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軍神というもの

義心は、日は傾いて来ているが、まだ夕刻までは間があるとニコライという侍従と共にアディアの城の中を見回っていた。

こうして見ると、要職に就いているのが女ばかりというだけで、特に男社会の宮や城と動きは全く変わりなかった。

ただ、義心が龍の宮に居ると、いつも皆が立ち止って頭を下げるのだが、こちらでは全く誰も頭など下げなかった。

ちらほらと見る、侍従は頭を下げて来たが、侍女らしき女や、甲冑を着た間違いなく軍神の女は、こちらを全く無視して横を通り過ぎて行った。

ニコライは、いちいち立ち止って軍神に頭を下げていたりしたが、義心は立場が同等か上だと思っているので、一切頭を下げることはない。

こちらの王であるアディアには、礼を尽くすので頭を下げるが、己の王である維心以外には、基本膝をつく事は絶対に無かった。

軍神達はチラとそんな義心を見ることはあるが、それでも別の宮の甲冑を着ている義心だと分かると、何も言わなかった。

一応男社会がどんなものかは弁えていて、外から来たのなら頭を下げることはないのだと知っているようだったが、それでも挨拶など交わそうとは思わないようだった。

前に交流した時で分かっていたが、本当にこちらでは、男の地位が極端に低いようだった。

ニコライは、こちらの女の軍神達が全く義心に挨拶もせず、そして義心も頭を下げようともしないのを見て、息をついた。

「…やはり、あちらの方ではこのようではありませぬか。」

ニコライが言うのに、義心は片眉を上げた。

「この様とは?」

ニコライは、歩きながら言った。

「男が軍神であって、王も男であるのだとか。それどころか、主要な位置に居るのは全て男なのだと聞いております。」

義心は、頷いた。

「そうであるな。我らから見たら、こちらの方が奇異に見えておるところよ。あちらでは、女はあまり力を持たぬから、我らから見たら守るべき存在であって、守られる存在ではない。力社会であるからな。だからこそ、軍神のほとんどが男よ。こちらの大陸でも、恐らくはこの城以外はそうであると思うぞ。」

ニコライは、息をついた。

「やはり…我は、生まれてこのかた、こちらを出たことがありませぬ。ずっと、王にお仕えする軍神の一人の子として産まれ、見目が良いと言われて幸運にも城で育てられ申しました。なので、アディア様がまだお子様の頃にこちらへお世継ぎとして来られた時にも、我は侍従としてお傍にと命じられ申し、我もまだ幼かったのですが、ずっとお仕えして参りました。ですが…我も、少しは女王のお役に立ちたいと思うておるのです。」

義心は、ニコライを不思議そうに見た。

「主は陛下のお役に立っておるのではないのか。だからこそ、侍従としてお傍に置いておるのだろう。」

ニコライは、それには悲し気に首を振った。

「いいえ。我の事は、軍神の良い家系の女から生まれた見目の良い男であるからと、レイティア様が女王の男の一人として召されればと仰って傍に置いてくださっておるだけなのです。他にも、我と同じように奥に置かれておる男は居りまする。ただ、まだ女王がそれどころでないと、誰もお決めにならぬだけで。」

やはりそうか。

義心は、こちらの考え方にどうも慣れなかったが、それでも知ってはいた。レイティアがあちらへ来た時も、その考え方の違いに皆戸惑ったものだったからだ。

「…ならば、待つより無いの。陛下が必要とされるまで、仕えておるしかないではないか。」

しかし、ニコライは首を振った。

「あなた様は、男であるのに軍神であられるではありませぬか。此度戦が起こって、もし女王があちらへ出陣などと言うことになったら、我はお守りしたいと強く思い申しました。ですが、女王が我が必死に頼むのに、時にお相手してもらい、立ち合いの真似事などをしてはおりますが…とても、女王をお守りするなど、無理な腕で。女王は、男がそのように努めなくても良いのだと笑われるが、我はそのようには思えませぬで。皆が引き払った訓練場に入ることを特別にお許しいただき、毎日剣を振るのですが、一向に…。」

