二話
二話です。
よろしくお願いします。
呪壁都市【江戸】 果ノ鬼支部
果鬼や果ノ鬼の事務員達が居を構えるそこは、地上8階建ての城として設計された【江戸】防衛の要である。
その内部、工廠へ続く渡り廊下で二人の男が対峙していた。
「牛鬼の核を寄越せ」
「嫌だね」
茶色の長髪を鬣の様に靡かせ、仁王立ちをする男。上級果鬼【馬頭】こと、塙吟庵。
彼は今、怒っていた。
「お前が牛鬼を討滅したことを、俺たちが知らないと思ったのか!?」
「どーせ観測術で牛魔窟でも覗いてたんだろ?
他人の家を覗くなよ、犯罪だぞ?」
原因は、目前で微笑を浮かべる男。
【討滅鬼】桃哉蓮瑞。
「の、覗きとはなんだ!俺達は強力な鬼の動向を調べるという使命の元に......って、人じゃないだろ!鬼だろ!」
「おいおい、そりゃ差別ってもんじゃねーの?鬼も元は人、そんな発言してっと、鬼権主義者どもに突っつかれるぜ?」
吟庵は蓮瑞の言葉にぐぬぬと唸ると、右足で床を踏み鳴らす。
「ええい、お前と話していると不愉快だ!消えろ!」
「え、いいの?あざーっす」
肩をポンポン叩きながら横を抜け、工廠へと向かう蓮瑞に、恨めしげな目を向けた吟庵は、一階の鍛錬場へ向かうために歩を進めーー
「って、あ、おい、心核!」
「ははは馬鹿め!まんまと乗せられてやーんの!」
「貴様ぁぁぁ!!」
既に走り出していた蓮瑞を追い、走る。
(工廠区まであと十五メートル、このままじゃ間に合わん......!)
ッチ、と舌打ちを一つ、
(工廠区内ではテルノドシア老の言葉が絶対。ヤツが工廠区に入ったらもう心核を奪うことはできん......!)
使うか、使わねばならん。
工廠区に鬼が入ると、拘束術が発動する。
なら。
(顔面を蹴り飛ばし、気絶させ、人に戻って支部側へ引っ張りこめばいい)
使え。
人類が生存するため、民草が、安心して暮らすため。
そして何より。
(あのクソムカつくドヤ顔を蹴り飛ばすため!!)
「弾けろ我が理性!【鬼力潤透】!」
全身にみなぎる万能感。
人という抑圧の枷から解き放たれた、【鬼】の力。
一歩踏み込み、二歩で飛ぶ。
ヤツの顔面をーー
(殺った......!)
ニィ、と笑みを浮かべーー
「ばーか」
「っな...!」
伸ばした右足の射線上から、顔がずれ。
「んなド直球な蹴り、食らうわけねーだろ」
慌てて伸ばした左腕は掴まれ、勢いそのままに一回転し。
「そーれいってこーい」
「クソがああああ!!」
工廠区へと侵入してしまう。
途端。
『工廠区内に鬼が侵入しました。拘束術、発動します。職員は果鬼と連携し、討滅を開始してください』
天井、壁、床。至る所から白い鎖が射出され、吟庵を縛り付けた。四肢は言うに及ばず、頭部を除いた至る所に鎖が絡みついていく。
「ぐっ、この、クソっ」
瞬く間に球状の鎖の塊と化した吟庵に、蓮瑞が近付く。
「いやぁ見事な猪突猛進っぷりですねぇ、果ノ鬼江戸支部々々長、塙吟庵殿......?貴方【猪笹王】の果鬼でしたっけ?」
「てめぇ......」
睨む吟庵の額を指で弾き、鼻で笑う。
「その短絡的な思考がダメだっつってんだろ。もう九十年近く生きてるんだ、いくら果鬼が老いないとはいえ、少しは学習しろよ」
まぁ、と続ける。
「人の物を奪っちゃいけませんって、そんな常識すら忘れちまったヤツには、無駄かもしれんがな」
もはや一言も発さなくなった吟庵の横を通り抜けながら、
「いくら、馬頭の心核に刻まれた願望が【使命の守護】とはいえ、それに盲目的に従ってるようじゃ、それこそ討滅前の鬼と同じだぜ?」
支部の方から来る果鬼や支部職員達に身振り手振りで吟庵を任せると、手を振りながら、
「いや、お前には鬼の名前すら無駄だな」
振り返り、
「自覚しろよ、自責しろよ、考え、理解し、改めろよ」
それができなきゃ、と、
「お前は鬼ですらない」
じゃあな、
「『馬』鹿野郎」
§
その日、果ノ鬼江戸支部の鍛錬場は、構築後約六十年の中で一番の壊れ方をしたという。
天正10年 5月19日
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