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第1話 空き教室の2人

 連載小説ですが、この作品は5話くらいでの完結を予定しています。

 読み終わったら改善点などコメントしていただけると幸いです。

 朝のHR(ホームルーム)が終わると、俺は2年C組の教室を出た。


 授業をサボるために。


 入学当初に親父と大喧嘩して以来の習慣だ。

 HRは提出物を受け取るために必ず出ている。後で職員室に呼び出されでもしたら面倒だからだ。

 少し前の始業式で2年生になったが、俺の日常は何も変わらない。


──『黒崎(くろさき)』の奴、またサボりか

──不良なんだよな、あいつ

──1年の時からあんなだぜ


 耳障りな話し声がする。

 さっさと『地学講義室』に行って、1人の静かな時間を過ごそう。

 人の声なんて聞きたくない。

 イライラする。

 気持ち悪くなる。

 吐き気がする。


「黒崎君」


 呼び止められた。

 男子生徒だ。いかにも優等生っぽい感じの。

 今年初めて同じクラスになった奴だ。確か、生徒会長なんだっけか?


「授業、出ないの?」


「……お前には関係ねえだろ」


 何だよ、先生にでも頼まれたのか?

 鬱陶しい。早くどっかに行ってくれ。


「そう言わないでさ。同じクラスになったんだから、仲良くしようよ」


 そいつは微笑んだ。

 何なんだ?気持ち悪い。

 何で俺に話しかける?意味が分からない。

 何を考えているんだこいつは。

 そいつの微笑みは得体の知れない何かを感じさせた。

 俺の心を見透かしているような。

 いや、違う。こんな奴に俺の心が理解出来るはずがない。

 こいつは『理解した気になっている』だけだ。そうやって俺を憐んでいるんだ。

 授業にまともに出席しない不良生徒。

 そりゃそうだ、誰だって自分より下の存在と見るだろう。


「何なんだよ」


「え?」


「てめえは俺の何なんだよ!?」


 首根っこを掴んで教室の壁に押し付ける。こうすりゃ簡単に黙るんだよ。耳障りな奴は。

 こいつの様な奴が俺は一番嫌いだ。

 こいつはただ憐みたいだけだ。

 優越感を得たいだけだ。

 俺の気持ちを分かろうとなんてしない。


 俺の気持ちを弄ぶだけの存在だ!!


「おい!! 何をしている!!」


 1限の国語の担当教師が来た。

 鬱陶しいんだよ、どいつもこいも。

 イライラする。

 吐き気がする。

 苦しい。






 もうこんな所にいるのは耐えられない!!

 

 




