六話
六話です。
よろしくお願いします。
果ノ鬼江戸支部 工廠区
八咫鏡の動力を落とした光輪は、猛烈な勢いで合鋼を鍛錬していくガイスを邪魔しないよう、設備の調整を始める。
程なくして手を止めたガイスに、抱いた疑問を問うた。
「テルノドシア様。彼、蓮瑞さん、今とても気になることを言っていたのですが」
「あぁ、なんかジジくせえ事でも言ってたかよ?」
「ご存知だったのですか?」
そりゃなあ、と熱した合鋼に小鬼の心核を溶かした触媒を垂らして紋様を描きながら笑う。
「アイツぁ、体は十代後半じゃが、知識は八十歳を越えてるからのぉ」
「は......?どういうことですか?」
刃先から握りまで描き終え、一度固定させるために専用の容器の中へ鬼穿刃を入れる。
ふぅ、と一息、
「光輪お前、六角衆は知ってるよな?」
「え?あ、はい、始まりの六人の果鬼の総称でしたよね?」
そうじゃ、と立ち上がって、支部内に通っている水道から水を汲み、一息で飲む。
「お前もいるか?」
「あ、いただきます」
二杯目を注ぎ、新しい湯呑みを棚から出して、それにも注ぐ。
渡して、飲んで、
「六角衆が果鬼になる前。まだ、人、鬼の研究者じゃった頃。一人の天才がおった」
「天才、ですか?」
椅子に腰掛けたガイスは、向かいに光輪が座るのを待って話し始める。
「そいつの名は、桃果哉一。最初の果鬼、始まりの果鬼。己を鬼と謳った、どーしようもない天才じゃ」
§
言われた言葉に、笑う。
「あーいや、生憎俺は桃果哉一じゃねーよ」
「......は?」
途端、締まった顔が崩れる。
いや、そんな顔されても......
「......では、何故、あのような......」
「過去を知る様なことを言ったかって?」
「はい、貴方が桃果殿でないのなら、あれはホラ、ということですか?」
まさか。
「ホラじゃないさ。あれは全て事実。かつて六角衆が抱いた思いも、その願いも、全て」
「解りません、解りませんよ!では、貴方は一体、誰なのですか!?」
誰、か。
誰、誰。
ホント、俺って誰なんだろうな。
「名は、桃哉蓮瑞。身体も、桃哉連瑞。精神も、心も、全て桃哉連瑞。でも、そう、でも、だ」
「?」
ああ、そんなに不思議がるなよ。
そうだな、うん。
「腕、繋がりきるまでの間に、少し昔話をしようか。果鬼達も、まだ起きそうにないし」
「そう、ですね。聞かせてください、その昔話とやらを」
うん、うん、と頷き。
「これは、俺の過去。俺が『俺』になった時のお話」
どうかご清聴を。
§
「蓮瑞さんと、その桃果哉一殿の間に、どの様な関係が?」
光輪が桃果哉一とレンズの関係を聞いてくる。
そうさな、どこから話すべきか。
「ワシが、この地、日本に漂着した時じゃ。
ワシは当時、酷く疲弊していたところを果ノ鬼京都支部の職員に救われてのぉ。
そいつは、桃哉遥っつー娘でな?ワシを発見する一年前に出産を終え、旦那の付き添いで海岸の探索をしておったんじゃ。
旦那は桃哉剣、遥が身篭った直後に果鬼になった男じゃ。
漂着しておったワシを二人は京都まで運び、怪我の手当てと、住居の一部を与えてくれてのぉ。
体調が戻ったワシは、果ノ鬼京都支部の長、御厨聖に謁見し、後に浄滅武装と呼ばれるコイツを紹介したんじゃ」
そう言って、傍らにあるエクレアの部品を叩く。
「鬼を滅する効果を、一応は認められ、適性を持つ者を探すことになったのだがの。その直後、未だに適性者が見つからなかった頃じゃ」
今でも思い出したくはない、苦い記憶じゃが。
「京都が鬼に攻められたのじゃ。1568年、御厨聖が京都周辺に発生した上級鬼の討滅に出ていた時。もう、今から数えて、十四年も前になるか」
「それは、知っています。確か死者は十二名、その内一人が中級果鬼だった、と」
「そうじゃ、二十五人いた果鬼の内、一人、その戦いで死んでしまって、の」
目を伏せる。
その名は。
「もう、分かるじゃろ?その時にレンズの両親、桃哉遥と桃哉剣は、死んだのじゃ」
「ッ......!そう、ですか......」
「当時、京都に残っておった果鬼は中級が四人。各々が主要施設を防衛している中、剣と遥が居た東部住居区域に鬼の主力が集中したのじゃ。上級鬼が率いていた侵攻、中級果鬼では土台、防衛など不可能じゃった」
拳を握る。瞼の裏にその時の光景が映る。
