襲撃
「王!」明輪が、まだ起きて十六夜の報告を待っていた、維心の居間へと転がり込んで来た。「南!鳥の領地の海底からドラゴンが攻め入って参りました!」
維心は、弾かれたように立ち上がった。
「出る!」と、慌てて甲冑を手に駆け込んで来た侍従から甲冑を手にして着け始めた。「匡儀に連絡を!我は先に参ると!」
維月は、必死に維心を手伝って甲冑を着付けた。そもそも戦時中は甲冑を着たままにしているはずが、今落ち着いているからと脱いだところだったのだ。
「維月、行って参る!」維心は、窓際へと向かいながら言う。「義心が戻ればあちらへ来いと申せ!十六夜にはとにかく知り得た事をサイラスに話せと伝えよ!」
「はい。行っていらっしゃいませ…」
維月が言うのも聞かぬまま、維心はもう飛び立っていた。
十六夜が、月から話し掛けて来た。
《言われなくてもあっちへ義心を送ったよ。月に言えば聞こえるのは分かってるだろうに、あいつはよぅ。》
維月は、苦笑した。
「今、日が落ちたところだものね。戦況…ドラゴンが、見えるわね。」
維月は、遠く海岸線を、月から見た。とはいえ、戦っているのは海中なので、チラチラと海上に現れる姿を追うしか出来ない。
《…なんだかな…あれで上陸してこっちまで来れるのか。いや、無理だと思うけどな。龍が多いし、維心が行ったんだぞ?ヴィランのやつ、闇雲に攻めてるとしか思えねぇ。炎嘉は海岸線でイライラしてるな。あいつら海中じゃ本性の鳥になれねぇから外で待つしかねぇし。》
維心が到着し、何の躊躇いも無く海中へと飛び込んで行く。義心も、龍身でそれにぴったりとついて行くのが見えた。
維月は、ほっとした…義心が居れば、維心が怪我を負うこともないだろう。
どちらにしろ、日が落ちて暗い上海の中が見えないので、戦況は海中に居る者達にしか分からない。
維月は、維心がどこに居るのかだけ月から気を探って見ながら、正確にどうなっているのかまで見るのは、諦めた。
そうして、十六夜に言った。
「それで、十六夜?今ならみんなこっちへ気を取られているんだから、サイラス様の所へ降りても見えないんじゃない?ゆっくり降りなくても大丈夫じゃない?」
十六夜は、ハアとため息をついて答えた。
《あー。そういやそうだ。でもお前も知ってるだろうけどかなり眩しい光になるからよーとにかく、ゆったり降りるよ。目立ったら面倒だろ?維心に文句言われるのは嫌だからさー。》
維月は、そんな十六夜に困ったように笑顔を作ると、頷いた。
「任せるわ。私の力で光を相殺して見えづらくはしておくから。気を付けて行って来てね。」
十六夜は、月から出ようとして体を伸ばしたようだった。体というよりも、命が、と言った方が良いのかもしれない。
《おう。行ってくらあ。》
そうして、十六夜の気配は広く暗い空全体に広がったように感じられ、それがじわじわと遠く北東の方角へと、風のように流れて収束して行くのが維月には感じ取れた。
サイラスは、こちらに手を貸してくれるのだろうか。それとも、南東の島のことなど関係ないと無視して籠り続けるのだろうか…。
匡儀は、維心からの連絡を受けていた。
そこには、南の海岸線からこちらへ上陸しようと、ドラゴンが海中を来ているのが見えたので、龍軍が迎え撃っているという内容だった。
「…堅貴は龍王に加勢して同じく海中であろうな。我も参るか。ここは徹底的に潰してしもうた方が良かろう。我ら白龍も青龍についておると知らせておけば、面倒を起こそうなどと考えぬのではないか。」
しかし、筆頭重臣の伏師が顔をしかめた。
