アマゾネスの城
義心は、レイティアが乗って来た女物の輿の中の、衣装箱の中へと押し込まれ、数々のドレスに埋もれて、気を遮断する膜に包まれ、今はアディアが治めるアマゾネスの城へと問題なく入った。
途中、ドラゴンの兵が見回っているのに遭遇しているようだったが、中に居るのがレイティアと侍女だけだと確認すると、すぐに解放されていた。
レイティアが言うには、ドラゴンのヴィランはアマゾネスの事は、それほど脅威だと見ていないようだった。
なので、今回の質の件にしても、ディークの城の皇子と姉弟なのだと聞き、アマゾネスの城からは誰も質にはとられなかったのだと聞いていた。
しかも、この間の北の襲撃の時も、女の出る幕ではないと鼻で笑っていたそうで、ある意味アマゾネスは、今回の戦には巻き込まれていないような状態なのだそうだ。
それも月から維月には話したと言っていたので、恐らく今頃は維心にこの城の様子は伝わっているだろう。
広大なバラの園を見ながら、城の入り口へと降ろされると、義心は衣装箱に入ったまま運び入れられ、レイティアは機嫌良く出迎えたアディアへと歩み寄った。
「アディア。龍王殿の遣いが来ておったのだ。なのでこちらへ連れ戻った。」
アディアは、他のどの女達より豪華なドレスに王冠を被っていたが、目を丸くする。
「え?お祖母様、いったいどちらに?」
レイティアが振り向いて頷くと、控えていた女官たちが進み出て、衣装箱の蓋を開いた。
それを感じ取った義心は、ドレスを避けて気を遮断する膜を破ると、衣装箱の中で立ち上がった。
「!!」
アディアは、驚いた顔をした。義心は、衣装箱から慎重に歩み出ると、アディアに頭を下げた。
「女王陛下。龍王の軍神筆頭、義心と申しまする。」
アディアは、ハッと我に返ると、会釈を返す。
「我がこの城の女王、アディアぞ。遥々よう来られた、義心。」
まだ200ほどの若い女王だと聞いていたが、堂々とした様は、父のリークより王らしいのではないかと義心は思った。
レイティアは、満足げに頷く。
「アディア、義心に先ほど話しておったことの説明を。居間へ参ろう。早う龍王殿にお返事をせねばならぬらしい。本日中には、こちらを発つのだ。」
アディアは、慌ただしいのに驚きながらも、王笏をトンと床について踵を返した。
「では、こちらへ。」
レイティアが、黙って義心に頷き掛けて、その背を追う。
義心も、宝石が散りばめられたマントの背を見ながら、その後に続いた。
居間へと到着すると、すぐに寄って来た侍女達がアディアの手から王笏を受け取り、そうして王冠を恭しく取ると、隣室へと持ち去った。
アディアは、身軽になったのか軽い足取りで正面のソファへと座り、義心に言った。
「どこなり座るが良い。」
義心が見ると、レイティアはそこが定位置なのか、アディアの斜め前の椅子へと迷うことなく座る。義心は、アディアと向かい合う位置の椅子へと腰かけた。
「常はあのように仰々しい姿ではないのだが」アディアは、言い訳のように言った。「お祖母様が、お父様をお連れになると申すので、正装でお待ちしておった次第。して、なぜに主が参ったのだ。父とは話したのか?」
レイティアが、横から口を挟んだ。
「それは我が。アディアよ、リークはやはりライナスのことばかりで、義心の言葉を聞かぬ風でな。ディークの言うことすら聞かぬのだ。義心を捕らえようとまでしておった。しかし、そのようなことは叶わぬわな。結局諦めて龍王には逆らわぬとか申したが、他の王が情報を売るやもしれぬから協力は出来ぬと答えおった。なので、我はこちらへ義心を連れて参って、我らが考えたことを知らせようと思うたのだ。」
アディアは、美しい眉を寄せて、険しい顔をした。
「それは…すまなんだの。父は、分からず屋ではないのだが…昔から感情には流されやすいのだ。まして、可愛がっておった弟のことが絡んでおるのなら尚の事。」
義心は、頷く。
「いえ、ある程度は予測しておったことでありますので。ところで、こちらからは質を取られておらぬとレイティア様からお聞きいたしましたが、その通りでしょうか。」
アディアは、素直に頷き返す。
「その通りよ。質どころか、我らの兵を使おうともせぬ。ヴィランという王は、我らの能力をかなり下に見ているようよ。だが、今はその方が良いので何も言わずでおる。」
義心は、納得した。恐らくヴィランは、女には期待していないのだ。女の能力など無いものだと思っていて、典型的な男性の力社会でしか生きていなかった男の考え方だった。
「では…戦場の様子などもこちらに伝わっておりませぬな。他、ドラゴンに押えられておる王達の考えなどは、陛下のお耳に入って参りますか。」
アディアは、ひじ掛けに肘を置いて、顎に触れた。
「いや…我ら女であるから、あちこちに潜入し放題での。警戒をされぬのよ。軍神達はあちこちに飛んで侍女やら商売女に化けては内情を探って参る。なので、恐らく我が一番に他の城のことは知っておるのではないかと思うほどよ。何が聞きたい。」
義心は、何と幸運な、と思った。確かに女の軍神などそう居らず、しかし女なのでどこでも潜入し放題だろう。それこそ、ドラゴン城でもヴィランが女に対してそんな風なのだから、入り込めるのかもしれない。
義心は、身を乗り出した。
「ドラゴン城の事は調べられておるか。」
アディアは、頷いた。
