出現
その頃、月の宮では大騒ぎをしていた。
突然に、コロシアムいっぱいに軍神達が出現し、観覧場も訓練場も満員御礼状態になったのだ。
空はまだ暗く、やっと東の空から日が昇ろうとしているところだった。
「なんだってここへ連れて来るんだよ!」蒼が、空に向かって叫んだ。「維心様の所へ送ったらいいじゃないか!あーあーもう、満員じゃないか!」
軍神達が、慌てて対応しているのだが、ここへ運ばれて来た軍神達は、まだ何か起こったのか分かっても居ない状態で、それを説明するのに四苦八苦しているのが見えた。
十六夜が、空から答えた。
《あのなあ、匡儀のやつがいきなり自分の種族を助けろとか言うから!どこへ運べって、自分の結界の中に運ぶのが一番うまく行くんでぇ!維心の結界は月の光だって面倒なんだっての。瞬間移動はリスクが伴うんだからな!しかもこの数を。バラバラになったら目も当てられねぇだろうが!》
蒼は、必死に袿を肩に引っ掛けて、コロシアムへと飛びながら言った。
「だからってこっちに一言無かったのかよ!いったい何人居るんだ?!ここに居る神の総数より多いんじゃないのか!」
蒼は、コロシアム上空に到着した。
コロシアムでは、上を下への大騒ぎで、嘉韻があちこち指示して怪我をしている者が居ないか聞けと叫んでいる。
とはいえ、今はここへ運ばれた軍神達すら、訳が分からずこちらを警戒している始末で、それどころではないようだった。
月の宮の軍神が、上に浮いて見下ろしているのを、下から刀を抜いて睨みつけているような状況だ。
それでもあちらから何も出来ないのは、このコロシアムに張ってある鍵の結界のせいだった。誰も入れないようにと蒼が張っている結界で、入れないということは、出ることも出来ないので皆何も出来ないで居るのだ。
蒼は、その惨状にため息をついて、コロシアムの上空、中央へと向かった。
その同じ場所で、困り切った様子だった嘉韻が、ホッとしたように蒼を見た。
「蒼様。」
頭を下げる嘉韻に、蒼はうんざりしたように手を振って、言った。
「白龍なんだよ。十六夜が匡儀殿に言われてこっちへ連れて来たみたいだ。戦場からいきない説明もなくここだから、混乱してるんだ。オレが説明する。」
嘉韻が頷いて下がり、蒼は、皆を見下ろした。白龍達は、さすがに維心と同族だけあって、皆目力が半端なかった。鍵の結界が無かったら、蒼だって逃げ帰ってしまいたかった。
だが、ここは説明しなければならないだろう。
蒼は、ため息をついてから、言った。
「オレはこの月の宮の王、蒼。主らは陽の月である十六夜が、主らの王である匡儀からの求めに応じて保護するためにここへ連れて来た。ここは、主らで言う所の東の島の、月の宮の領地内の、訓練場の中なのだ。」
すると、大勢の龍達の中から、一人の軍神が出て来て、軽く浮いた。蒼がそちらを見ると、その軍神は言った。
「我は、匡儀様にお仕えする龍軍序列四位、弦江。ならば蒼様、我らは月の領地に匿われたということでありまするか。」
蒼は、その軍神の明るい緑の瞳を見下ろして、頷いた。
「そう。オレだって突然で、月が独断でここへ連れて参ったので、大混乱なのだ。本来、主らは青龍の王の元へ送るのが筋だったはずだが、如何せん匡儀殿が突然に月に申して、月も数が多すぎて余裕がなく、こちらへ連れて来るのが精いっぱいであったようよ。」
弦江が頷くと、十六夜が言った。
《だいたい、親しくしてるわけでもないのにいきなり助けてくれなんて、ほんとなら聞かねぇんだからな。でも、こっちの戦に駆り出してるわけだし、維心と同じ龍だってんで助けてやるかって。オレとしちゃあ、感謝はされても文句は言われる謂れはない。お前らもおとなしくしてろよ。匡儀が回復したら、どこへ世話になるのか決めるだろうからそっちへ送るようにするし。》
蒼が、さすがに白龍達を責めるのはかわいそうだと思って、言った。
「十六夜、別に文句なんか言ってないじゃないか。それに、龍族だったら維心様と同じだと思って、手助けするのは当然なんだと思う。今、十六夜も言ったようにこっちの戦の手助けだってしてくれてたんだしね。」
しかし、弦江は十六夜の言い方など気にしていないようだった。それよりも、他のことが気になったようで、空を見上げて必死に言った。
「月よ、我が王はご無事か。回復とは、王はやはりお倒れになられたと。」
十六夜の声は、頷いたようだった。
《ああ。結界が崩壊した瞬間に意識を失って、堅貴と、ええっと、桐生と呼ばれてた軍神に支えられて龍の宮へ引き上げてった。今頃維心の龍が治療してるんじゃねぇか?ちなみに匡儀が連れて来てた軍神一万も、今はこっちの龍の宮に居る。》
