治療
維月は、いつもなら寝ている時間なのだが、早くに目が覚めてもう、夜明けには居間へと出て来て、じっと月から十六夜が見ている先を、十六夜と共に見ていた。
なので、恐らくは維心より多くのものを見て、多くの情報をもう、その頭の中に入れていた。
戦の事は、維心が力なく戻って来てから聞いた。匡儀の宮が襲われていると聞いて気が気でなかったが、維心は維月に眠れる時に寝るように言い、自分はさっさと義心と会合の間に行ってしまっていた。
仕方なく、維月は維心に言われるままに寝台へと入ったが、数時間うとうとしただけで、とても熟睡できるものでは無かった。
なので、結局は起きて、十六夜の様子をただ見ていたのだ。
《…やっとひと段落だ。》十六夜が、維月に話しかけて来た。《見てたか?維月。匡儀は無事だし白龍も大体無事。とりあえず犠牲が少なく済んだだけでも良かったって思うしかねぇな。》
維月は、首を振った。
「十六夜、これからだわ。これでこの島は北も西も東も守らなければならなくなった。匡儀様があちらを追われていらっしゃったから、向こうの神達はドラゴンについてこちらへ侵攻して来ると考えた方がいいでしょう。ドラゴンの兵力が格段に上がったのよ…サイラス様は、どうなのかしら。この上あちらの神達までこちらへとなったら、いくら維心様でもお体がもたないわ。皆殺しになんて、とても出来ないと思うし…あの方の、御心がもたないもの。」
十六夜は、北を見たようだった。
《…サイラスからはまだ報告はねぇ。昨日の夕方あっちで話したばっかなんだぞ?いくらなんでもそんなに早くは無理だろうさ。だが、今ドラゴンの兵があっちに少ないのは事実だな。北の他の神達を囲い込めたら、ドラゴンの本丸はあっさり堕ちる。北西の大陸なんかにかまけてる間に、こっちは城を押えちまえるってことさ。いくらドラゴンでも、帰る場所が無くなったら士気も落ちるだろう。ヴィランってやつを討てたら、ミハイルにあの城を治めさせてドラゴンも落ち着きそうなんだがなあ。》
維月は、息をついた。
「そんなに簡単にいけばいいのだけど…。」
すると、維心が戻って来た。維月は、慌てて頭を下げた。
「お帰りなさいませ、維心様。十六夜から、流れは見て聞いておりました。」
維心は頷いて、維月に手を差し出した。
「ならば説明せずとも大丈夫か。しかし匡儀が目を覚まさぬ。気はすぐに補充出来たのだが、あれは精神力で最後は持たせておったようで…結界を破られた時に、精神まで傷を負ったのだ。それを癒すには、主らの癒しの力しかないと白花が申して。」
十六夜の声が、面倒そうに言った。
《えー?癒すってお前、普通に癒すのと違ってな、傷を負ってるのを治そうと思ったら、直接その精神に触れる感じで行かなきゃならねぇから、結構面倒なんだぞ?見たくない過去とかさーそんなのが見えたりよー。オレ、今疲れてるから、そういう気を遣うようなことしたくねぇな。もうちょっと休ませてくれねぇか。》
やはり。
維心は思って、渋い顔をした。今はこの島の未来が掛かっておるのだというのに。
「…主はそう申すだろうと思うて、維月に頼みに戻ったのよ。」
維心が言うと、維月は驚いた顔をした。
「え、私に?私はよろしいですが…」
いつもなら、男の治療などとか何とか言って、絶対に嫌がるのに。
維月は思ったが、維心にしても苦渋の選択のようで、嫌々という風に頷く。
「我だって、主に誰かを治療させるなど…そもそも匡儀に姿を晒すのも嫌であるのに!とはいえ、今はあれの力が必要ぞ。白龍達が居らねば、ここを周囲三方から来る攻撃から守り切れぬやもしれぬ。匡儀に指示してもらわねば、あの龍達は我の龍ではないからの。」
