説得
義心は、結界内に入れるのは分かっていた。
どちらにしろリークは、ドラゴンに見張られている以上、自分が来た事を知られるのを恐れると思っていたからだ。
この辺りにドラゴンの兵が居ること自体、こちらが監視されていると見て間違いなかった。
しかし、その後どういう決断を出すのかは、リーク次第だった。
なので緊張しながら、リークの軍神に従って城の謁見の間へと足を踏み入れた。
そこには、両脇に臣下達が立ち並ぶ中、正面の王座にはリークと、年老いたディークの二人が座って居るのが見えた。
義心は、背筋を伸ばしてその前へと足を進めると、二人に頭を下げた。
「表を上げよ。」リークが、言った。「義心。維心殿の命と?」
義心は、顔を上げた。
「は。」義心は、こちらの言語であるロシア語で答えた。「我が王からの書状をお持ち致しました。然るのちにリーク様の疑問に我が答えるご許可をいただいておりまする。その上で、お返事をいただき、我が王にお伝えを。」
義心は、懐から書状を引き出し、それを側の臣下へと手渡す。臣下はそれを壇上に居るリークへと手渡した。
ディークは、義心を見て言った。
「主、義心よな?確かに姿も気もそうだが、何やらかなり若いものよ。」
義心は、生真面目に頷いた。
「転生し申しました、ディーク様。記憶もそのまま。ゆえに同じ義心と思って頂ければ。」
リークは、それを後目に戸惑っていたが、それを気取られぬように震える指を押さえながら書状を開いた。そこには、維心が書いただろうそれは美しいロシア語の文字があった。多言語を操るのは神の常だが、美しいと感じさせる文字まで書ける能力には、やはり驚いた。
ディークが横からそれを覗き込み、言った。
「リーク、やはり維心殿はヴィランを討とうと。願ってもないことではないか。」
リークは、しかし眉を寄せた。ドラゴン城へ攻め込むと。ならば質に取られておるライナスとターシャはどうなる。
「…あいにく、あの城には我が子ライナスが囚われておる。それを取り返してからなら手も貸そうが、このままでは巻き込まれて命を落とすやもしれぬではないか。我だけではない、他の城の王達も、軒並みそうぞ。その事については、維心殿はなんとおっしゃっておるのだ。」
義心は、答えた。
「確かに我が王は、たったお一人であの城一つぐらい一瞬で消してしまえるかたでございますが、逃れて来られたミハイル様よりこちらの状況は知っており、それをせずに攻め入ろうと言われておるのです。質に取られておる方々は、皆残らず助け出そうと考えられてのこと。そもそもドラゴンごときが我が王に敵うとでもお思いか。本来なら、我が王はさっさと単身龍身でドラゴン城へ参り、城諸とも消してしまっておりまする。それをせぬのが、こちらへの配慮であるとは思われぬのですか。」
言われて、リークは顔をしかめた。たった一人で数万の兵を一瞬で消し去ったのは、北へ出した軍神から伝え聞いている。僅かばかりしか残らなかった、逃げ帰ったリークの軍神から聞いたのだ。本当なら、逃げ帰る事は許されていなかった。現に皆、質に取られている王族の命を取られたくなくば、何としても本州へたどり着かねばならなかったのだ。
そう、ドラゴンから命を受けていた。
なので、逃げ帰った軍神のことは、リークはドラゴンには気取られぬようにしていた。
「…そちらでも急襲を受けて大変であったのは分かっておる次第であるが、いくらドラゴン憎しと言えども、龍王が宮ごと罪のない女子供まで殺すなどと誰が思うのか。主は我を脅すつもりか。」
義心は、特に表情を変えずに、それに答えた。
「何も。ただ事実をお伝えした次第でございます。我が王が、五代龍王と同じ命で転生され記憶を保持されているのは皆知っておることかと思いまするが、五代龍王の頃、どうやってあちらの島を平定したと思われる。」
リークは、片眉を上げた。そんなことは、聞いたことが無かったからだ。
「…そちらの島の歴史まで、我は感知しておらぬわ。戦で勝ち残って行ったのではないのか。」
義心は、首を縦にも横にも振らなかった。
「確かに戦はしておりましたが、我が王には敵は無かった。それでも抗う宮があったことは確かで、それらを全て殺さずに抑えるために戦をしておりました。が、従わない宮が多かった事の始め、五代龍王は逆らう宮を一つ一つ、見せしめに消して行ったのです。もちろん、たった一人で。」
リークは、目を見開いた。宮を消す?
