四話
四話です。
よろしくお願いします。
工房の中には、熱があった。
老練の色を帯びた人のカタチの熱が、鉄を打っていた。
刃から取り外された機構は分解され、無数のネジと歯車、パイプになっている。
それを一つずつ熱し、叩き、練する。
一度形を失った部品は、工房に保管されていた合鋼を加えられ、再び形を持つ。
表面に付いた傷が修復された部品を修復済の台に置き、ふぅと一息付く。
(蓮瑞も、育ったもんじゃのぉ......)
エクレアの由来を聞いた時、真っ先に感じたのは、
(感動、まだ、ワシにもそんなもんがあったとはのぉ)
八十年前、西の果てから旅立ち、東を目指して、変貌する種を尽く滅してきた旅路。
(淨滅武装、反抗者達の牙、か)
歯車を手に取り、撫でる。
(幾度も作り直しているとはいえ、ワシの過去を知るのは、お前だけだなぁ)
ク、と笑い、
(蓮瑞を、よろしく頼むぜ、これからも)
さて、と一息。
(少し感傷に浸りすぎたな)
合鋼を叩く為に特注で作製された金槌を手に取り、修復と錬成を始める。
(そろそろ合鋼も届くじゃろ)
と、
「ーー対する興味は消え失せましたがーー」
扉が開き、声が入ってくる。
打ち付けようとしていた槌を止め、声の方へ振り返り、
「戻ったか。合鋼はそこの棚に入れといてくれ」
ぶっきらぼうに、されど労いを込めて。
§
合鋼の台車を指定された場所へ置き、机の上に置いてあった牛鬼の心核を取る。
「ガイス爺は、牛鬼の果鬼を作れ、とは言わないんだね」
問う言葉に、
「フン、塙の坊主に何を言われたか知らんが、んな危険なモンを作るわけねえじゃろうが」
「どういう事ですか?テルノドシア様」
光輪の問いに、
「お前、牛鬼の原欲、何か知ってるか?」
「殺人欲と、聞いていますが」
そうだ、と
「牛鬼ってのは、鬼が発生する前から、牛魔窟っつー『巣』を構えて人を喰らってきた『鬼』じゃ」
「鬼の発生より前ですか.......?」
ああ、と答え、
「未だ残っている伝承だと、三百年程前に江戸から差程離れていない、浅草ってとこで初めて観測されたそうじゃ」
手の中で心核を回し、
「今の牛魔窟と呼ばれる場所じゃな」
光輪が息を呑む。
フンと一息、光輪へ心核を投げ、
「光輪、お前ぇ、鑑定術の鍛錬怠ってねえだろうな?」
「え、あ、はい、もちろん」
「じゃあ心核、鑑定してみろ」
言われて鑑定術を発動させた光輪が、顔をしかめる。
「殺人欲......果鬼となると多少は抑えられますが......」
「ああ、殺『人』欲じゃからの。配属された都市が廃墟と化すわ」
しかし、何故とも思う。
(塙のガキとて、それは予想していたはず)
それでも、果鬼の素体として牛鬼の心核を望んだ......?
「おい、蓮瑞」
「なんだよガイス爺」
「お前、半年くらい前に琵琶湖付近の鬼域調査したじゃろ?」
ああ、と頷いた蓮瑞が、
「あそこは、地獄だよ。畔に建った城の周囲を、無数の中級果鬼が取り巻いてた」
「お前でも、突破できない程か?」
ふむ、と考え、
「できない、とは言いたくないけどね。中級の群れなら何とかなるだろうけど、ありゃ内部が酷いことになってると思うし」
そうだね、と続けて、
「上級鬼が、最低でも十はいるでしょ。一体二体ならまだどうとでもなるけど、そこまで行くと、ねえ」
お手上げだ、と万歳する蓮瑞に、揶揄いの意を込めて、
「その『地獄』が、二週間後に開かれるぞ?」
常の余裕も消え失せて、
「な.......、いや、無理だろ、自殺行為だぞ!?」
「お前も薄々気付いてたじゃろ?果鬼の大量生産に、鬼穿刃の大量受注」
それに、と光輪が持つ牛鬼の心核を指し、
「『戦力』として見るなら、牛鬼の果鬼とて優秀な戦力じゃ。塙のガキが必死こいて心核を求めようとした理由も分かる」
「で、でも、戦力は!?そんな、生半可な......中級の果鬼が六人増えたところで、全く足りないでしょ!?」
「京都と江戸で挟撃するそうじゃ」
「な......」
呆れて、
「本州北部防衛戦で、都市戦力を全て攻撃に回した失敗から、何も学んでないのかよ......!」
「京都、いや、国の中心ってのはそんなもんじゃ。失敗を認めず、失敗などありえないという根拠の無い自信で己を塗り固めた虚栄の塊。何処だろうと、それは変わらん」
だから、
「地獄の釜を開けるバカどもが、今丁度鬼穿刃の受け取りと慣らしの為に江戸に来ておる」
挑発するように。
自らも感じた憤りを、託すように。
「訓練相手に、お前を推薦しておいた」
ニィと笑い。
「見せてこい、討滅鬼。鬼討の頂き、その頂点を」
そして、
「魅せてこい、桃哉蓮瑞。人の身で至り、先へ進む、その力を」
返答は笑み。
己と同じ笑み。
「応」
§
「あ、戻ってくるまでには牛鬼の心核、魂核に錬成しとくからのぉ」
「流れ壊すなよ、ガイス爺」
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