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陥落

《結界が崩れる…!》弦江が叫んだ。《宮へ!総員宮へ降りよ!地下通路まで敵を行かせぬためにそこで迎え撃つのだ!》

皆が一斉に人型へと戻り宮へと降りて行く。

結界は、まるで砂の城が崩れて行くようにサラサラと端から崩れて行くのが見えた。

王は…王はどうなさっておるのだ…!

弦江は思ったが、今は桐生を信じて臣下達が逃れるのを助け、少しでも時を稼ぐ事が先決。

弦江が宮へと駆け込むと、伏師が飛び出して来た。

「弦江!結界が…!」

弦江は、目を見開いた。

「伏師!何をしておる、早う逃れよ!敵がなだれ込んで参るぞ!」

伏師は、戸惑いながら頷いた。

「今確認しておったのだ。我以外は朱里達が先導して東の海へ向かった!」

弦江は、ホッとした。ならば時さえ稼げば犠牲は出ぬな。

「ならば主も外へ!逃れるのだ、我らが食い止めておる間に!」

すると、急に声が割り込んだ。

《全く、何でもいきなり頼みやがって!満月でなかったら終わってたぞ!お前らそこに居ろ!動くな、捕まえるのに時間が掛かったら取り残されるからな!行くぞ!》

何の話だ?!というか誰だ?!

あまりにいきなりなので呆然としている二人の目の前は、いきなりに真っ白になった。

「うわ…!!」

伏師の声が聞こえる。

まったく何も見えない。

「伏師!」

弦江は言ったが、自分もどこかへ運ばれるような抗えない力に包まれていて、身動きが取れない。

なんだ…?、何が起きておるのだ…?!

弦江は、自由になろうと暴れたが、暴れている自分の腕や足すら本当に動いているのか、そもそもそこに存在しているのかも認識できず、回りに何かの気配達を感じながらも、全く何も出来なかった。

《なんぞ…?!逃げるぞ!討て!討てー!》

誰かの声がどうしたことか遠く聴こえる。

しかし弦江には、聞き覚えのない声だった。


朱里は、その頃東の海へと出ていた。

慣れない龍身に戻り、全員が海の中を島へ渡ろうと泳ぎ出す中、空から金色の鷹が舞い降りて来た。

《逃れて来たか。宮は堕ちたか?》

見ると、鷹の大集団がこちらを睨んで浮いているのがわかった。怯える皆の前に、後ろから来た護衛の軍神が前に出た。

《我ら匡儀様にお仕えする龍の臣下。宮が急襲を受けて逃れて参りました。現状、宮がどうなったのか我らには知る術がありませぬ。東の青龍の王、維心様にお取り次ぎを。》

その金色の鷹は、頷いた。

《我は鷹の王、箔炎。維心から話は聞いておる。なのでここで待っておったのだ。とにかくは我が領地へ。東の島へ渡ってすぐのあの場所、この対岸ぞ。主らは我らが守って参る。ついて参れ。》

それを聞いて、朱里はホッとした。鷹…大きな気。東の龍王は、既に島を平定して長く君臨しているのだと聞く。ならばこの大きな気の王も、龍王の傘下なのだ。

軍神は頭を下げて、そうして皆を促し、白龍達は鷹に守られながら東の島へと海を渡ったのだった。


「…もぬけの殻か!」ヴィランが、側にある細工の美しい椅子を蹴り飛ばした。「あれぐらいの結界、なぜにすぐに破れなんだ!」

ドラゴン達は、王の居間らしき場所で集まって頭を深く垂れている。

しかし、ヴィランには分かっていた。これでもかなり早い時間で破ったのだ。本来、あの強さの結界は、破ることすら困難だったと思われた。

それを、まさに回りの宮からの援軍と寄ってたかって蟻のようにびっしりと覆い、力技で強引に叩き壊したのだ。

シンと静まり返る宮の中、土足で踏み荒してどこを探しても、王の匡儀の姿はなかった。

結界さえ破れば、衝撃で力を失くした匡儀など、一瞬で討てると安易に考えていたこちらの甘さだった。

「…軍神すら、一瞬で消え申しました。」マルクが、口を開いた。「いきなりのまばゆい光で、我が立ち合っておった軍神すら剣を振り上げたまま目の前で。確かにたくさんの軍神が居たのに、一瞬にして光が消えた後、その場から消え…あの、声の主がどちらかに運んだのではないかと思われまする。」

ヴィランは、マルクをキッと見た。声の主…何やら取り残されるのがどうのと文句を言っているようだった。突然にその声が降って来て、何事かと思った隙に光に包まれ、かき消すように何もかも消えた。

あの力は、空から降っているようだった。

「…月、ではありませぬか。」一人の軍神が、口を開く。皆がそちらを見た。軍神は続けた。「龍王は月の妃を持っている。月と龍は友好関係にありまする。こちらの王、匡儀は同じ龍なのだとか。ならば月が力を貸してもおかしくはありますまい。」