 ──誰もいない静かな場所。俺だけの場所。『地学講義室』。

 昔は授業で使っていたらしいが、今はほとんど使われていない旧校舎の古びた教室。

 合鍵を使って鍵を開ける。1年の時に職員室からくすねて作った合鍵だ。

 静かだ。この静けさは俺を落ち着かせた。

 ここが癒やしの場所って訳じゃない。他よりもマシってだけだ。

 ここは俺の居場所じゃない。家にも、学校にも、外にも俺の居場所はない。

 ここはただの『逃げ場所』だ。

 今日は本当に気分が悪い。

 今日の授業は全部サボろう。うん、そうしよう。






 ──昼休みの時間。学校内は騒がしくなるはずだが、この教室は相変わらず静かだ。

 何をする訳でもない。ただ時間を潰すだけの、ただ生きるだけの毎日。

 学校に来る理由はいつしか『勉強するため』ではなく、『家にいたくないから』に置き換わっていた。

 腕時計が時間を刻むのが憂鬱に感じる。午後6時になれば学校を出て行かなければならない。

 寝泊りしてもバレないだろうが、万が一見つかったら面倒だ。

 特に、ここの合鍵が見つかったら停学……最悪、退学になるかもしれない。

 こんな日常はもううんざりだ。

 変えたい。

 不良のままでいい訳ない。

 でも、俺にはどうしようも出来ない。


 何でもいいから、変えてくれないだろうか。   

 こんな腐った日常を。






 ──ドアが開いた。

 俺はドキリとしたが、杞憂だった。先生じゃない、生徒だ。

 リボンの色は赤色。

 今年度では1年生を示す色。

 教室をキョロキョロと見回した後、俺をじっと見つめる。

 女子生徒だった。肩まで伸びた黒髪。膝までの長さのスカート。真面目なお嬢様って印象だった。


「こんにちは」


 微笑んだ。

 さっきのクソ野郎の不気味な微笑みとは違う。

 優しい……とは、違う。

 何かこう、捨てられた子犬みたいな微笑みだった。

 何にせよ、無視だ無視。追い出そうかとも考えたが、俺はここを勝手に使っているだけの身。

 それに、こいつが俺のことを言い触らしでもしたら面倒だ。友好的にするつもりはないが、敵対は避けたい。


「隣、いいですか?」


 別に許可なんていらないだろ。勝手にしろ。

 しばらく黙っていると、隣の席に座った。

 隣の席から音がする。何かが擦れ合うような音、重い何かを置く音、液体が揺れる音。


「お菓子、いりますか?」


 少女は俺にお菓子が詰まったビニール袋を差し出した。

 何なんだ、こいつは。何がしたい?

 しばらく黙っていると、ビニール袋を下げて今度は魔法瓶を差し出す。


「お茶、いりますか?」


 気味が悪い。

 また黙っていると、魔法瓶を下げた。


「それでは、お話を聞いてくれますか?」


 俺をじっと見つめる。

 黙っていても、じっと見つめ続ける。どうやら、ここだけは譲れないらしい。

 関わりたくないが、昼休みの間見られっぱなしなのは拷問に等しい。


「勝手にしろ」


 そう言うと、彼女は話を始めた。

 彼女の言う『お話』は物語のことだった。絵本を読み聞かせるように話す。

 舞台は森、登場人物は動物。クマとかウサギとかペンギンとか。

 ……森にペンギンっているのか?

