地下で
明羽は、義心と離れてドラゴン兵に追いかけられ、そうしてかなり北まで逃れて来てしまっていた。
最初、必死に追って来るドラゴンをまこうとしたが、あれらはしつこく追いすがって来て、こちらの姿も見えないのに、回りの揺れる木々だけを頼りに、何とかして正体を掴もうと必死のようだった。
こちらも、気を遮断する膜に覆われていたので、長くは飛べない。何しろ、気を遮断するということは、外からの気の補充も出来ないということで、明羽が使える気の量も限られていたからだ。
そうしているうちに、近くに洞穴のようなものを見つけ、そこへと闇雲に飛び込んだ。
一心不乱にその洞窟の中を飛び進んで行くうちに、気が付くと明羽は、力尽きて洞窟の奥で、その岩のごつごつとした地表に落ちた。
…追手は来ぬか…。
明羽は、必死に膜を消すと、気を求めて喘いだ。しかし、ここの気は自分達の土地の気とは違い、何やらすぐに補充するには薄いように感じる気で、それは薄いのではなく単に合わないだけのようだった。
なので、それを息も絶え絶えの様子で必死に自分に合うように変換し、やっとのことで補充した。
そしてそのまま、体力が尽きてフッと意識が飛んだ。
何かに頬を触れられた気がしてふと、目を開くと、そこは真っ暗な岩場の中だった。
真上の岩肌から、ぽたりぽたりと水滴が落ちて来ていて、それが顔に当たっていた。
明羽は、ハッと起き上がり、急いで辺りを気を探ったが、追手が来ているような気配は全く無かった。
あれからどれぐらい経ったのだろう。
いったい、ここがどの辺りなのか分からないままに、明羽は起き上がり、洞窟の中を見回した。明羽も神なので、暗くてもある程度は回りが見える。
どこから来たのかは分かるのだが、そちらの方角へと戻る勇気はなかった。
となると、先へと進むのしか無いのだが、この洞窟がいったいどこまで続いていて、どこへ出るのかも本当に分かっていなかった。
何しろ、明羽にはこちらの土地勘が全く無かったのだ。
もちろん、東西南北は分かるので、自分の宮がどちらの方角かぐらいは分かるのだが、そちらはあいにく自分が今、逃げて来た方向だった。
…義心は、無事に話をつけられたのだろうか。
明羽は、そんなことを思いながらも、古びた甲冑のままそろそろと浮いて、進んで行った。
しばらく進むと、何やらカーンカーンという音が聞こえて来た。
それは、聞くというには遠く、神の聴覚で辛うじて振動を感じる程度のものだったが、明羽は警戒した…もしかして、気も感じ取れなかったのにまだ、ドラゴン兵が追って来ているのだろうか?
急いで義心に教えてもらった気を遮断する膜を被ると、それはほんのりと黄色く発光しているように見えた。明羽は、顔をしかめた…これでは、気を探られなくても、こんな真っ暗な所では目視なら見つかってしまうかもしれない。
なるべく低い姿勢で岩肌に沿うように体を寝かせ、明羽はそろそろと飛びながら、音のする方向へと、ゆっくりと進んで行った。
神は、命の気の波動などを探って、誰がどこに居るなどを読むという癖があるのだが、この気を遮断する膜を被っていると、それが全くできなかった。
相手からもまた、なので明羽が近づいているなど全く分からないし、傍に生物が迫っているなど、思いもしないだろうと思われた。
明羽は、とにかく目だけを凝らしてずんずんと進んで行く。すると、目の前に、何やら自分と同じように甲冑を着た、数人の神らしき者が、穴のようなものを覗いている背を見つけた。
…何をしている…?
