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崩壊

「王の結界が!」伏師が叫んだ。「ならぬ!このままでは破れる!」

そこへ、甲冑を来た軍神が飛び込んで来た。

「領地の結界の穴を抜けて来ておるのだ!宮の結界が崩れる!早う皆、地下の抜け穴から外へ!宮から離れるのだ、裏山へ急げ!」

なぜに穴を知っておる。

伏師は思ったが、それどころではない。必死に皆に向かって叫んだ。

「総員、地下から裏山の洞穴から海へと抜ける道へ!王が何かあったらそこへと常日頃申されておった所ぞ!東の海へ逃れるため、飛べ!行け!」

伏師の指示は、次々と侍女から侍従からと伝わって行く。

伏師は、朱里と伯宗を探した。このままでは全てが逃げるのに間に合うとは思えない。軍神達は恐らく、最後までここで戦い抜くだろう。王も、戻ったとしても結界が破られる衝撃からどの程度持ちこたえられるのか全く分からない。臣下は逃げ切れるだろうが、大半の軍神を失った上、王を失ったこの宮が、復活など出来ぬのでは…!

「伏師!」

伏師が逃げ惑う侍女達に裏へ裏へと指示しながらそんなことを考えていると、伯宗と朱里が駆け寄って来た。

「おお朱里!伯宗!」と、伏師はこんな時だったので、途端に心強くなって手を握った。「おお主らを探しておった。今さっき桐生(きりゅう)が戻って我に逃げよと。」

二人は、憔悴し切って頷く。

「桐生には我らも会うた。早く皆を誘導して逃れよと言われたので皆に知らせて必死に誘導しておったところぞ。桐生は外の民達の誘導も進めておるようで、軍神達は民や我らの逃れる時を作るためだけに戦っておると。それだけにあちらの数は多く、回りから一斉にかかられておるような状態なのだと。」

伏師は、それを聞いて宮の外を見た。まだ、チカチカという気弾同士の光が見える以外は、ここは至って静かだ。それが、王の結界を何とかして守り抜こうと軍神達が頑張っている証であり、それがあれだけ近くに見えているという事は、それが破れた瞬間にここへ、敵がなだれ込んで来るということなのだ。

「…時が無い。主らは先に逃れよ。我は、残った民は居らぬか見回ってから追うゆえ。」

伯宗が、驚いたように伏師の腕を掴んだ。

「何を言うておる!逃れよと皆には申したのだ、主も共に!」

伏師は、そんな伯宗と朱里の二人の顔を見て、涙ぐんだ。

「我はここを皆が引き上げたと王にご報告せねばならぬのだ。後を頼むと申された。主らは皆を先導して、東の海へと逃さねば。早う参れ。」

朱里が、同じように涙ぐんで伏師の手を握った。

「ならば我も残る。主と共にこれまで来たのに。主だけにそのような事はさせられぬ!」

伏師は、そんな二人をわざと突き放した。

「こんな時に情けは無用ぞ!皆の命が、一族の存続が掛かっておるのだ!行け!早う!王に申し訳が立たぬだろうが!」

朱里と伯宗は、顔を見合わせた。そうして、もう一度伏師を見ると、涙ぐんだまま頷いた。

「では、我らは皆を案内して東の海へ参る。主も早う追いついて参れ!」

二人は、そう叫ぶように言うと、振り切るように後ろを向いて、そのまま皆の走る階下へと飛び抜けて行った。

それを見送ってから、伏師はぐいと袖で涙をぬぐい、広い宮の中誰か逃げ遅れていないかと、必死に探って飛んで行った。


宮の結界外では、一か所ではなく周囲全てからの結界に向けての攻撃に、残っていた四万の軍神達が手分けして必死に迎撃していた。

相手は戦ったことのないドラゴンで、人型の神はこの領地周辺の王の宮から来た反乱軍だ。

その上、その反乱軍の中には、虎などの本性を持った神達も含まれていたので、白龍達は苦戦していた。

これほどに、四方から一気に攻められるのは初めてのことだったのだ。

《王の結界が…!!》

序列四位の弦江(げんこう)が言う。すると宮の者たちの避難誘導に行っていた三位の桐生が、戻って来て言った。

《もう持たぬ!王が戻って来られるのを感じるが、このままでは最悪の事態に…!》

そう、この敵の只中で結界を破られたら、その衝撃で匡儀自身が力を一時的にでも失くしてしまう。そんなことになれば、それこそ自分達が守り切らねば王は簡単に討たれてしまう。

《…ならば行け!桐生!》桐生が驚いた顔をする。すると、弦江が更に言った。《王を留めよ!このような場に来させてはならぬ!王だけは、何としても生き延びて、再びここを取り戻して頂かねばならぬのだ!》

桐生は、一瞬迷った。ここへ、皆を置いたままで自分だけが逃れよと言うのか。

しかし、選択の余地はない。確かに、王にここへ来させるわけには行かぬ!

