昔話
「時期的にも悪かったです。終戦も近くなって来ると、圧倒的に資源も熟練パイロットも足りなくなって来ていました。今いる航空兵は私達のような若年兵ばかりでしたが、構わず最前線に送り込まれました。即席ラーメンの様に特攻要員は作られました。勿論、行きたいと心の底から思っていた人間はいません。でも、また一人。また一人。私の隣の人間から戦死者が出ました。」
「ショックでしたよね?」
「はい。とてもショックでした。戦果も分からず、死体も戻って来ない。いくらなんでもそれは酷いと思いました。でも、私の階級は一番最下級のランクの兵ですから、一応上等飛行兵ではありましたが、まぁ、軍隊という所において、何か物を言える立場の人間ではありませんでした。」
「それはさぞ苦しかった事でしょう。」
「余計な事は一切教えてもらえませんでした。体当たりに必要な急降下や、飛行の初歩だけ教わり即座に飛ばされました。」
「でも、実際の特攻は違いましたよね?」
「ええ。体当たりはおろか、敵の迎撃システムが有用で、敵艦に達しない機がほとんどでした。こんな作戦をやる意味はあるのか、何度後悔した事か。」
「とは言え、当時の人にしか分からない感情ですよね?」
「はい。皆、生きるのに必死でした。生きたいけど生きられない。そういう人が何人もいました。大日本帝国の為という大義名分はありましたが、実際の特攻となると、戦場ですから、うかうかしてると、死んでしまいます。目の前の戦いに必死になる、ただそれだけでした。ピンからキリまでいた零戦乗の一員になれた事だけは嬉かったです。」
「運良くカミカゼアタックをすることなく終戦を向かえる事が出来ましたが、いざ待ちに待った終戦とは全く程遠い、思い描いたものとは違いました。」
「でも、それを受け入れるしか他に道はなかった?」
「はい。今日まで、長い事戦後を生きてきましたが、ああすれば良かったみたいな、戦争の振り返り方をする者が多すぎる。それが良いか悪いか分かった所で、今の時代とどう関係があるのというのだ。私はちと長く生きすぎたのかも知れません。」
そう言うと、橋本は一呼吸おいて、こう小野井に言った。
「君のような若者が居ることを日本人として私は誇りに思う。ありがとう、聴いてくれて。お前さんのような若者がいるなら、まだ日本人も捨てたモノではないな。」
「いえ。私には分かりませんが、大変でしたね。そんな言葉しか浮かびません。」
「君のような若者に昔話はちと時代遅れだったかもしれんな。…、そうだ!私の部下で安岡剛士という男がいる。その男にも話を聞くと良い。連絡はしておく。これが住所だ。」
すると、小野井は橋本から地図を受け取った。小野井は溢れる涙を必死でこらえながら、橋本八助の家を去った。
「じゃ、達者でな。」
「はい。八助さんもお元気で‼」
梅雨の雨がやけに心に染みた。




