五話
五話です。
よろしくお願いします。
「ーーそれで、相手はもう来ているのですか?」
はい、と頷きを返す部下に、上級果鬼【戦天狗】坂下流麗は、訓練用の袴を揺らし歩きながら、振り返らずに問う。
「相手の名は?」
「テルノドシア老からの推薦です。桃哉蓮瑞という少年のようですがーー」
知る名だった。
【討滅鬼】桃哉蓮瑞。
十四年前、ガイス・テルノドシアが伝えた淨滅武装に対する唯一の適性を示した2歳の赤子が、そう呼ばれるようになったのは、いつの頃からだろうか。
(三十二年前の本州北部防衛戦、その被害すら、討滅鬼の活躍で果鬼の働きが悪かったから出たなどと言われています)
結んだ口の中で、歯を軋ませる。
(皮肉な物です。果鬼はもはや、過去の者になりつつある)
三十二年前に作成された自分ですらそうなのだ。人であった頃を含めると九十年近くを生きる塙殿は、いかほどだろうか。
(それ故の、今回の近畿進行戦でしょうか)
恐らく、私は死ぬだろう。私の部下も、塙殿も。京都から出撃する中級果鬼五人と、【九尾狐】の御厨聖殿も。
(それでも、私たちは、私たちの死を意味あるものとしたい)
背後に従う六人の部下を見る。
近畿討滅戦の戦力として、新たに作成された中級果鬼だ。
自らが人類の先駆者足らんと、自負と使命感を帯びた表情をして、
(私も、かつてはこんな顔をしていたのでしょうか)
考え、笑う。
もはや死ぬことを求める自分と、彼らを比べるのは間違いだ。
と、鍛錬場の入口へ着く。
武器の保管場所に収められていた新品の鬼穿刃を各々が手にし、中に入る。
広大な土地を固く踏み均したその中心で、着流しを纏った少年が一人、佇んでいた。
§
「お待たせして申し訳ありません」
「いや、大丈夫。俺もさっき来たところだから」
部下を引き連れ、桃哉蓮瑞と対面する。
こちらは七人、向こうは一人。
「こうして面と向かって話すのは初めてでしょうか?」
「だな。討滅鬼とか呼ばれてても、俺は江戸から基本離れないし」
桃哉が腰に下げるのは、討滅鬼の代名詞たる淨滅武装でも、鬼穿刃でも無く、
「刀、ですか?」
問いに、
「そ、刀。ああ、普通の玉鋼じゃなくて合鋼使ってるから、鬼穿刃とも一応切り合えるよ」
鞘から抜かれた刀は、ごく一般的な直刀で。
「中級の鬼を切るにも足りない、せいぜいが小鬼用だけど、まあ訓練だしこれで十分でしょ」
ひゅん、と振って、鞘に収める。
「それで、そっちは誰が相手してくれんの?」
笑いと共に投げられた問いに、
「流麗様、ここは我らが」
構えられた六つの武器が答える。
「まあ、私の能力の特性上、そっちの方が都合がいいですからね」
戦天狗の能力、それは
「弾けろ我が理性【鬼力潤透】」
額から二角、背には翼、上目に纏められた黒髪は、解放された鬼力が転じた風に煽られ、激しくはためく。
「我は軍なり。軍は我なり。孤軍の将は、ただ徒に兵を望む。【麾下献軍】」
二角が赤光を放ち、六人の果鬼の瞳に同色のそれが灯る。
順々に鬼力潤透を行う果鬼達に、刀を構え、
「味方の果鬼の鬼力を上昇させる支援術。つーかなに?お前も鬼穿刃持ってるってことは、裏の方も使うの?」
問いに、
「『裏』まで知ってるんですか。流石、テルノドシア老の秘蔵っ子ですね」
「別にガイス爺が理由ってわけじゃねえよ。暇な時に過去の文献を漁ってるだけだ」
言って、
「始めようぜ?俺もお前も、そこの奴らも。
俺はお前達が始めようとしている事を止める権利なんて持っちゃいねえが」
刀を抜き、上段に構え、
「気に入らねえんだよ。その目が。慢心か、驕りか。んなこたぁどうでもいい。ただーー」
反応して構えた六人に、薄い笑みと凍える瞳を向けて、
「打開を外に求めた奴らが、その力を己が物と考え、増長する。確固たる信念を持った百年前ならいざ知らず、今のお前達が持つのは、他者よりも上位の生物足らんとする虚栄と歪んだ信念だけ」
言う。己が内の猛りを声にして。
「ああ、俺はお前達を人とは認めねえよ。
ただよぉ、鬼とも認めねえさ」
「果鬼。よく言ったモンだよ、なぁ。
鬼から、確たる欲望を取った存在。絞り果の果鬼ってか」
「そんなヤツらが、はてさてどう戦うのか。教えてくれよ」
返答は無言の攻撃だった。
§
(俺の淨滅武装だって、外からの力だからさ。今回は使わないよ)
蓮瑞は見る。
片刃剣、片刃剣、片刃剣、両刃の大剣、槌、槍。
(ひーぃ、殺意高ぇー。長口上垂れ過ぎたか.......?)