義心は、そう聞いてニコライの右手を見た。その白く美しい手には、剣を握って出来た豆があちこちにあり、その話が真実なのだと知った。

だが、こちらで腕を上げようにも、たまにアディアに戯れ程度に立ち合ってもらうぐらいでは、無理だと思われた。軍神達は皆女で、ニコライのような男を相手に立ち合うとも思えない。

ニコライは、それでも一人、一生懸命剣をふるっていたのだ。

「…平和な時であったなら、我が王にお頼みして、主をしばし借り受けてあちらで鍛えてやっても良いのだが。生憎今は戦時中ぞ。もし、この戦が終わったのなら、主をあちらへ修行に出すよう、維月様にお口添えして頂けるように我が申そうが。」

ニコライは、パッと顔を明るくした。

「誠ですか?!我でも、強くなれましょうか。」

義心は、言われてニコライをじっと見た。気は、小さくはない。恐らくはあちらの序列百位程度の気はあるのだ。まともに訓練を受けていたなら、それなりの軍神に育っていただろう。こちらが、男を愛玩動物ぐらいにしか思っていないからこうなっているだけで。

「…良い。確約は出来ぬが、我から一度、お頼みはしてみるゆえ。ただ、戦が終わるまで待て。今はならぬ、我らもそれどころでは無いゆえな。」

ニコライは、何度も頷いた。

「はい!義心殿、ありがとうございます!」

義心は、空を見上げた。夕暮れまで、あと一時か…。

「…少し、我が見てやろうぞ。」義心は、先ほど見た、訓練場へと足を向けた。「こちらであったな。先ほど見た時には、もう撤収しようとしておったし、今頃は空いておろう。すぐにでも使える技だけでも、少しだけ教えておいてやるゆえ。主ならば出来ると思うぞ。」

ニコライは、目を見開いた。

「良いのですか?!」

義心は、あまりに素直そうなニコライに、思わず苦笑した。恐らく、ここで大事に育てられて擦れていないのだろう。

「日が落ちるまでぞ。我は、帰らねばならぬから。さあ、急げ。」

そうして、飛ぶような足取りのニコライと共に、義心は城の訓練場へと歩いて行ったのだった。


維心が居間へと入って行くと、維月が驚いたように維心を見て、立ち上がった。

「維心様。おかえりなさいませ、お早いこと。」

維心は、頷いて維月に手を差し出すと、維月の手を取って言った。

「皆帰したわ。ミハイルも今頃は美加の所へ戻っておるのではないか。」と、十六夜を見上げた。「十六夜、あちらはどうであろうか。」

少し控えめに言ったのだが、十六夜の声はぶっきらぼうに答える。

《え?ああ、義心がなんか同い年ぐらいの男に訓練場で小技を教えてやってる。なんか、アマゾネスだけヴィランのヤツが戦場にも出してねぇから、何か弱みでもあるんじゃねぇかって思ったみたいだが、思い当たる事は無かったみたいだな。》

維心は、やはり不機嫌になっておるな、と思いながらも、慎重に頷く。

「そうか。すまぬな、常に見てくれぬでも何か変わった事があったらで良いから。」

それには、十六夜も少し黙ったが、維月も驚いた。維心が何やら気遣っているような感じだったからだ。

いつもなら、結構命じたりするのに。

維月が思っていると、十六夜の声が警戒の色を帯びて、言った。

《…なんだよ?お前、オレになんか面倒なことを頼もうとか思ってんじゃねぇだろうな。》

維心は、バレておるではないかと思ったが、首を振った。

「いや、そうでは無い。主にばかり頼っておるから、案じて申しただけぞ。それより、主、サイラスの居場所は分からぬのだったな?」

十六夜は、まだ怪訝な声のまま答えた。

《サイラス?ああ、あいつの気が読めねぇんだよ、地中のどの辺りなのか分からねぇし。》

維心は、何と言えば十六夜がすんなり言うことを聞いてくれるのかと考えながら、頷いた。

「サイラスの城から、南東にいくらか行った場所で」と、手を前に翳す。そこには、地図が光の線で浮き出て見えた。そして、一か所に赤い印を入れた。「ここ。ミハイルが言うに、この辺りにサイラスが普段から、臣下を隠すために使う、広い地下の城があるらしいのだが。」