明羽は、眉を寄せた。ここらの土地勘が無いので、ここがいったい何の下なのかもわからない。そして、遂に良く聞こえるようになって来た、あの何かを打ち付けるようなカーンカーンという音は、果たして何なのか、本当に分からなかった。
なので、出来る限りその、穴を覗いている神達の側へ行って様子を窺おうと、明羽は岩を登って上からそれらに近付いた。
逃げることも出来たのだが、ここがどこなのか知らない事には、ここを出たとしても無事に宮へ帰れるとも思えなかったのだ。
ならば少しでも、この辺りの神の動向を知っておきたかった。
調度真上に当たる位置の岩肌に、少しせり出している岩があって、その影に頭を下にして貼りついてみた。すると気を遮断しているせいでその神達は全くこちらに気付かずに、ただそこに開いた小さな穴から、ただ下を気遣わし気に見ていた。
「…ああ、あれでは王妃様はお体を壊してしまわれる。皇子がいくらかお強いようで安堵したが、このままでは皇子まで、王妃様を庇ってご無理をなさるのでは…。」
すると、もう一人が険しい顔で頷いた。
「確かにの。だが、我らに何が出来る。ここに囚われておるようだと、サイラス様から立ち入りを許可されたが、だからといって、今中へと押し入ってもお助けして安全にお連れ出来る術がない。やはり、サイラス様が仰るように、龍王が侵攻して参るのを待って、ドラゴンがそれに気を取られておる隙にお助けするのが一番では…。」
明羽は、そこまで聞いて驚いて穴の中へと目を凝らした。するとそこは、かなり高い位置から眺めるような場所になっていて、下にはそれは広い空洞が見えていた。
中には、大勢の神達がうごめいているのが見え、皆一様に覇気の無い顔をして、汚れた服を身に着け、地に這いつくばって何かの道具を手に岩を叩いて砕いているようだった。
…あの音は、岩を砕く音か。
明羽は、それを見て知った。何をしているのかは分からなかったが、ここに居る軍神らしき神達は、あの中の誰かが王妃で、そして皇子の宮の神なのだろう。
しかし、サイラスとは誰であろうか。立ち入りを許可されたとは、ここはサイラスの城の下なのか?…いやしかし、ドラゴンが捕らえているような口ぶりだった。サイラスが許可したということは、サイラスとはドラゴンではなさそうだ。
明羽は、首を傾げた。龍王とは、恐らく自分の王の匡儀の事ではなく、青龍の王の維心のことだ。何しろ、匡儀は外との交流はまだ早いといって、北との交流もして来なかった。一方、聞いたところによると、維心は北と交流をして、ドラゴンの前の王とも親しくしていたようだった。
こちらの情勢などには全く疎い匡儀に仕えていた明羽も、同じように全くこちらの王の名など分かってはいなかったのだ。
すると、落ち着いた声が言った。
「主ら、覚悟は決まったか。」
明羽が驚いてそちらを見ると、そこには色が白いというか青い、黒いマント姿の男が立って、軍神達を見下ろしていた。二人は、慌てて頭を下げた。
「サイラス様。はい、我ら王もお助けし、皇子もお救いするには龍王の言う通り、ドラゴンを討ってもらうより他ないと思うておる次第。こうしてサイラス様にお教えいただいた地下通路にご案内頂き、ご無事な姿を拝見致しましたら尚のこと。早速に城へ戻り、他の城の臣下達にもそのように。ただ、出陣しても龍王には手を出さねば良いのですから、我らにそれほどリスクはありませぬ。あの龍王なら、恐らく一瞬でヴィランを討ってくださいましょう。」
サイラスは、息をついた。
「とはいえ…まだ時が掛かるやもしれぬ。ヴィランが、南へ侵攻したのを知っておるか。」
相手は、頷いた。
「はい。その間、五千の軍神と共にこの回りを我らに守れと命じて参りましたゆえ。」
何と申した…?南…?ここから南とは…我が王の領地なのではないのか!
それでも、龍の宮は中央。南へ下ろうとしても、ドラゴンは他の傘下の王達に阻まれているはずだ。
その間に、王は体勢を整えて討って出られ、どちらにしろ王のご領地は安泰だろう。
明羽は、そう思うのだが、嫌な予感が胸をついてドキドキと胸が鳴り、苦しいほどに息苦しくなった。どちらにしろ早く戻らねば…龍の宮にドラゴンが行きつかぬ間に…!