 話を聞くつもりはなかったが、他にすることも無いので耳に入って来てしまう。






「──おしまい」


 正直、実に退屈な話だった。盛り上がる場面が一切無い。ただの平和で平坦な日常。動物達はみんな仲良しで楽しいねって言うだけのお話。


「どうでしたか?」


 正直に感想を言った時のこいつの反応は少し興味があるが、黙っておこう。

 しかし、黙っていてもじっと見つめ続ける。やはり、お話に関しては譲れないらしい。


「クソつまらねえ話だったな」


「そうですか……」


 苦笑いだった。


 少女は弁当を机の上に置いて、風呂敷を広げる。可愛らしいピンク色の弁当箱。箸のケースは少女向けアニメのキャラクターグッズだった。


「そういえば……」


 弁当箱を開く前に再びを俺を見つめる。うっかり一瞬だけ目が合ったが、俺はすぐに目を逸らす。


「1年の『御船里子(みふねさとこ)』です。あなたのお名前は?」


 無視しようかと思ったが、少女……御船は俺を見つめ続ける。

 そうすれば返事をすると学習しやがったな。


「2年の『黒崎』」


 出来るだけ少ない言葉で、素っ気なく返す。


「先輩さんですね。『黒崎さん』でいいですか?」


「好きにしろ」


「はい」


 微笑んだ。教室に入って来た時の微笑みとは違う、安心したような微笑みだった。


「黒崎さんは食べないんですか?」


 自分だけ食事をするのを遠慮しているらしい。


「俺はもう食った。12時前に」


「早弁さんですね。休み時間にですか?」


「朝からずっとここにいる。授業は出ていない」


「そうなんですか。不良さんですね」


 また微笑んだ。ちょっとは怖がったりしないのだろうか?不思議な奴だ。

 それにしても、何だってこんな所に?気になるが、俺から話しかけるのは負けな気がする。






 ──昼休みも終わりが近づく。その後も御船は何度か声をかけてきたが、俺は全部素っ気なく返した。会話の内容もよく覚えていない。


「それでは、また放課後に」


 放課後も来る気なのか……。せっかく見つけた俺だけの場所なのに。

 しかしまあ、御船がこの教室にいても不快な気持ちにはならない。

 素っ気なくしても文句を言ってくる訳でもない。微笑んだり、苦笑いしたりするだけ。

 だったら、いてもいなくても変わらないか。


 変わらない。

 こんな些細なことじゃ、俺の日常は変わってくれない。

 俺はただ、逃げることしか出来ない。






 ──放課後も御船は来た。


「お菓子、いりますか?」


「いらん」


「お茶、いりますか?」


「いらん」


「それでは、お話を聞いてくれますか?」


「勝手にしろ」


 昼休みと同じやり取り。御船は話始める。今度は、魔法の国が舞台。登場人物は動物。

 ただの平和で平坦な話。魔法の国が舞台なのに、魔法一切出てないし。


「──おしまい」


 終わったようだ。結局、最後まで盛り上がりは無かった。


「どうでしたか?」


「クソつまらねえ話だったな」


「そうですか……」


 苦笑い。

 こいつにお話を作る才能は皆無のようだ。


 それからは、お菓子食べながら俺に何度か声をかけてきた。

 適当に生返事を返しながら考えていた。何でこいつはここに来たのか。友達がいないのだろうか。正直こいつは少し変だ。いや、かなり変だ。

 それが理由で、俺と同じ『はみ出し者』なのだろうか。教室に居場所が無くて、人気が無さそうな所を彷徨ってここにたどり着いたのだろうか。


 1年前の俺と同じように。


 でも、ここは御船の居場所にはならない。『はみ出し者』が身を寄せ合ったところで、孤独な人間が1人増えただけだ。同じ教室にいても、俺たちは1人のままだ。






 ──午後6時頃。学校を出て、家に帰らなければならない。あのクソ親父がいる家に。


「また明日です。黒崎さん」


 明日も来る気なのか……。校門の前で御船と別れた。


 憂鬱だ。この時間に帰宅すれば、親父はまだ帰っていないはずだ。

 真面目に仕事に行っていればの話だが。

 どうか、いませんように。


 やがて、家に着いた。ドアを開ける。鍵は空いていた。


 親父は、いた。

 ぼんやりとテレビを眺めている。酒の缶が何本か転がっていて、部屋にはタバコの煙が充満していた。


「ただいま」


 ──返事は無い。1年前からずっとそうだ。親父と殴り合いの喧嘩をしてからずっと……。あれから仕事を休むことが多くなった。


「タバコ吸うなら、換気しろよな」


 部屋の窓を全開にする。タバコの煙が出ていくには時間がかかる。


「飯、作るな」


 母親が出て行ってから、家事は俺と親父が協力しながらやって来た。親父がこんなになってからは全て俺がやっているが。


 ──出来上がった料理を机に並べる。豚丼、トマトサラダ、味噌汁。俺と親父の2人分。


「いただきます」


 俺が言うと、親父が続いて言う。


「……いただきます」


 それは、俺に対してのものじゃない。ただの作法としての言葉。親父は俺と目を合わせようとしない。俺の言葉を聞こうとしない。

 飯をがっついた。腹が減っていた訳じゃない。とにかく早くここから離れたかった。






 ──自分の部屋に入って、鍵を閉める。

 閉めてどうする。どうせ、親父は来ない。同じ屋根の下で暮らしていても、俺と親父は孤独だ。お互いに1人のままだ。


 ここは俺の居場所じゃない。

 学校にも外にも俺の居場所はない。

 俺を救ってくれるものは何もない。

 俺はずっと孤独だ。今までも、これからも。






 ──そんなの、嫌だ。

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