蠢く痣
これは、神社でサッカーの練習をしていた、ある男子高校生の話。
ここは、ある神社の境内。
そこは、地元の子供達の遊び場になっていた。
「だるまさんが転んだ!」
「次はお前が鬼だぞ!」
この日も、何人もの子供たちが、神社の境内を走り回っていた。
それを見て、神社の宮司である年老いた男が声をかける。
「ここは御石様が多いから、気をつけるんだよ。」
その宮司の言う通り、この神社の境内には、石があちこちに落ちていた。
この神社では石が信仰対象であるからというのが、その理由。
子供たちは、境内のあちこちに落ちている石を、器用に避けながら遊んでいた。
しかし、その中でひとり、
サッカーボールを蹴っていたその男子高校生が、石につまづいて転んでしまった。
「痛っ!」
その様子を見て、宮司と子供たちが心配そうに近寄って来る。
「おやおや、大丈夫かい?」
「お兄ちゃん、平気?」
「平気平気・・・痛っ、何かにぶつけたかな。」
その男子高校生は、起き上がろうとして足に違和感を感じた。
どうやら、転んだ拍子に右足を石にぶつけてしまったようだ。
短パンから覗く右足を見ると、スネにこぶし大の黒い痣が出来ていた。
しかし、皆を心配させまいと、その男子高校生はすぐに起き上がった。
「いてて・・、でも大きな怪我じゃなさそうだ。
足に痣が出来ちゃったけど、そんなに痛みはないよ。
みんな心配してくれてありがとう。」
それでも宮司が心配して言う。
「今日はもう帰った方がええ。お大事にな。」
「はい、そうします。」
そうしてその男子高校生は、痣がついた足で自宅に帰った。
それから数日後。
その男子高校生の右足には、相変わらず痣が残っていた。
しかもその痣は、段々と大きくなっているように見えた。
「痣が大きくなってる。
痛みはそんなに無いけど、
念の為に病院で検査してもらった方がいいかな。」
しかし、学校の帰りに病院に行ってみたが、特に異常は見つからなかった。
痣も害があるものではなく、そのうち消えるだろうとのことだった。
次第に大きくなっていく痣が気にはなったが、
その男子高校生は、痣がついたままの右足で日常生活を続けた。
さらにしばらく経ったある日。
その男子高校生の右足の痣は、消えること無くまだ残っていた。
しかもその痣は、形が徐々に変わっていき、
今では人の形に見えるようになっていた。
「なんだろう、この痣の形。まるで人の形みたいだ。
しかも、なんだかこの人型の痣は、
自分の右足を押さえているようにも見える。
本当に害は無いんだろうか。」
その男子高校生は、右足のその痣を指でなぞってみた。
ぶつけた時の痛みはもう引いていたが、
しこりがあるような違和感があった。
「・・・なんだか痣の部分に違和感があるような気がする。
この間は病院で異常無しと言われたけど、
やっぱりもう一回、もっと大きな病院で診てもらった方が良いだろうか。
もう少し様子を見て、それでも気になったら病院にいこう。」
その男子高校生は、右足に違和感を抱えながらも、
しばらく様子をみることにした。
右足の痣が人の形になってから数日後。
その男子高校生は再度、右足を確認してみた。
予想通り痣は消えておらず、
相変わらずその男子高校生の右足に残っていた。
現在の痣は、大きさ30cmくらい。
小さな人型のような形になっている。
そして、その人型の痣は、
はっきりと分かるように、自分の右足を指差している。
「この痣、何かを伝えたいんだろうか。
右足に何かあるのか?
ここのところ右足に違和感を感じるけど、それと関係あるんだろうか。
まさか、痣に意思があるとは思えないけれど、気になる。」
その男子高校生は、人型の痣がずっと右足を指差しているのが気になって、
とうとう病院で検査をしてもらうことにした。
「これは・・悪性の腫瘍ですね。」
白衣を着た医者が、その男子高校生に向かって言った。
その男子高校生は、両親に付き添われて、ある大病院に来ていた。
人型の痣が右足を指差しているのが気になって、
前の病院よりももっと大きな病院に来て、精密検査をしてもらったのだった。
結果は、悪性の腫瘍。
右足に感じていた違和感は、そのせいだろうとのことだった。
医者が話を続ける。
「右足に悪性の腫瘍が見つかりました。
でも心配しないでください。
極早期に腫瘍を発見できたので、
適切な治療をすれば、すぐに良くなるでしょう。
以前の検査で発見出来なかったのも、早期だったからでしょう。」
そしてその医者は、事務的な口調から少し砕けた口調に変えて、話を続ける。
「それにしても、驚きましたね。
人型の痣が右足を指差してるから検査してくれ、
と言われた時は、一体全体何のことかと思いましたよ。
それがまさか、本当にその右足に異常が見つかるだなんて。
病気が早期発見出来たのは、その痣のおかげかも知れませんね。」
医者に言われて、その男子高校生は右足の痣を改めて眺めた。
人型の痣は、右足を押さえたまま、ぐったりとしていた。
その男子高校生は、心の中でその痣に語りかけた。
「ありがとう、お前のおかげだ。すぐに治療して良くなるからな。」
そうしてその男子高校生は、痣のおかげで、
腫瘍を早期発見し治療できるようになった。
その男子高校生が右足の治療を始めてからしばらく。
早期発見のおかげで、治療は順調に進み、
もう運動が出来るくらいにまで回復していた。
そして今日、その男子高校生は、
サッカーボールを持って、あの神社の境内に来ていた。
相変わらず神社の境内では、子供たちが地面の石を避けながら遊んでいる。
その石だらけの地面に、サッカーボールを置く。
「痣のおかげで、足はまた動かせるようになったよ。
よし、練習再開だ。」
その男子高校生は、地面の石を避けながらサッカーの練習を始めた。
右足には、今も人型の痣が残っている。
しかし、その痣の形はあれからまた変化していた。
少し前まで、病気の右足を抱えてうずくまっていた人型の痣は、
今やその男子高校生と共に、元気に駆け回っているのだった。
終わり。
昔の人が大事にしていたものの中には、
一見するとその理由が分からないものもあるのですが、
それは理由が伝わってないだけで、理由が無いのとは違うのかもしれない。
ということをテーマに、この物語を書きました。
お読み頂きありがとうございました。