それでも、
(見てらんねえよ。なんだありゃぁ。アイツら、『果鬼に成れて嬉しいです!』って目ぇしやがって)
気に食わねえよ。
振り下ろされた槌。握る左腕の手首を断ち切り。
かかる力が傾いた槌は、俺の横を通り過ぎ。
(果鬼なんてただの妥協策だ。俺たちが求めて、結局至れなかった結論を、大の為に小を犠牲にすることで至った、クソッタレな妥協策だ)
そうだとも。
ズレた軌道の槌に瞠目した男の顎を、槌に身体を擦らせながら接近し、柄頭で打つ。
(二のアイツも、三のアイツも、四も五も、六も。
何時、望んで果鬼になったよ。どうしようもないから、他に手が無いから、だから諦めて、それでも諦められなくて、力が足りないから、じゃあ自分たちで、強い自分たちを作ろうって)
けれど。
白目を剥き、倒れ込む巨体を踏み台に、槌使いの後方から来る剣使い二人を跳んで避け、
(俺達はもう強くなれなくて。仕方ないから、どうしようもないから。一緒に諦めてくれる人を探そうってなって)
見つけて、それでも。
上空から迫っていたもう一人の剣使いを、こちらから行くことで迎撃し、
(皆、皆、死んじまって。俺だって死んじまって。それでも、このままにしちゃおけないからって、耐えて、耐えて)
そして。
振り下ろされる剣の腹を、右手に握った刀で右にズラしながら、肉薄した剣使いの首を掴んで、槍を投げようとしていた槍使いに、勢い殺さず投げ飛ばす。
(起きて、コイツの中で十数年、俺達がいない世界を見て。変わらない奴らと、変わっちまった奴らを見て。一喜一憂しながら、さ)
見たものは、それだけじゃなくて。
自重に任せた落下。多少の調整と共に、大剣使いへ突っ込む。
(俺達が、妥協案とした果鬼が、改善も、研鑽も、なにもされること無くそのまんまで)
怒ったさ。それ以上に、絶望したさ。
斜め上への横薙ぎを、肩に背負った刀に、身体を縦に回すことで当て、滑らせ、
(俺達が、せめて方針だけは定めようと、改善と改良を前提とした弔逃抵律計画は、何一つ変わらず、声高々に叫ばれて)
お前達は、この数十年間、何をしていたんだと。
振り切った大剣使いの左胸を、着地の勢いで叩く。
(俺が最初、果鬼になる時に唱えた、殼人内鬼説は、何があったか鬼権主義者なんつーキチガイ共の大義名分に成り果てて)
俺達が、必死で行ってきた事は、なんだったのかと。
背後から左胸に突き出された槍を、脇を開けて通し、掴んで、
(弔逃抵律計画なんてのは、ただ滅びの先延ばしなんだよ)
それはまるで、世界に飼われた家畜が、屠殺を拒むような。
慌てて槍を離した男に、俺が支えきれない槍の重量を、左腕を軸に回して、薙ぎ払う。
(今回の近畿討滅戦も、抗うようで、そう、例えば、いずれ来る何かを先取りしているような.......)
そうか。
遠心力と莫大な重量が産む運動エネルギーを、柄とはいえモロに腹に食らった槍使いは、そのまま意識を手放し、
(なるほど、なるほど、理解した、理解したぞ)
内に浮かんだ笑いは、嘲笑。
左右に別れて駆ける女剣使い、その右が打ち込んで来る。
甘いな。
お前、さっきの槌使いを見てなかったのか?