「しかしながら王、筆頭軍神もまだ戻っておらぬ中、次席もあちらに居り、更に王までがこちらを離れてしまわれたら、我らとてこの宮の守りが案じられるもの。すぐに出て参られずとも良いのではありませぬか。龍王とは、それほどに近しい間柄でもないのですから。」
匡儀は、伏師を軽く睨んだ。
「あのな。同族だと申したではないか。それに、あちらから簡単に攻め入れるとなれば、こちらにもいつ来るか分からぬのだぞ?まだドラゴンが青龍に構っておる間に、しっかり叩いておかねばならぬ。さすればこちらへ向かう兵力も削がれようしな。こちらが戦場にならぬためにも、あちらで食い止めたいと思うておるのだ。」
伏師は、同じ筆頭重臣の朱里と目を合わせた。そうして、ため息をついた。
「はい…確かに、こちらが戦場になることは絶対に避けたい事態。青龍の王にはできればあちらでドラゴンを駆逐してしもうて欲しいと思うものでありますが…。」
匡儀は、頷いて立ち上がった。
「ならば参る。明羽もそのうち戻ろうぞ。とにかくは、あちらに連れて行かせたのは一万。まだ四万の兵が残っておるのだ。案じるでないわ。こちらで我に逆らう輩など居りはせぬ。」
匡儀は、そう言い置くと、甲冑を身に着けてサッサと回廊を出発口へと向かって行く。
臣下達は、早くこの戦が終わってくれたら、と、心から願って、不安げに匡儀の背を見送った。
十六夜は、スルスルと空気全体から出現するような形で、維心が指し示していた地図上の場所へと降り立っていた。
回りは鬱蒼と繁る森で、辺りには何もない。
何も無いからと本当に何も無いわけではないのが神世の常なので、十六夜はため息をつきながら、足元を探った。
…穴でもありゃあな。
十六夜は思って辺りを低空に飛びながら、キョロキョロと見回していたが、有るのは高い木々の根が時に盛り上がったりしている上に、枯れ葉が積もっている様で、他には何もなかった。
「全くよー」十六夜は、真っ暗な森の中で時折見える、己の本体である月を見上げた。「サイラスはどこだって叫ぶ訳にもいかねぇしなあ。」
「我に用か。」
突然、脇から声がした。
十六夜がビックリして横へ飛びすさると、そこには長い黒髪のどこかで見た男が、軽く浮いていた。
「サ、」と、十六夜はその、黒いマントを身に付けて、ここらの神同様に洋服を着ているその姿に、言った。「サイラスか…?そうだよな?」
記憶の顔と同じ…老いが来ていない。
十六夜が言うと、相手はうんざりしたように腰に手を当てて答えた。
「そうよ、面識があろうが、月よ。我は主のその特殊な気、覚えておったぞ。で、月が何の用よ。こんな所へ来ておる場合ではないのではないのか。ドラゴンが、海から一万ほど出て参ったぞ?」
十六夜は、驚いたように身を乗り出した。
「お前、見てるのか?知ってるんだな?ただ籠ってるだけじゃなくて。」
サイラスは、何度も頷いた。
「当然ではないか。こっちにまで火の粉がかかろうが。何やら闘気を感じたゆえ、出よるなと思うて見に参った。そうしたら、こちらへ覚えのある気が降りて行くのを感じたゆえ、急いで戻ったのだ。炎嘉は元気か。」
十六夜は、頷き返した。
「あいつは今自分の所に上陸されそうでイライラしてる。それより、お前に力を貸してもらいてぇんだ。別に軍神貸してくれとか言うんじゃねえ、維心がドラゴン城を落とすから、他の王には手を出すなって説得してもらいたいんでぇ。」
サイラスは、顔をしかめた。
「無理ぞ。まだ軍を貸せと言われた方が楽だったわ。知らぬのか、あれらも好きで今のドラゴンに従っておるのではないわ。妃と子を質に取られてどうしようもないのだ。維心殿が城を落とせば、皆死ぬではないか。飲める事ではない。」
