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回復

匡儀は、目を覚ました。

一瞬、何が起こったのか分からなかったのだが、天井を見て、横を見ると、そこには目に涙を浮かべた、今の今まで共にこちらへ歩いていた女が、そこで手を握って自分を見ていた。

「おお。」匡儀は、突然起き上がると、維月をいきなり抱きしめた。「おお、誠に存在する女であったのか。我は…、」

「何をしておる!」匡儀がそこまで言った時、いきなりにぐいと気で引っ張られる感覚がして、女は腕からすり抜けた。「我の正妃ぞ!触れることは許さぬ!」

匡儀は、面食らった。

目の前に居るのは、維心。維心は、その女を腕にしっかりと抱き、こちらを睨みつけていた。

「…維心?」匡儀は、寝台の上に座ったまま額に手を当てた。「我は…我は、どうなったのだ。」

自分は何をしていた。そう、維心と共にこちらへと侵攻して来たドラゴンを追い払い、そして…。

「…そうだ宮!」匡儀は、維心に身を乗り出した。「思い出した。我が龍達はどうなったのだ!最後に、月に願った!あやつは我が龍を守ってくれたのか?!」

維心は、まだ匡儀を睨んだままじっと維月を抱きしめていたが、フッと息を付くと、腕の中の維月を見た。

「では、聞きたいこともあるが主はとりあえず居間へ戻れ。後で戻るゆえ、話そうぞ。」

維月は、戸惑いながらも頭を下げた。

「はい、維心様。」

そうして、維月が出て行くのを、維心と匡儀は見送った。維心は、匡儀の目が黙ってはいるが、ずっと維月を追っているのを見て、落ち着かなかった。今、黙ってそこへ立っていた維月と、横になっていただけの匡儀の間で、いったい何があったのか。

先にそれを聞きたい気持ちでいっぱいだったが、今はそれどころではない。

維心は、さすがに王として、優先順位は分かっていた。

なので、匡儀を見て、言った。

「…白龍達は、十六夜が咄嗟に月の宮へと連れ去って保護した。軍神三万と少しだとか。臣下は地下から逃れて海へと出て参ったのを、箔炎が待ち構えていてこれを守り、鷹の領地に匿っている。なので、大半の白龍は、こちらへ無事に渡っているゆえ、案じることは無い。」

匡儀は、ホッと肩の力を抜いた。では、月は望みを聞いてくれたと。

「…咄嗟に、月に願おうと思うたのは間違いでは無かったのだな。まさか月が、そんなことが出来るのだとは知らなかったのだが、もしかしてと思うたのだ。それに賭けるより他、皆が助かる術がないと…。」

匡儀は、言葉を切ってふと、何かを考えた。維心は、怪訝な顔をした。

「…何ぞ?」

匡儀は、言われて維心を見て、そして、窓の外の、空を見上げた。

「月ぞ。」匡儀は、物悲し気に言った。「維月というた。あれは、主の妃か。」

維心は、断固とした様子で何度も頷いた。

「維月は我の正妃。陰の月ぞ。主が結界維持のために精神まで傷つけたと聞き、一刻も早く回復させるために、仕方なくあれに治療させたのだ。月の陰陽は、浄化と癒しの力を持っておる。維月は我の求めに応じて、主を癒すために治療を施しただけぞ。」

その言い様にはあくまでも、それ以上の感情などないぞという、維心の意思を感じる。匡儀は、頷いた。

「そうか。ならば良いのだ、最初から夢だと思うておった。夢の中で、我は若い頃の姿で。あれは幼い頃の我から全て、乳母のように寄り添って支えて整えてくれた。それに後押しされ、精神の力が戻って参ったのよ。あれは夢の中でも一切歳を取ることも無く…だから夢だと。目が覚めた時、傍に立っておって思わず懐かしゅう感じてあのように。だが、夢であった。しかし夢でも、我に取りあれは、真のことであったわ。」

維心は、険しい顔をした。維月は、そういう方法で匡儀を癒したのだ。幼い頃からの記憶をたどり、その上で、匡儀が持っている心の重荷を、ひとつずつ取り除き癒し、回復の力を与えたのだろう。