サイラスは、息をついた。
「…それも、面倒なことにあちらの王も、幾人かはドラゴンに抱きこまれておるようぞ。領地の結界の穴からなだれ込み、宮の結界を破ろうと四方からいろいろな神が入り乱れて攻撃しておるそうな。急襲であったゆえ、一時どちらかへ撤退を余儀なくされるのではないか。」
明羽は、思わず声を上げた。
「そのような!」仰天したサイラスと、どこかの城の軍神がこちらを見上げるのにも、構わず明羽は叫んだ。「我が王が、宮を捨てて撤退など!」
サイラスも軍神達も、茫然と明羽を見上げたが、サイラスがハッと我に返り、慌てて明羽に声を抑えて言った。
「こら!どこの誰だか知らぬが、おとなしゅうせい!ドラゴンに気取られたら皆面倒なことになるのだぞ!ここは、ドラゴン城の地下の囚人を働かせるダイアモンド鉱山の脇に掘られた、天然の洞窟を利用した抜け道なのだ!」
明羽は、ハッと我に返り、慌てて口をつぐんだ。我は何をしておる…せっかくに、ここまで潜んで来たのに。
サイラスは、そんな明羽の様子を見て、ふうと鼻で息を吐くと、言った。
「その、膜。」と、明羽を包む黄色い膜を指した。「見たことがある。南東の島の者達が使う、気を遮断する膜というものであるな。主は、南東の神か。」
明羽は、ここまで来て答えぬことも出来ぬし、話の筋からしても、ドラゴンには敵対しているようだったので、答えた。
「…我は、ここから見て南の大陸から来た、明羽と申す。この膜は、島の軍神から教わったもの。こちらの神に、先ほど主らが話しておった、龍王がこちらを攻めて質の神達を助け出してやるから手を出すなという件を、知らせねばと参ったのだ。だが、ドラゴンの兵に見つかりそうになり、我がおとりになって、もう一人を逃がした。ここへは、逃げ込んだ洞窟が繋がっておったゆえ偶然たどり着いたのだ。今の話では、無事に知らせは届いたようであるな。」
サイラスは、それを聞いて頷いた。
「というて、主の相方がどこぞの神に申したのだろうが、まだ伝わっておらぬ。我は、月から直接に知らせを受けて、そうして皆へと知らせて回っておるのよ。ところで、主は南から参ったと申したの。南のどこぞ?」
明羽は、そうだったと身を乗り出した。
「我は中央龍の宮から来た、筆頭軍神ぞ。」と、食い気味にサイラスを見つめた。「サイラス殿と申したか。我が王の結界が、破られるなどあるであろうか。我が王は、あの地の全ての神の頂点に立っておるかたであるのに。我が宮は…同胞たちは、ドラゴンに襲われておると申すか。」
サイラスは、気の毒そうな顔をした。そうして、息をついた。
「明羽、あれはドラゴンだけの仕業では無い。反乱ぞ。元々不満を溜めておったゆえ、ヴィランの誘いに乗ってしもうた者達が多かったのだろう。一度仕切り直すしか、宮を取り戻す術はないと我は見た。そうか…龍。ならば、維心殿が同族であるのだから、一時主の王を保護しよう。案ずるな、立て直せようぞ。」
明羽は、ブンブンと首を振った。
「そのような!我が王が、宮を捨てて出られるなど…!」と、今こちらへ来た道を振り返った。「ならば我はこれまで。すぐに我が王の御許へ戻らねば!」
サイラスが、慌ててその明羽の腕を掴んだ。すると、まとっていた気を遮断する膜が簡単に破れる。サイラスは驚いた顔をしたが、明羽はこれは外からなら簡単に消えると義心に聞いていたので、ちっと舌打ちしただけだった。
「待て!我は、ヴァンパイアの王、サイラス。明羽、今ここから出たら、外にはドラゴンの兵が山ほどおるぞ。いくら主でも、生きてここから逃れることなど出来ぬ。生きて戻りたければ、我と共に来い。」
明羽は、悔し気に顔をしかめた。確かにここがドラゴン城の下だと言うのなら、上はドラゴンだらけだろう。分かってはいたが、居ても立ってもいられないのだ。
「サイラス様!ならば早う我を連れだしてください。我は、どうしても王の御許へ戻ってお守りせねばならぬのです!我が軍神筆頭であるのに!」
軍神達は困惑したようにサイラスを見る。だが、気持ちは分かった。
サイラスは、呆れたように明羽を見た。
「主、筆頭か。ならばもっと感情を制御せよ。主を筆頭に据えておる王の気が知れぬわ。慎重にならぬか。ここは敵地のただ中だと申すに。ほんにもう。」
明羽は、ふて腐れた顔をした。
「王は主は腕がたつのになあと常申されておる!王がお悪いのではないし、だからこそ次席にあやつを据えておるのだと…」
言い訳のように言うのに、サイラスは手を振った。
「良いわ。主らの事情など後で良い。それより今ぞ。」と、軍神達を見た。「主らも。早う参れ。もし何かあれば我に連絡を。こちらには月もついておる。王は必ず返されるゆえ、信じて従うのだ。わかったの。」
軍神達はハッとして頷き、そうして地下の抜け穴だと言うその空間を、サイラスと共に抜けて更に奥深くへと、それぞれの城へと向かったのだった。