「…消すとは?王を殺して皆離散してということか?」
義心は、それには首を振った。
「いいえ。抗う暇も与えず、ただ全てを気で焼き消して元からその種族など無かったようにしておりました。それこそ、女子供に至るまで、一瞬で。苦しむ間も与えずに、恨みの連鎖で報復などに来ることすら無いようにと、黄泉へと送ることを当時は良しとしていらっしゃいました。もちろん、そうやって根絶やしにされる事実を目の当たりにした王達は、逆らわぬようになって参り、時々に共謀して影から攻めて来る輩だけを討つようになられ、遂に公に逆らう者が居らぬようになったのです。」
女子供もと。
リークは、そういえば龍王は非情の王と言われていた事実を思い出した。こちらでもヴァルラムの時代の昔では、そんな風だったのだと書では読んで知っていた。
つまり、龍王は中にリーク達こちらの王の家族が居たとしても、サッサと城ごと消してしまうかもしれないのだ。
むしろ、その方が龍王にとっては面倒がなく良いのかもしれない。だが、こちらのことを考えて、攻め入ろうとしているのだから手を貸せということなのだ。
しかし、その言いようが気に入らなかった。こちらの選択肢など、最初から無いということなのだ。
「…大層な力を持っておることよ。とはいえ、北西の神も居る上、島へと攻め入って参った時にはあちらを守らねばならず、こちらへ来ておる場合ではないだろうが。数ではこちらには敵わぬぞ。いくら龍王でも、蹴散らしても蹴散らしても押し寄せて来る大軍に足止めを食って城へとたどり着けぬわ。」
隣りのディークが、案じるようにリークを見て、控えめに言った。
「リーク…変な意地など捨てよ。結局は龍王は、こちらの統治になど興味はないし、我らが自由になれるのはあちらの力を借りるのが一番なのだ。義心が言うたではないか、ミハイル殿もあちらへ逃れておるのだ。あの二人を相手取って、あのヴィランのやり方で最後まで勝ち抜けると思うのか。」
リークは、父をキッと見た。
「それでも、ライナスを危険に晒すのは間違いないのですぞ。我が龍王に与したと知られたら、ライナスとターシャは真っ先に殺される。それまでに、龍王は誠、二人を救い出すことが出来ようか?」
義心は、リークを見上げた。
「それは、リーク様次第ではないかと。」
リークが怪訝な顔をした。
「我?なぜに我なのだ。」
義心は、また無表情なままで答えた。
「いくら我が王でも、リーク様がおっしゃったように、数で押されると時が掛かりまする。とはいえ時さえあれば必ず突破はされますが、それでもその時が、質とされておる神達の、お命に関わって参るのです。」
ディークが、頷く。
「つまり主は、龍王を阻む王が少なければ少ないほど、龍王が質を救出するまでの時を短縮でき、命が助かる可能性が上がると申すのだな。」
義心は、頷いた。
「はい、ディーク様。我が王は、何も出撃するなとは申しておらぬのです。一見、ヴィランに従って兵を出しておるようにして、その実、王の行く先を阻まぬでおってもらいたいと、こちらの命へのご配慮から申されておるのです。」
リークは、顔をしかめた。そんなリークを、ディークが心配そうに見ている。思えばリークは、まだ本気になった龍王を見たことがない。レイティアと共にあちらに行った時に生まれ、龍の宮で龍達に取り上げられたのだがそれすら憶えてはいないのだ。龍王の恐ろしさを、まだ目の当たりにしていないのだからこんな反応も道理だろう。
一方リークは、どこまでも上から目線な龍に内心憤っていた。
手を貸してくれと頭を下げるなら、いくらか条件を出してそれを飲ませ、その上で龍を利用して自由を取り戻す気にもなれた。
だが、確かに大きな気を持っているが、たった一人で来た軍神ごときに偉そうに言われることに我慢がならなかった。
しかし、義心にしてみれば、維心から一切の権限など与えられてはおらず、ただ事実を述べることしか許されていなかった。
ここで、リークが条件だなんだと言い出したりしたら、それを持ってまた宮へ帰らねばならず、そうなるとまた、維心の答えを持ってこちらへ来なければならなくなる。
