七話
七話です。
よろしくお願いします。
「鬼の反応に対して臨戦態勢になった支部の者たちを鎮め、ワシは御厨が帰還するまでの短い間、その『鬼』と言葉を交わしたのじゃ」
誰もが、ワシですらあり得ないと思っていた。鬼となど、会話ができるはずもないと。
じゃが。
「その『鬼』は、鬼である以前に、人じゃった。桃果哉一という、な」
「鬼、ではなかったのですね?」
「いや、鬼ではあった。桃果哉一は、鬼の心核に己の意識を刻み付けておったのじゃ」
果鬼になった者は、誰であれ元となった鬼の源欲に侵食される。馬頭と牛頭であれば『守護』。戦天狗は『支配』じゃ。
「意識を、刻む……ですか?そのようなことが可能とは……」
「火鼠の源欲は特殊での。恐らくはその影響なんじゃろう」
火鼠の源欲、それは、
「特定条件下以外での不滅。『不変』の源欲。鬼力の大きさとしては中級じゃったが、その力を掌握した桃果哉一は死の直前に『不変』の効果を己の意識に付与して心核に刻んだのじゃ」
「不滅……いえ、『不変』ですか。では、桃果哉一の死因は……」
「心核の破損ではなく、肉体の死。『人』として不可欠な心臓を破壊されたことが死因じゃ」
果鬼の肉体が死ぬと、心核はその源欲を消失し、即座に崩壊を始める。
じゃが、火鼠の心核は例外的にその形を保っていたのじゃ。
「話を戻そう。浄滅武装は心核、魂核内の源欲を読み込み使用者の力へと転化させる。その時に源欲の中の不純物、人を侵食する鬼本来の強力な欲望が源欲と共に凝縮されて肉体を駆け巡るのじゃ。淨滅武装の原型、反逆者の牙は適性の無いものでも使用可能にするために魂核の内部に残った微弱な欲望をかき集め、促進剤としておった。源欲が肉体に干渉する事への、な」
故に、使用者が高確率で鬼化しておったのじゃが。
そして、その機能を取り払った淨滅武装でも、無加工の心核を使用すれば欲望は瞬時に肉体を侵食し、鬼と化す。
「ワシは、それを知っておった。じゃが、それでもレンズに、心核を使わせてしまったのじゃ」
「魂核に加工することも、できなかったのですか?」
ああ、そうだ。そうだとも。
「設備が無かった、時間が無かった、他の方法が、無かった。言い訳はいくらでも述べられる。じゃが、それでも、ワシの短慮と無力でレンズはその身を鬼へと変えたのじゃ」
鬼、レンズの身体侵食した桃果哉一との会話の結果、分かったことは三つ。
「一つは、桃果哉一の意識は、睡眠時を除く、レンズの意識が完全に停止している時か桃果哉一の気性が荒ぶった時のみにしか表面に浮かんでこないということ」
「......なるほど、では、先程の連瑞さんの不可解な会話は......」
「ああ、恐らく桃果哉一が発憤しておったのじゃろう。
二つ目は、意識がある時に桃果哉一の意識が浮上すると、その時の言動と行動をレンズは記憶していることじゃ」
そして、三つ目。これが最も重要。
「桃果哉一の意識はレンズと同化しているが、その鬼力は魂核の中に未だ封じられているということ」
「では、過去に蓮瑞さんが京都で鬼力を発した事は......」
「身体から失われたモノ、恐らくは両親という大きな『存在』なのじゃろうが、そのぽっかり空いた心の穴に鬼力が溜まった事による例外のようじゃな。そのせいか、桃果哉一の意識が沈み、目を覚ましたレンズは両親を喪うという事に対し、涙のひとつも流さなかった。桃果哉一の記憶も同様に継いだアイツは、齢二つの『子供』にして八十歳分の記憶を持つ『大人』になってしまったのじゃ」
§
「と、まあそんな訳で。俺の出自は分かってくれたかな?」
頷く。下げた頭が上がり、
「今回の作戦、近畿侵攻戦と呼称されていますが、それに反対しているのは桃果殿の意識のみと、そう捉えてよろしいので?」
「別に俺も『俺』も、反対はしちゃいないさ」
そう、別にそれに関して反対はしていない。