それだけ、事が切迫しているのだ。
維月は悟って、頷いた。
「はい。仰せの通りに。私が参りまして、出来る限りの治療を致します。」
維心は、嫌だったが有難い事なので、その手を握り締めて、頷いた。
「頼んだぞ。主は頼りになるの。」
維月が維心の複雑な感情に気付いて苦笑して頷くと、十六夜の声が言った。
《へーへーオレは頼りにならないんだろうよ。でも、ほんとにちょっと休ませてくれ。一気に四万ほど運んだから気が消耗しちまったみてぇで。》
維心は、ハッとした。よく考えたら白龍達を三万以上も、それ以外と区別して狙いを定めて一瞬で運び去るなど、力はあってもかなりの精神を使う。十六夜は、本当に疲れているのだ。
サイラスにも会いに行き、戻って辺りを注視して、それなりに精神を削っていた。そこへ最後に大立ち回りをいきなり強要されたのだから、いくら十六夜でもきつかっただろう。
「そうか…すまぬ。主がほいほいいろいろ出来るので、完全に失念しておった。確かに主は疲れておるであろうな。少し休んでくれて良いゆえ。」
維心が、急にものをわかった事を言うので、十六夜は拍子抜けしたようだ。黙り込むのに、維月が横から言った。
「そうよ、十六夜。今回は十六夜が居なかったら大変だわ。少し休んで、また手伝ってもらわなければならないから。私でも見えるけど、私はそんなに長く意識を集中していられないし、何より十六夜ほど私には出来ることが無いもの…白龍達を連れて来られたのも、十六夜だったから。私には出来ないわ。お父様にも出来るだろうけど、お父様は手を出せないんだもの…。」
十六夜は、ふっと息を付くと、言った。
《オレは陽の月だからな。まあ、平和に暮らしたいのはオレも同じだ。人世だって蒼が今見張ってるが、あちこち不穏な空気になって来てて、あっちも戦争になるかもしれねぇ。それを避けるためには、神が落ち着かなきゃならねぇからな。維心には頑張ってこの島の平和を守ってもらわなきゃ。じゃ、ちょっと寝る。維月、何かあったら起こしてくれ。あ、誰かが呼びかけるかもしれねぇから、お前聞いといてくれよ。》
維月は、頷いた。
「分かった。ゆっくりしてて。」
そうして、十六夜からの声は途切れ、維月は維心と共に匡儀が寝かされている貴賓室へと向かって行った。
貴賓室へと入って行くと、治癒の龍達が匡儀の枕元に詰めて、様子を見ていた。
治癒の長の白花が、二人に頭を下げた。
「様子は変わらずか。」
維心が言うと、白花は顔を上げる。
「はい、王よ。只今も精神を消耗されてそれのご回復に努められておるのが分かりまする。」
維心は、息をついた。そして、さも嫌そうに維月に言った。
「…維月。では、匡儀の治療を頼めるか。」
維月は、維心の気持ちが分かるので苦笑したが、頭を下げた。
「はい。では、匡儀様を目覚めさせるために浄化と癒しの気を。浄化の気は十六夜から借り受けますが、これは十六夜が寝ておっても私が勝手に出来まするので。」
維心は、黙って頷く。
維月は、維心から離れて匡儀へと歩み寄ると、場を空けた白花の横を通って枕元に立ち、じっとその顔を見つけた。
確かに…お体は問題ないよう。
維月は、維心を気遣いながらも、匡儀の手をそっと握った。それを見て、分かっているのだろうに維心の眉がぐっと寄る。維月はそれが気になって仕方が無かったが、世のため世のためと心の中で念じるように言いながら、そっと目を閉じた。
本当は目を閉じる必要は無かったのだが、維心が気になって仕方がないので自然に見えるようにそうしたのだ。
だが、維月はそれを、後で後悔することになってしまった。