「潜入させて調べて参った。あちらは女に対してあまりに警戒しなさすぎなのだ。あちらは、軍神のいくらかと臣下達の間でも、性急に龍王が守る地などへ攻め入ったことに、戸惑いを隠せずで居るようよ。ヴィランと軍神の筆頭や次席辺りは、まるで憑かれたようにあの地を手にするのだと必死であると。そちらの島では、軍神ですら老いを止める者がおるのだとかで、濃い命の気がどうしても欲しいということらしい。」
義心は、それを聞いて、ヴィランは事を急がせるあまり、あまり城の中ですら完全には治めきってはいないのだと思った。
「では、質にとられた者達は?どこへ籠められておるのだと?」
アディアは、それにも答えた。
「地下。城の最奥の地下にある、罪人を入れておくダイアモンド鉱山の暗い穴なのだと聞いておる。そこへ、罪人と共に全員を籠めており、牢だけ個別に罪人とは分けておるのだとか。しかし、日中はそこで、他の罪人と同じように採掘を行い、終わったらそこに設けられた牢へと戻されるのだと聞いておる。そこへ降りるには、たった一つしかない階段を下るしかなく、見張りもそこに置いておくだけで管理されており、とても助け出すのは無理だとか。城を落とすより他なかろうの。我とて弟と母のことゆえ、助けてやりたいとは思うが…今は、とても無理ぞ。」
義心は、聞いた事がある、と前世の記憶を探った。恐らくそこは、美加がしばらく籠められて居たと言う場所。城の地下深くで、とても逃げ出す事など出来ない場所だった。
自分も、維心についてヴァルラムに目通りした際に、あの城の中は見て回った。ならば助け出すのは難しいが、しかしそれだけ奥なので、たとえ城が無くなったとしても、地下は残るように思えた。
「…ならば少々手荒に攻め入っても、質の神達には影響が及びにくいかと。あの城は知っておりますが、我はそのように思いまする。それにしても…ヴィランはあちらの濃い命の気を、己の命を延ばすために欲しいと思うておるのでしょうか。」
それには、レイティアが息をついた。
「どうであろうな。表向きは臣下であろうが、結局は主の言うように己であろうの。我とて、臣下の女が生んだ子が、生まれつき気を消耗する病であった時、あちらの気さえあればと助けてやれぬ己に憤ったもの。長く気に掛けて…あれもよう我に懐いて。退位して離宮へ引っ込んだ後も、度々見舞っておった。だが…。」
レイティアは、暗い顔をする。義心は、同情したようにレイティアを見た。
「…死んだのですね。」
レイティアは、首を振った。
「いや。だが、恐らくもう死んでおろうの。どうやらずっと結界の中に居たので、成人した日に外へ出たいと思うたようで。我に会いたいと思うたようよ。元気になったと我を驚かそうとけなげに思うたらしく…そのまま。行方が知れぬようになった。恐らくは途中で具合が悪くなり、倒れたのではないかと思われる。必死に探したが、亡骸さえも見付けてやれずでな。」
義心は、ため息をついた。それは心に重いだろう。
「…では…」と、義心は暗い空気に言い出しにくかったが、それでも言った。「陛下。他の城の様子はいかがでしょうか。」
アディアも暗い顔をしていたが、義心を見て表情を引き締めた。
「北の戦で王を捕らえられ、不在である城が多い。ほとんどの城の王が、戦慣れしておらぬ軍神達を案じて共に出撃しておったのだ。どの城も僅か数人の軍神しか城までたどり着けず、その軍神達から王だけを捕らえられたと項垂れて報告したようだ。あのように混乱した場で、それだけを見定めて生かして捕らえた龍王の能力に戦う気力も無くなった状態ぞ。とはいえ、ドラゴンには次の王になる皇子を押さえられており、どうするべきか大混乱であるそうな。」
やはり、あれは大半が王か。
義心は思った。維心と炎嘉は記憶の玉を取り、手っ取り早く情報を集めたが、義心にはあれらの素性までは知らされていなかった。恐らく維心は知っているだろう。
「…ならばリーク様は、共に出撃なさらなかったのですね。」
義心が言うと、アディアは戸惑うような顔をした。レイティアが、はあと大きなため息をついた。
「あれは…下にも置かずに大切に育ててしもうたので、己が危険な場へ行くなど考えられぬのだろうの。それが当然だと思うておるのだ。それはディークが悪い。あちらで母と離れて育つ哀れな子だと、それは甘やかして育てたらしいゆえ。平和であれば問題ないが、こういう時は王として失格ぞ。今頃しっかりと言うて聞かせておれば良いが…。」
レイティアがそこまで話した時、侍女が巻物を手に入って来た。
「女王。ディーク様より書状が参っております。」
アディアは、片方の眉を上げた。
「これへ。」
そうして侍女からそれを受け取ると、するすると巻物を開いて目を通し、そうして、目を見開いた。
「…お祖父様が王座に…?!」
レイティアが、椅子から飛び上がるように立ち上がって、それを覗き見た。
「何と申した?!」
そして、とっくりとその書状を凝視した後、力なくまた、ソファへと崩れるように座った。
「…だから言うたのに。アドリアンは甘い軍神ではないわ。」
義心は、レイティアとアディアを代わる代わる見て、眉を寄せた。
「何事ですか?」
レイティアが言葉もなく呆然としているので、アディアが答えた。
「父上は、臣下に王座を奪われた。殺しはせなんだようだが、捕らえられて監視されておる。お祖父様が仕方なくまた王座に座り、あちらの城では龍王に全面的に協力するゆえ、こちらから指示をしてほしいとのことだ。」
あの後、何かあったのか。
義心は、険しい顔のまま、そう思ってそれを聞いた。