維月は、十六夜のようにあっけらかんと明るくグイグイ引っ張り上げるのではなく、じんわりと癒して包み込むような母性を感じる形の癒しを与えるタイプだ。それは、維心自身もしょっちゅう癒されているので、よくわかっていた。

匡儀は、遠く明るい空に月を探すように見ていたが、ふと切り替えたのか、鋭い目になって、維心を見た。

「ところで、世話を掛けておる。ここにも、我が連れておった軍神一万が居るのではないか。あちこちの宮に分散させて世話になっておるから、我もしばらくどこかに落ち着く場所を貸してもらえぬかと。空いておる土地でもあれば、そちらへ天幕でも張らせて皆で滞在することにするがな。」

維心は、自分も切り替えて首を振った。

「気にすることは無い。だが、あちこちに分散しておったら、王から離れておる軍神や臣下は心細かろうし、どこかひと所にまとまるのは良いと思う。だが、空いた土地は面倒な輩が居ったり面倒な土地であったりするので、誰かの宮に全てが入って世話になるのが一番であろうな。領地だけで言えば、我の領地が一番大きいので、宮の外に天幕を張らせてそちらへ入っても良い。同じ龍であるし、生活は変わらぬだろう。」

匡儀は、それを聞いてまた黙った。そして、首を振った。

「…いや。ここには居らぬ方が良いわ。もしかして我に何かあった時には、主に龍達を任せるやもしれぬが、我は主の妃に無礼を働いたしの。ならば…月。月の宮へ参りたい。十六夜という陽の月に礼も言わねばならぬしな。何より軍神三万と少しがあの場に居ろう。そちらの領地に、天幕を張らせてもろうて滞在させてもらおうぞ。」と、寝台から足を下ろした。「体は何もない。我が直接に月の宮王に話を。」

維心は、確かに維月から離れてくれるのはありがたかったが、匡儀が近くに居た方が動きやすいのではとも思っていた。なので、渋々ながらも、言った。

「いや…確かに我が妃にあのようなとは思うたが、知らぬ時であるからもう言わぬ。我ら近くに居った方が良いのではないのか。同族であろう?」

匡儀は、もう立ち上がりながら苦笑して首を振った。

「いいや。だからこそあまり近すぎてはならぬと思う。我らは恐らく、似ておるのだ。いろいろな面でな。」

維心には何のことだか分からなかったが、答えた。

「それは同族であるゆえ似ておって当然であろうが…。」

匡儀は、寂しげに笑った。

「何より王は二人も宮に居ってはならぬ。同族ならば尚の事。」と、着物を見た。「すまぬが我の着ておった甲冑を。月の宮王に会いに参る。場所だけ案内してもらえるか。」

維心は、側の侍女に頷きかけて、脱がせていた匡儀の甲冑を取りに行かせた。

着替えをする間、匡儀はただ黙って空を見ていたが、維心にはそれが、何やら遠く維月を思って月を眺めていた前世の己と重なって、落ち着かなかった。


維月は、王の居間へと戻って来て息をついた。

匡儀を癒やそうと目を閉じたら、自分は匡儀が頭を抱え込んでうずくまる、どこかの宮の庭へと立っているような、そんな光景が目に浮かんで来た。

…匡儀様…?

維月は、あまりに頑なに、何も受け入れたくないと閉じている匡儀の姿に前世の維心を思いだし、放って置けずに、思った…ならばそうなった、原因を癒して差し上げねば。

そうしたら、場面は変わり、そこに居たのは小さなそれは愛らしい匡儀だった。

そこまで思い出して、また維月はため息をついた。

どうして、見てしまったのかしら…。

十六夜に話したい。だが、十六夜は疲れて寝ているのだ。今はゆっくり過ごさせないと、これからの方が大変なのに。

維月が、またため息をついていると、同じように盛大なため息がした。

《あーあ、お前とは連動してるんだっての。で、どうした?さっきからため息ばっかじゃねぇか。》

そうだった、十六夜には伝わるんだった。

維月は、それでも十六夜に聞いてもらえると、急いで月を見上げた。

「匡儀様のこと…あのね、癒すのに、今の匡儀様は誰も受け入れないって頑なだったから、幼い頃からの、その原因になった事から取り除いて行こうとしたの。そうしたら…匡儀様は、前世の維心様に、そっくりだったの。」