「でもな、王は維心が捕らえてる。」サイラスが、片方の眉をあげる。十六夜は続けた。「お前こそ知らねぇのか。戦に来た地位の高そうな奴らを殺さず捕らえたんだよ。記憶を見て情報を集めるためにな。維心につけば、こっちに攻めて来た事は不問に臥すだろ。事情は知ってるから王だって返してくれるだろう。そもそも維心は、捕らえられてる質の神達だって助けてやろうってんだぞ?何でも、地下のダイアモンド鉱山に居るらしいしな。」
サイラスは、黙って聞いていたが、納得したように頷くと、考え込むような顔をした。
「ほう…あそこか。元々罪人を入れておく場であったな。」と、十六夜を見た。「…して?ミハイルはどうしておる。」
十六夜は、それにも頷いて答えた。
「美加と一緒にあっちに着いた。元気にしてる。ここへ来たいと言ったが、ドラゴン兵がうようよいるから止めたんでぇ。それでもドラゴン城を落とす時は連れて来るだろうけどな。」
サイラスは、目を鋭くして言う。
「当然よ。あれが王座に就けばこれ以上面倒など起きぬ。己の手で王座を奪い取るべきだろう。」と、顎に手をやった。「思うたより維心殿はやり手であるな。そうか、王を生かしておるのか。ならば話は通しやすいやもしれぬな。あれらは皇子より王の方が大切よ。もう王が死んだと思うておる城もあるであろうし、龍王に王、ドラゴンに皇子となれば、龍王の方へつくのが一般的であるしな。そうであるな…ならば、今少し時を稼げ。一万ぽっちのドラゴンならば、龍には敵ではなかろう。」
十六夜は、顔をしかめた。
「あのな、攻められてるんだぞ?確かに一万やそこらなら維心には敵じゃないだろうが…」
十六夜は、自分で言ってハッとした。そうだ、北では維心一人に一発で何人消された。それを目の当たりにしているはずなのに、何だって一万ほどで攻めて来てるんだ?
「…なんぞ?」サイラスが怪訝な顔をする。「敵ではないのなら時はあろうが。」
十六夜は、サイラスを見上げた。
「いや…分かってるはずなんでぇ。何しろ北で二、三万の兵を一気に消されたのを見てるんだからな。それなのに、なんだって一万ぽっちで来たんだ?」
サイラスは、呆れたように首を傾げた。
「知らぬわ。ヴィランが愚かであるからではないのか。」
十六夜は、月を見上げた。戦況は…やはり、ドラゴンが逃げ腰のようで、舞台は段々に海底を太平洋側へと押されて来ていて、島からは離れる位置に移りつつある。
維心の軍神達の黒いような体が時々に海面にうねって見える中に、白い龍身もちらほら見え隠れしているのが見える…すると、一際大きな真っ白で金色の粉をふったような体の龍も見えた。
「…匡儀も来てるのか。」
十六夜が言うが、サイラスにはちんぷんかんぷんだった。
「は?オウギとは?」
「北西の大陸の王。」と、言ってから、サイラスを見た。「なんか嫌な予感がしやがる。とにかくサイラス、お前は予定通り他の城の王…いや王が居ない所もあるだろうから臣下に、手を出すなって言え。龍王が助けてくれるから、ドラゴンを何とかさせろと。オレは一度戻って地上を監視してくらぁ。」
サイラスは、怪訝な顔をしたが、頷いた。
「わかった。報告は月に向かって叫べば良いか?」
十六夜は、空を睨みながら頷く。
「叫ばなくても普通に言えば聞こえるよ。じゃあな、頼んだぞ!」
十六夜は、そのまま一直線に月へとうち上がって行った。
その光が、いつもよりすぐに消えたのに驚きながらも、サイラスはため息をついた。
…また面倒を引き受けてしもうたわ。
そうして、地下の屋敷へと戻って行ったのだった。