十六夜は、それを見たようだった。

《ああ…あの辺か。天窓でも作ってたら、そこから入って見えるんだがなあ。あの辺りは森だから、ちょっと降りてみねぇと分からねぇな。》

維心は、続けた。

「ミハイルが行くと言うて聞かぬのだが…」

十六夜は、え、と思わず声を上げた。

《サイラスの領地にか?!お前、あの辺りにどんだけドラゴン兵が居ると思ってるんでぇ!絶対駄目だっての!ヴィランってやつはサイラスを怖がってんじゃねぇかと思って見てるんでぇ!そのサイラスに、ミハイルなんか飛んで火にいる何とやらだぞ!》

維心は、慎重に頷いた。

「分かっておるわ。だから我もそう申したのだが、あやつはでは誰がと申すのだ。確かに気取られずにサイラスを見つけ出して話せるヤツなど、そう居らぬから…。」

十六夜は、黙った。恐らくは、維心が何を言いたいのか、分かったのだ。

維月も、固唾を飲んで見守っている。すると、十六夜はハアとため息をついて、言った。

《…オレさあ、サイラスと面識ねぇだろうが。仲良しこよしだったら顔見てあいつが逃げるこたないだろうが、知らねぇオレがこの気の大きさで会いに行って出て来るかあ?炎嘉だったら友達だし良いだろうが、オレはなあ…。》

維心は、ここでうんと言わせねばと必死に言った。

「主以外に無傷でサイラスに接触できるものが居らぬのだ!もし主が否となったら、また義心に行かせるよりなくなる。しかし此度は…いくらあれでも、恐らくは辿り着けまい。何しろ、サイラスに気取ってもろうて結界内に入れてもらうだけ、あやつが持つか分からぬから…。」

つまり、ドラゴン兵には絶対に見付かる前提だということだ。

維月も、それを聞いて横から言った。

「十六夜、だったら私が行く!私なら、サイラス様と面識がいくらか十六夜よりはあるから、それに維心様の妃だし、きっとお話を聞いてくれると思うの!」

十六夜も驚いたような気を発したが、維心も仰天したように維月を見た。

「何を言うておる!いくらなんでも主は我が妃なのに、戦時中に宮から出るなど!月に帰れるからと、主は女であるし何があるか分からぬのだぞ!」

維月は、それでも維心に訴えた。

「ですが維心様!義心がなど無理ですわ!私ならすぐに月へ打ち上がれば良いだけですから!」

十六夜の声が、諦めたように言った。

《へーへー分かったっての。維月に無茶はさせられねぇ。親父に文句言われるじゃねぇか。分かったよ、だったらオレがちょっと行って見てくらあ。オレには結界は関係ないしな。で、手を貸せって言ったらいいんだな?》

維心は、今にも月へと帰るのではないかという維月の肩をがっつり抱いて、何度も頷いた。

「我が話をしたいと。月から主が中継してはくれぬか。今夜はずっと起きておるから。それだけで良いから。」

《それだけがオレにしか出来ねぇってんだろ。》十六夜の声は、もう怒っても警戒してもいなかった。《じゃ、日が落ちて義心をそっちへ帰したらお前が言ってるその場所へ降りて探してみるよ。光の筋が出るとバレるからゆっくり降りるし、時間かかると思うがな。お前は起きてそこで待ってろ。》

維心は、十六夜が何とか納得したので、心底ほっとした。これで、炎嘉と志心にそれ見た事かと言われずに済む。

「よろしく頼む。」

維心が言うと、維月は不満そうだったが、十六夜は諦めて答えた。

《もういいよ。戦が終わってから文句言うことにしたし。》

それはそれで面倒だが。

維心は思ったが、それでも十六夜が動いてくれさえしたら、サイラスと話しが出来る。このまま、ドラゴンの城を短時間で攻め落とすことが出来るやもしれぬ!

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