十六夜は、絶句した。維心にそっくり?そっくりっていっても、何が…ストイックな所か?それとも…。

《…生き方のほうか?それとも、性格か。》

維月は、神妙に答える。

「両方。」維月はまた、ため息をつく。「匡儀様はね、お生まれになる時にお母様を亡くして、そんなお母様を懐かしむ事もかえりみることもなく、他の妃達たくさんと楽しく過ごすお父様を恨んで、殺して王座に就かれたの。まあ、ご政務もあんまりなお父様でいらしたみたいだから、臣下も当然って思っていたようで。そこは維心様とは違うのだけど。お子様の頃から散々に刺客に狙われた事も、それを返り討ちにし続けた事も…大きな気で、相手を殺すからと誰も寄せ付けないでいらしたわ。そこも前世の維心様そのまま。あのお二人は、正に同じ生き方をして来たの…とはいっても、今の維心様は生まれ変わっておられるから、正確には違うのだけどね。」

十六夜は、探るように言った。

《こう言っちゃあなんだが、あいつはお前を気に入ったとかじゃねぇのかよ。だとしたらまずい…維心だとしたらお前を諦めろなんてオレにゃ言えねぇなあ。》

維月は、首を振った。

「分からないわ。でも、そうならないようにと思って、乳母のように接していたのよ。段々に癒されて来られるのを感じて、うまく行ったと思っていたわ。でも、目が覚めた匡儀様は、いきなり私を抱きしめて…でも、夢だと思っていらしたようだから…。あっさりと納得していらしたし。」

十六夜は、答えた。

《あのなあ、あいつは今宮を失ってここに厄介になってるわけだろ。同じ龍王でも維心の方がちょっと気が大きいし。それでお前になんか言えると思うかぁ?無理だと思うぞ。それに、龍なんだから我慢強かったりするんじゃねぇか。やな予感がするな…。》

維月は、そうは思いたくなかった。それに、似ているとはいえ、匡儀はここのところ前向きに、軍神達の面倒を見て交流し、他の神との付き合いを学ぼうとしているところだった。

何しろ、匡儀には炎嘉のような神が、側にいなかったのだ。

「…学ぼうとなさっているところだったのに。炎嘉様のように、他の神との橋渡しをしてくださるような友も居なかったから、匡儀様はご自分で悟って、何とかしなければと思っていらしたところなの。統治の仕方も変えようかと、考えていらした矢先の事だったわ。だから…いろいろ、ご不憫で。もっと早くにご交流出来ておればと思うわ。」

十六夜は、頷いたようだった。

《ままならねぇもんだよな。とはいえ、まだ遅かねぇ。あいつには、あっちへ帰ってもらわにゃ。今はまだドラゴンがあの宮に居座ってて、こっちへ来ようとしてるみてぇだから、まずはそこからだな。》

維月は、頷いた。

「維心様と匡儀様ならすぐに取り返されると思うわ。ただ、回りの宮とのことは…しばらく、落ち着かないでしょうね。とにかくドラゴンを何とかしないと。ヴィランという王が悪いのだと思う。ドラゴン達は、皆が皆こんなことを願っているなんて思いたくないわ。」

十六夜は、優しく気遣うように言った。

《そうだな。オレもそう思う。だけどみんな迷惑を被ってるし、白龍達も一万ほどはあの襲撃で死んだんだ。王だけでなく、中心に居る軍神達は責任を取らざるを得ないだろうな。》

維月は、戦を避けねばならぬ、と常に維心が言っていたのを思い出した。維心は、知っていたのだ。王が覇権がどうのと我欲に突き動かされて戦うその裏で、それに仕える軍神達が、どんな思いで居るのか、そして命を散らし、どれ程の神が悲しむのか…。

そして一度戦が始まってしまったからには、どちらかが死なねば終わらない。

どんな理由があるにしろ、罪もない神達を犠牲にしてまで得るものなど、無いのだ。

これが終わるまで、いったい維心は何人の神を消して行かねばならないのか。

維月は、維心の心を思って、またため息をついた。

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