弦江は、ホッと肩の力を抜いた。では、やはり桐生は間に合ったのだ。王がお戻りになる前に、留めて結界崩壊の時、敵に囲まれておらずで済んだ。
「礼を申します、蒼様、月よ。後の心配は臣下達であるが、恐らくは東の海へと無事に抜けることが出来たはず。」
それにも、十六夜が答えた。
《あー海に出て来た奴らの事か?維心が箔炎に頼んで、あいつが軍を引き連れて海岸線に出てたから、みんな無事に海を渡り切って、今は鷹の宮に居る。そっちも、匡儀の回復待ちだなって箔炎が言ってた。》
弦江は、それに何度も頷きながら、涙が浮かんで来るのを感じた。あれだけの急襲を受けたのに、一族はほとんど欠ける事無くこちらへ脱出出来ているのだ。
「…感謝し申す。こちらの島の方々には、感謝しても仕切れぬ思いぞ。まさか我が王が平定し、穏やかに治めておったあの土地の神達が、あのような北のドラゴンなどと組んで宮を四方から襲うなど…考えたこともありませなんだ。」
蒼は、白んで来た空に、遠く視線をやった。夜が明ける。
「…とにかくは、主らが休める場所を作ろうぞ。幸い、簡易の宿泊施設で村になっておる場所が、そのまま空いておるのだ。かなり前に蛇がこちらへ避難して来ておったことがあって。その時の屋敷と…仮設住宅はすぐに組み立てさせるゆえ。主らも手伝って、出来たら順に休むが良い。主らがここへ来ておることは、龍の宮の維心様にお伝えしておく。匡儀殿が目覚めたらすぐに知らせてくれよう。今は何も考えず、とにかく休め。」
蒼は、そう言い置くと斜め後ろに控える嘉韻に頷き掛けた。
嘉韻は、頭を下げてから、待機していた軍神達に合図した。
「仮設住宅の準備を!資材置き場から村へ引き出せ!行け!」
途端に、軍神達がテキパキと動き始める。
足元の弦江は、頭を下げた。
「何もかも、ありがとうございまする、蒼様。」
蒼は、そんな弦江に頷き返して、そうして、後は軍神達に任せ、宮へと戻って行ったのだった。
結局、月の宮へと運んだのは三万と少しの白龍の軍神達だった。
いくらかの軍神は戦で命を落とし、ここへは運ばれなかったようだ。
十六夜は、上空から白龍の気を読んで全て引き上げたと言っていたので、死んでいたらそれも出来なかったのだろう。なので、戦で散った軍神達は、まだそのまま野ざらしにされているようだった。
それでも、今は生きている者達の世話だと、重傷を負っている者から軽傷の者まで、月の宮の治癒の対で治療し、ここへ来てから命を落とした者は居なかった。
月の宮のそんな様子は龍の宮にも伝えられ、龍の宮自身も、今は一万の白龍の兵士と匡儀を抱えて、宮の外に幕屋を張ってそちらへと収容し、匡儀の回復を待っていた。
匡儀は、龍の宮であっさりと気を回復したのだが、しかし全く目を覚まさない。
維心は、貴賓室へと寝かされた匡儀の、身動きしない体を見て、険しい顔をした。
「…結界を破られたことが無いゆえ我には分からぬが、余程の衝撃か。匡儀ほどの力を持っておって、まだ目覚めぬとはどうしたことか。」
治癒の長である、白花が頭を下げて、答えた。
「はい、王よ。匡儀様には最後の最後まで抵抗なされ、最後には精神力で支えておられたご様子。その際、傷つかれた御心の中が、まだ完全に修復されておりませぬ。月の浄化と癒しの力で一気に洗い流せばこの限りではありませぬが、そうでなければまだしばらくはお目覚めにはなりませぬ。」
維心は、眉を寄せたまま匡儀を睨んだ。癒しの気…確かに、十六夜と維月だけが放てる強い浄化と癒しの気があれば、大概の精神的な病は立ち消える。
だが、十六夜は今大忙しで機嫌が悪い。何でも匡儀の軍神達を、匡儀に言われるままに月の宮まで一気に運んで保護したのだという。そんなことが出来るのは、陽の月である十六夜ぐらいのものだった。
…ということは、維月に頼むしかないのか。
維心は、気が進まなかった。こんな時にとまた呆れられるかもしれないが、維月を他の神の目に晒したくない。まして匡儀は龍で、そしてそこそこ美しいと言われる容姿。十六夜がいつもいつも、維月は美しい男が好きだとか言うので、維心はそれが気になって仕方がないのだ。
…だが、匡儀に早く目覚めてもらわねば、今、この島は北から西から東からと、攻め込み放題なのだ。自分の軍神の数は限られているし、あちこち配置出来るほど居ない。どうあっても、匡儀に白龍を貸してもらって防衛せねば、無理な事態になっているのだ。
維心は、白花に言った。
「…維月に申す。しばし待て。」
白花は、頭を下げた。
「はい。」
維心は、仕方なく維月に説明をするために、朝日が昇って来た宮の中を自分の居間へと急いだ。




