだったよ。同じ少尉でも一番偉いのは海軍兵学校卒の新米少尉。次は当時の大学生がなる予備士官。特務士官は、長年部隊で実績をあげてきた有能な下士官だったが、扱いは一番低かった。とにかく、海軍兵学校や海軍大学校を優秀な成績で卒業した人間に出世レースでは敵わなかったよ。わしゃ、戦争が終わってから軍人ではなくなったが、一生涯死ぬまで兵士として下士官にコキ使われるのは、嫌だったな。」
ズズズ、安岡はすっかり冷めた茶をすすった。
「とにかく、軍隊という所は年齢や勤続年数に限らず、幅を効かせたのは星(階級)だった。あ、そういう事を聞きに来たんじゃないよな?」
「出来れば安岡さんの御話を聞けたらと…。」
「ワシは肩書きを見ても分かる通り軍隊の最下層の兵隊だった。下には2等飛行兵しかいない。ワシは徴兵で海軍に入隊して、操縦練習生(操練)を経て航空兵になった。自慢じゃあないんだが、当時の零戦乗りと言えば、日本海軍航空隊の花形であった。競争率もそりゃ、激しかったよ。近年、神風特別攻撃隊の事が世間で明るみになるようになってからも、ワシは事ある毎にこう言っていた。」
ズズズ、また安岡が茶をすすった。
「体当たり以上に成果の上がる作戦を大日本帝国陸海軍は産み出せなかった。ワシは特攻要員であったが"特攻隊員"ではない。この違いは君のようなエリートなら理解出来るだろうから説明は省く。御存知の通り、体当たりに必要な技術は敵を打ち落とす砲術の技術でもなく、格闘センスでもない。敵対空砲の及ばない海面スレスレから艦船に突っ込むと言う、ただそれだけの事であった。難しくはなかったよ。」
「よく、勘違いしてる人がいるから説明するけど、特攻に行ったとしても、出撃した機体全てが体当たりをするわけじゃない。直掩機と言ってな、特攻機体を護衛する戦闘機もいて、戦果の確認もする。特攻機は最後の最後まで打電をしながら突入するが、直掩機からの情報の方が正しいと言える。」
「ワシは、この直掩機にも就いたことがあるが、アメリカ海軍の対空砲火に、護衛戦闘機、近接信管(VTヒューズ)の三段構えで、無事に敵艦に辿り着けた機体の方が少なかっただろう。見ているこっちは、意外と冷静だったよ。生き延びるので精一杯だったからな。悲しみは後から襲って来た。任務帰投後にその悲しみがグッと来たのを覚えているよ。」