振り下ろしに合わせて剣を突き出し、握る左手首の内を斬る。
掛けた力にムラが出来た振り下ろしは、右へとズレ、
終わりだ。
右手首を握って、少し力を加えてやれば。
「カハッ.......!?」
「何っ........!?」
剣は時計回りに、左から来る剣使いの腹を貫いた。
「これで中級?ハッ、驕るのも大概にしろよ、雑魚共」
顔を歪ませ、
「お前達が開こうとしているあの地は、真に地獄だぞ?見合う力も持たず、ただ根拠の無い自信と、驕りと、傲慢虚栄で押し固めたお前達の仮面、さて何秒持つのか楽しみだな、おい」
どうした、笑えよ、なあ。
「さぁ、もう『裏』は満たしただろ?」
「.......還る力、廻る時、逆巻く感情は我が内に。破軍を以て将と成す。【転化千軍】」
倒れ伏した六人から、赤光が噴出する。
一度上空で留まり、一つの大きな流れとなったそれを、流麗が身に纏う。
二角は伸び、朱に染まり。
同色に染まった長髪は、身体の内より吹き出す鬼力にたなびく。
それを割るようにして、背中に鬼力が結ぶのは、朱の翼。
バサリと一打ち、飛び上がった流麗は、両手に握る鉄扇を構える。
「チッ、気に食わねえ」
「何が、ですか」
問われて、
「その目だ、その目。死ねず、せめて意味ある死を求める、そんな目。四十年前に残ったアイツらと、同じ目。ああ、気に食わねえ」
ギィと歯噛みと共に顰めた顔。
そのままに、落ちて、
「ーーッ!」
「クッ!」
閉じた左の鉄扇が、速度と共に来る。
右手片手持ちで受けようとして、
(無理かーー!?)
打ち合わせるフリから、少し引いて、回る。
勢い殺さず、左腰の鞘を抜きーー
「う......るァ!」
「ハァッ!」
回転しながら、腹を狙ってーー
空振る鞘、天狗は翔ける。
「そんなに死にてえなら、今ここで俺が殺してやるよ」
「わ、私、は......私は!死にたいわけじゃない!」
§
思わず出た声に、驚く。
(私は、本当はどう思っているのでしょうか)
浮かんだ疑問は、されど今は詮無き事。
先の急制動と急加速の弊害で震える翼に喝を入れ、翔ける。
右を抜け、着地し、勢い殺さず、
「疾ッ!」
「んの......!」
左の鉄扇を右足が軸の回転で振るい。
屈んで避けられた。
足を払われ、視界が傾き、逆手から順手に持ち替えられた鞘が、来る。
「クッ!」
「吹っ飛べ!」
開いた右の鉄扇で受けーー
(重っ!?)
おぉ、と声が出て、受け切れず。
与えられた勢いのまま、飛ぶ。
天狗の翼は羽ばたきによって天狗風と呼ばれる指向性を持った風を起こし飛翔するためにある。
緩く上昇する流れを作り、それに乗って一度上昇する。
浮遊しながら、考える。
上空からの突撃は対応される。
ならば、天狗風に巻き込んで、体勢を崩しながら攻撃すれば。
(三度目の正直を信じられるほど、私は素直ではありませんので)
降りて、足を付き、構える。
両手を逆手に、前斜体形で。
行く。
§
右の振り払いは、二歩下がってかわす。
回転と、一歩で踏み込み、間合いの内に入られ、
左が来る。
右の刀と左の鞘を交差させ、受け、跳び、
「巻き込め!」
「何っ!?」
背を向けた天狗の回転に沿った風が生まれる。
地に足を付けていれば、耐えられるそれはーー
「うぉっ!?」
「このまま!」
跳んだ足を絡め取り、天狗の周囲を回る動きを強制させられる。
回転を終え、未だ空中に残る俺に向き合って、順手に持ち替えた右の突き。
交差の構えから、左の鞘を解いて斜め上に滑らせる。
着地し、未だ足に残る勢いを踏み台にし、
突きをくぐって、跳んでーー
「送れ!」
「あぁ!?」
風が吹く。
天狗が遠のき、刀は届かず。
それでも。
「オ、ァァ!」
「風を、踏んで......!?」
風を踏み潰す。
向かう風に、逆らい、越えて、一歩を踏む。
踏めば、後が続く。
二歩、三歩と勢いが付き。
自らの風に飛ばされぬよう、左の鉄扇を地面に突き刺していた天狗は、抜く一動作分だけ遅れて。
五歩で踏み込み、六歩で間合い。
下から切り上げた刀は、天狗の両腕を肘から断った。
§
仏頂面で座り込み、断たれた両腕を包帯で固定している流麗の前で胡座をかく。
「悪いな、腕、落としちまって」
「気になさらず。もう数分で繋がりますので」
ひらひらと腕を振った流麗が尋ねてくる。
「それで、先程の言ですが」
「ん?ああ、死にたいとか何とかって?」
「あ、いえ、それも聞きたくはありますが」
ス、と居住まいを正し、
「四十年前を知る趣旨の言葉。いいえ、貴方の言葉を聞くと、当てはまる人物は一人しかいません」
開く両目に宿るのは、先の諦観ではなく、
「六角衆、その一。始まりの果鬼、『火鼠』。名を、桃果哉一殿」
未知を暴き既知と成す、俺が嘗て宿していた輝きだった。
『感想、評価、誤字報告などいただけると、大変有り難いです。
低評価で構いません!『見ていただけている』、ということがモチベーションに繋がりますので。