《…頼む、弦江!我は王をお留めして東へ参る!主らも何としても逃れるのだ!》

桐生が弦江に背を向けると、弦江はこちらを見て、口元を緩めた。

《我らの事は良い。早う行け。》

結界が破れたら、逃れる術など無い。

桐生は、身を引き裂かれる思いで匡儀を留めるためにその近付いて来る気配へと一目散に飛んだ。


匡儀は、必死に飛んでいたが、まさか自分の領地がこんなに遠いとは思わなかった。

しかし、しばらく進んで、それが遠いからではなく、自分の力が落ちているからなのだと、ハッとした。結界が攻撃を受け、それを維持するために多くの気が流れ出て行っていて、飛ぶことに回せなくなって来ているのだ。

堅貴が、それに気付いて匡儀を振り返った。

《王…?!もしや…結界が?》

しかし、匡儀は首を振った。

《結界はまだ大丈夫ぞ!だが急がねば…!皆が案じられることよ。》

堅貴は、眉を寄せた。結界に力を取られておられる。ということは、思っているよりその維持に大きな力を持って行かれているという事で、王はこれ以上速く飛ぶことも出来ないようになっているのだ。

それでも必死に飛ぼうとする匡儀に、堅貴は前へと出て道を塞ぐようにして、言った。

《王、これ以上は。戦場上空には、その状態ではご無理ではないかと。》

匡儀は、イライラとして言った。

《どけ、堅貴!結界が破れたらあやつらが丸裸になってしまうのだぞ!》

堅貴は、退かずに首を振った。

《王、今は王の御身のことをお考えください。このまま戦場へ参って、結界を破られたらその衝撃で力を失われた直後に、周囲を敵に囲まれた状態の只中に放り込まれることになるのです。》

匡儀は、ぐいと尻尾で堅貴を脇へと避けた。

《うるさい!民を…臣下を見捨てよと申すのか!》

堅貴は、同じように尻尾で匡儀をしっかりとつかみ、首を振った。

《臣下も民も、軍神が弁えて逃しておりまする!いくらかは生き残りましょう!王、王はただお一人しか居られぬのに、どうあっても生き残って頂かねばならぬのです!我らだけが残って、いったい生き残った者達に、どう生きて参れと申されるのですか!》

匡儀は、ギリギリと歯を食いしばった。そうしている間にも、結界はビリビリと震えて今にも破られそうな様だ。

するとそこへ、桐生が飛んで来た。

《王!堅貴殿!》

堅貴は、目を丸くした。

《桐生!他の者達は?!》

桐生は、暗い顔をした。

《皆を逃がす時を稼ごうと…それよりも、王をお留めせねばと我が寄越された。結界が、もう持たぬ。周囲からの同時の攻撃に手が回っておらぬ所もあり、どうあっても影響を防ぐことが出来ない。四方から一斉に攻撃して参って、その先頭にドラゴンが居る状態ぞ。領地の結界の穴を知られておってそこからなだれ込んで参った。宮の結界が破られたら領地の結界を内側からなら簡単に破られてしまうだろう。》

堅貴は、それを聞いて遠く宮の方角を見た。夜の空に、チカチカと瞬いているのが気の衝突の光なのは分かった。

《ぐ…!》

匡儀が、額から冷や汗を流してうずくまるような仕草をした。かと思うと、するすると人型へと形を戻し、宙で膝をつくような形になった。

《《王!》》

二人が慌てて人型へと戻りながらそれを支えようとすると、匡儀はそんな状態でも目を血走らせて必死に踏ん張っている様子で、言った。

「もう…気が持たぬ…!」と、空を見た。「十六夜と申したか!月…!我が一族を、逃してくれ…!!我にはもう、守り切れぬ…!!」

《え?》十六夜の声が、慌てたように言った。《おい、急にそんなこと言われても…!もっと早く言え!》

遠く、何かが割れるような音が、聞こえた。

匡儀は、初めて自分の結界を破られた衝撃で必死に意識を保とうと踏ん張ったが、そのまま落下して堅貴と桐生の二人に抱き留められた。

匡儀を抱き留めたまま、桐生と堅貴は遠く、仲間たちが必死に戦っていた宮の方角を茫然と見た。

そこには、真っ白い柱のような光が立ち並んでいて、もうどうなったのか全く見えなかった。

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