ただ、
「ただ、そう、負ける事が前提だと言うなら、俺『達』は全力でお前達を止める」
「それは、私達の身を案じて......?」
まさか。
「俺は別に、お前達が死んでも一向に構わんが。『俺』はかつての仲間がしようとして、止められなかった事を止められる立場に居るのに行動を起こさない、それが嫌なだけさ」
それに、と続ける。
「お前達が死んだとして?残った都市はどうする。四十年前の厳島襲撃と同じ道を歩むつもりか?」
「それは......ですが、あなたなら!」
睨むと、う、と言葉に詰まる。
それでも、ヤケクソに、
「あなたなら、江戸も、京都も、同時に守ることはできるでしょう!」
「無理だ」
「何故!あなたが前線に出てきてからの功績は、それすら可能にする程でした!」
そりゃ、功績は、な。
「氷、風、雷の三属性の上級鬼の討滅、二十を超える中級鬼の討滅、先程伝えられた情報では、牛鬼すらも討滅したあなたなら!!」
「無理だっ!!」
叫ぶ。
違う、違うんだよ。
「そういう問題じゃないんだよ」
「では、何が!」
「物量だ。物量。要は数だ」
そう、いくら強さが突出していようが、一強では駄目なのだ。
「江戸は守れるさ、京都も守れる。だが、どちらかだ。両方は、土台無理な話なんだよ」
「そんな、そんな......では、私達は、私は!」
ぐ、と唇を噛み、
「意味ある死は望めず、過去に取り残されていく私達果鬼は、いったい、どこで死ねばいいのですか」
「知るかよ」
倒れていた中級果鬼達が、意識を取り戻していく。
その姿を、視界の端に納めながら、
「意味ある死だの、過去だの、そうじゃねえだろ」
出てくる。また、『俺』が。
「んなもん、どう言い換えようが、結局はお前たちの主観だろうが」
俺を『俺』が塗り潰して。
いや、まてまて、これは俺の言だ。俺に言わせろ。
「死ねとは言わねえ、死ぬなとも言わねえ。だがよ、お前たちが、お前が、死ぬことで起きる影響から目を反らして」
まるで自分達が全ての中心にいるかのような、自分達の意見が全て通ると思っているかのような、その考え方。
「責任、持てよ。望んだものじゃなくても」
その考え方を持つなら、やるべきことってのがあるだろ。
「貫けよ、意思を。誇れよ、いくら醜い欲だろうと、お前の根幹にあるブレねえデカイ一本を」
俺は、人に説教垂れるほど、長く生きちゃいねえが。
でも、いや、なら。『俺』の、過去の『あいつら』の言葉を借りよう。
「『果てに至った鬼』。『果鬼』。かつて名乗れなかったそれを、お前たちに引き継ぐ。意味が欲しいなら、俺と『俺』と、『俺達』が」
「渡して、繋いで、引っ張って、励まし、叱り、慰めて」
「与えてやるさ、お前たちに」
だから。
だから。
だから!
「立てよ、『鬼』。めそめそ悩んで、迷って出した答えがそれなら、『俺達』が一蹴してやる」
「どうした、『鬼』。なーにを死に急いでやがる、『鬼』。情けねえぞ、『鬼』」
「立てよ、『果鬼』!!」
喝。
跳ね起きた流麗と中級達を見て、頭を掻く。
全く、こういうのは大勢に対してやって、漸く格好が付くってのに。
「ありがとうございます。桃哉殿。桃果殿ではない、そう否定されましたが、貴方には人を導く力がありますね。まるで、六角衆の様に」
やめてくれ、恥ずかしい。
調子に乗って長口上を述べたが、半分はノリだ。
「まあ、なんだ、あれだ。......どれだ?」
口が回らん......
「いいさ、俺も行く。お前たちだけだと、また突っ走って死に急ぎそうだ」
「今度は、心配してくれているように聞こえましたが?」
目を細めて笑いかける流麗から顔を背け、俺は羞恥で赤くなった顔を叩いた。
痛い。いろんな意味で。
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