皆が、不安げに顔を見合わせる。月…確かにあの地を奪おうとしたなら、月が介入して来てもおかしくはない。月の妃を持っているなら尚の事…。

ヴィランは、その軍神を睨んだ。

「月など。穏和で戦いを好まぬ輩で、滅多な事で神の戦いに手を貸さぬと聞いておるわ。我とて月には手を出さぬし、北でも出て来てはおらなんだではないか。あれらは地上全体を見ておって、誰かに肩入れなどせぬわ。何も知らぬくせに口を出すでないわ!ザハール。」

しかしザハールと呼ばれたその軍神は、首を振った。

「あの数を一瞬で運べる力など、他には思いつきませぬ。それに、満月がどうのと言うておった。あれは月。現実を見られた方がよろしいかと思いまする。」

皆が、今度はざわざわと落ち着きなく体を揺らした。ヴィランは、何度も首を振った。

「うるさいぞ!だとしても運ぶ以外は何もしておらぬではないか!敵対するつもりなら、皆あの光で殺せば良かったではないか!出来ぬからしなかったのだ!不安を煽るでない!」

するとそこへ、甲冑姿の神達が入って来た。

「ヴィラン殿か。我は北の端の宮の、関留。こちらは隣りの宮の王、功ぞ。この度主らの求めに応じて、軍を出した宮の王達が状況を聞きたいと申しておるゆえ聞きに参ったのだ。」と、回りの軍神達の、不安げな様に顔をしかめた。「…何やら不穏な雰囲気であるな。何かあったか。」

ヴィランは、短く首を振った。

「何も。それより、匡儀がここを捨てて逃げたようぞ。あれを討てておらぬのだ。」

関留と功は、驚いて両方の眉を上げた。

「何と申した…?!結界を破ればあやつの力が一時的に損なわれ、その上で討つのではなかったのか!」

ならば匡儀はまだどこかで生きている。

関留は、言いようのない焦りを感じた。あれが生きている限り、安心してはいられない。簡単には討てないからこそ、不在の宮を急襲し、急いで戻ったところを体勢も整わぬまま、力を削いで討ち果たすはずだった。

それを、あれは今どこかで力の回復を待って潜んでいるのだと。

「恐らくは戻って居らぬのだ。あれは民を見捨てて己が助かる道を選んだのだろう。ここに居た白龍という種族は、皆逃げ出しておらぬ。軍神達すら跡形もない。この宮は空ぞ。とりあえずはここを抑えて、匡儀とやらがこちらへ戻れぬようにするしか今はあるまい。」

功が、眉を寄せてヴィランを見た。

「…逃れたとしたらこの付近には居るまい。この宮の周辺は全てこちらを攻撃して戦っていた。どこにも受け入れる宮などない。だとしたら、東の島。」

関留は、頷いた。

「そうであろうな。あちらの龍王と交流を始めたのならそれしかあるまい。ヴィラン殿、ということは、匡儀のことは主に任せて良いのだな?主は、この土地ではなくあの島に用があると申したの。ここを通ってあちらへ参るのなら好きにしても良い。我らは主と友好関係であろうと思うておるからな。この宮も、好きにしたら良いわ。策はあるのだろう?」

ヴィランは、フンと心の中で思った。確かにこちらに用はない。こちらの己のことしか考えていない、短絡的な王達にも用はなかった。だがしかし…。

「…しばらくはこちらの宮であちらへどうやって攻め入るのか考えようと思うておる。とはいえ、主らも匡儀の事は手を貸さねばならぬぞ。我はこちらの土地に興味はないと申したであろうが。あちらの島を手にした後、匡儀がこちらへ戻って参っても我には関係ない事ということだ。龍王維心は消すが、匡儀は我には関係ない神。匡儀を消したいのなら、我らがあちらへ攻め入る混乱に乗じてやらねば無理なのではないのか。我がドラゴンが戦うのに乗じてやらねば匡儀は消せぬのだろう?」

関留は、ぐ、と黙った。確かにその通りだからだ。青龍の王のついでに匡儀も消すだろうとは、こちらの都合であり、あちらを逃げ出してこちらへ戻って来ようとしても、ドラゴンは手を貸さぬということなのだ。

功が、渋い顔をしたが、嫌々ながら頷いた。

「…ならば、今しばらく。我らもあちらへ侵攻する時には共に参ろうぞ。他の王達にも話を通しておく。」と、関留を見た。「関留、匡儀だけはどうしても消しておかねば、またこちらへ舞い戻れば更に過酷な事になろうぞ。こちらの宮が一つ残らず消え去るやもしれぬ。こうなったからには、どこまでもドラゴンと共に行くしかないのだ。」

関留は、それを聞いて渋々頷く。功が言う通りだったからだ。匡儀を始末しなければ、白龍が再びここへ舞い戻り、今度は全ての宮を消されてしまうかもしれない。あちらの龍王も、生き残ったなら手を貸すやもしれぬ。そうなると、こちらは全滅する。ドラゴンには、どうあっても両方の龍王を、始末してもらわねばならないのだ。

これで終わりかと思った戦だったが、これからだったのだと関留も功も、他の王達が待つ大広間へと戻る道すがら、長い溜息をついたのだった。

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