時と手間が掛かる上、もし同じ龍である明羽が捕らえられていれば、警戒されてここへ来れなくなる可能性がある。
ここで、有無を言わさず決断させねばならなかったのだ。
じっとリークと義心は睨み合っていたが、リークが口を開いた。
「…それがものを頼む姿勢か。いくら主ら龍が力を持っておるからと、たった一人で我の結界、我の城の中、主などさっさと捕らえる事が出来るのだぞ?ましてヴィランは、情報を渡せば子を返すと言うて来た。我にしたら、主などどうでも良い。ライナスの方が大事よ。」
ディークが驚いて割り込もうとしたが、義心が冷静な、ここへ来てからずっと同じままの無表情で、淡々と答えた。
「我ら龍族、王にあちらの地を守って頂くためにこのようなご配慮など足枷でしかないと思うておる次第。ましてそのように愚かな考えを恥ずかしげもなく我に話すことから、余程平穏にお暮らしになって来た王なのだろうと思い申した。」
リークは、さすがに怒って椅子から立ち上がった。
「何を偉そうに!我が愚かと申すか!」
義心は、それでも動きもせずにリークを見上げて言った。
「ならば子が戻った後はどうなさる。どうせリーク様のお力ではドラゴンに逆らえぬのではないのか。そもそも誠ヴィランがライナス様を返すと思っておいでか。ものを知らぬにもほどがある。百歩譲って一度返したところで、また理由をつけて囚われてしまう未来はあなた様には見えぬのか。たかが軍神の、我が分かるのに?分かっておられぬようであるから申すが、ここで我を捕らえることなどあなた様には出来ぬ。我は龍軍筆頭ぞ。なぜにあの賢明な我が王が、我を単身でこちらへ来させたと思われる。我ならあなた様が首を縦に振らぬでも、逃れて来られると思うておられるからぞ。もしうっかり捕らえられそうになっても、我は己で命を絶つ。我が王の足枷にはならぬ。我が帰らねば、王は質など気に留めずにドラゴン城を消されるだろう。その方が我が同胞も無駄に命を散らさずにおけるゆえ、我は満足ぞ。」
こやつは我など敵ではない、こちらの皇子の命など守るいわれはないと申すのか!
リークは、激昂して手を上げた。
「無礼な輩め!捕らえてくれるわ!」
「リーク!やめよ!」
ディークが叫んだが、義心は軽く手を一振りしてそのリークからの気の砲弾を叩き落とした。
両脇に居並ぶ臣下達が恐れおののく中、軍神達が前に出て来たが、義心はそれには構わずリークを見上げた。
「我の気はあなた様より大きい。抑えておるだけなのにそれすら気付かれぬか?」
リークは、その場を動きもせずに片手で自分の気弾を叩き落とした義心に、呆然としていた。手加減などしていなかったのに。
リークはハッと我に返ると、近付けずに居る軍神達に、急いで言った。
「捕らえよ!早う!」
「ならぬ!」ディークが、被せるように叫んだ。「無駄に命を散らすだけぞ!義心は龍王の右腕、主らごときが敵うはずなどない!皆一瞬で塵ぞ!」
軍神達は、ビクッと固まった。義心は、ため息をついてディークを見た。
「ディーク様、大切にお育てになられたのだろうが、これではベンガルの時の二の舞であられるな。我はこちらの結界すら破る事が出来るのだとお教えになった方が良い。我がその気なら、リーク様は今頃お命はない。」と、リークを見た。「リーク様、それがお答えであると我が王にお伝えして良いのですな?」
実際、義心は維心からリークを殺す許可は得ていない。なので殺す事は出来ないし、結界を消せばドラゴンに気取られるので出来なかったのだが、それは言わなかった。
リークは屈辱で顔を赤くしながら拳をぶるぶると震わせていたが、言った。
「…龍王に叛意はない!だが、我の言う事がどこまで他の王に伝わるのかも分からぬ!むしろそれをヴィランに申して子を取り戻そうとするだろうと伝えよ!」
リークがそう、捨て台詞のように叫んで踵を返そうとすると、扉の方から、落ち着いた声がした。
「それではならぬな。」驚いてリークが振り返る。声は続けた。「民を守るのが王ぞ、リーク。子ばかり気遣うのは王ではないわ。もっと先を見ぬか。」
そこには、レイティアが立っていた。