「レンズは二歳での。剣達が防衛施設に赴く時、養護施設に預けられるはずだったのじゃが、ワシが預かってのぉ」
日本に渡る時、エクレアの使い過ぎで、いくら適性が高いワシでも、鬼化一歩手前まで到達してしまっていたのじゃ。
二人を助けるために、下手にエクレアを使おうものなら、その場にもう一体、非常に強力な鬼が産まれていたじゃろう。
それでも、何もできないワシに募った無力感を、レンズを預かることで罪滅ぼしとして和らげていったことは否定出来ん。
「皮肉なことに、鬼の侵攻直後、レンズがエクレアに非常に高い適性を示しての。その値は、ワシすら凌ぐ程じゃった。
京都の防衛設備が崩壊し、鬼が都市に流れ込んだ時、鬼と戦える者は誰もおらんかった。
本来、適性が無くても使用可能なエクレア、浄滅武装は、ワシの度重なる強化でワシと同程度かそれ以上の適性を持つ者でしか起動できなくなっておっての。
それで、まあ、結果だけ言うなら、ワシはレンズにエクレアを使わせたのじゃよ。
当時、京都に保管されていた心核は、牛頭討滅戦時に落命した桃果哉一、果鬼【火鼠】のモノだけでの。本来果鬼は死亡しても心核を残さないのじゃが、それだけは異例じゃった。
急ぎ、その心核を用いてエクレアを発動し、レンズに持たせたのじゃ。
今から思えば、あの時は相当、判断能力に欠けておった。そんな得体の知れない心核を、まだ二歳の幼子の実験に使用するのじゃから、の。
否、二歳の幼子を実験の対象とする時点で、おかしくなっていたのじゃろうが。
実験は、成功した、と言っていいだろう。
京都は唸る大剣を携えた、炎を纏った幼子の手によって救われたのじゃ」
ガイスは、だが、と繋げる。
「吹雪を纏う、鬼の首魁【雪女】の心核をエクレアで穿った瞬間、レンズ、気を失ってのぉ。急いで回収したはいいものの、その後二ヶ月は目を覚まさなかった。
その間に、ワシは幼いレンズの身に起きたことを、『レンズ』自身から聞いたのじゃ」
はて、と光輪は首をかしげる。
「意識が無いのに、どのようにして意思疎通を?」
「ああ、そうじゃな」
空になった湯呑みを両手で包み、俯く。
そう、と。
「レンズの意識は無かった。じゃがその時、レンズでは無い『レンズ』の意識が浮上してきたのじゃ」
§
京都への鬼の襲撃を語り、一息つく。
「エクレア......淨滅武装は、鬼の核から源欲を引き出して力とする装備さ」
「ええ、それは存じています。心核にテルノドシア老が手を加えることで作成される、使用者に対する源欲の侵食を抑制した魂核を使用すると」
「そう、ガイス爺が心核の侵食を抑えなかったら、俺は今頃、いろんな特性を合わせ持った化け物みたいな鬼になってたと思うね」
そう考えると、淨滅武装って結構危険なんだなー、と。
まあ、
「俺が初めて淨滅武装を使用した時、ガイス爺は心核に手を加えるだけの余裕が無くてね。
まあ、要は、俺は火鼠に侵食されたのさ」
そう、俺は確かに一度、鬼に成ったのだ。
身体に直接心核を埋め込んだわけではないので、見た目はそのままだったが、それでも確実に『中身』が火鼠に成ったのだ。
「ですが、今の貴方は確かに人間ですよね?それは、いったい......」
「そうだね、うん」
火鼠。桃果哉一がかつて己としていたモノ。
「まあ、桃果哉一はホンモノの天才だったって訳さ」
「え、いや、どういうことですか?」
「端折り過ぎたね。ごめんごめん。
鬼は、欲望の塊。意思疎通なんてできるはずもない。そう言われてるけどさ」
それはきっと、間違いではない。
でも。
「桃果哉一は死の直前、確かに火鼠を手中に収めたんだよ。その欲望と共に。
彼は、火鼠に『成った』。火鼠という鬼に、己を刻み付けたんだ」
「では、貴方が成ったという鬼は......」
そう。
「そう、俺は火鼠に、桃果哉一に成ったんだ」
§
「京都で唯一完全な破壊を免れた、果ノ鬼京都支部にレンズを運んだ数時間後、『レンズ』は目覚めたのじゃがの」
それは、レンズでは無く、『レンズの様なモノ』じゃった。
「内より溢れ出す鬼力。紛い物の果鬼など比べ物にもならないそれは、『鬼』じゃった」
それでも、未だに、あの時のことを思い出すと笑いが出る。
『鬼』は、幼児の身体で、こてんと首をかしげ、
「『ここはどこだい?』と、そう聞いてきたのじゃ」
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