表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/213

迷い

リークは、父親のディークと共に居間で考え込んでいるところだった。

父・ディークは母のレイティアと共に、二つの領地の間に建てた離宮で余生を送っていたのだが、ドラゴンの代替わりに伴ったいきなりの強権的なやりように、困り切って父には戻ってもらっていた。

母も、孫にあたるリークの娘のアディアへと王座を譲っていたのだが、この非常時に孫娘を案じてあちらの城へと帰っているらしい。

二人とももう老いているので、あまり無理は掛けたくなかったが、あいにくこんな事態に巻き込まれた記憶のないリークは、父に頼るしかなかった。

何しろ、自分が後を譲るためにと育てていた皇子ライナスと、たった一人しか居ない王妃ターシャを、必ずドラゴンに従うという証に捕らえられ、それに逆らおうものならすぐにでも城ごと消される勢いであったため、連れ去られるがままにしてしまったのだ。

ディークは慌てて城へと戻って来たが、起こったことを聞いてうなだれた。遠い昔の、ベンガルとの諍いを思い出したのだ。

あの時、イリダルという王が居て、おかしな術を使い、気を遮断され、レイティアと娘のラティアを囚われてしまった。そして、龍王の情報を持って来いと言われ、言う通りにした。しかし、イリダルは一向に二人を帰してくれず、たまらず維心に乞い、逆に維心に与して取り返した。しかし、ラティアの息は既に亡く、自分の選択の誤りを、後世までずっと後悔し続けて来たのだ。

ディークは、ドラゴン城から来た書状を前に、言った。

「…甘言に惑ってはならぬ。」ディークは、必死に訴えた。「父が判断を誤ったため、主の妹のラティアは死んだのだ。もし、最初に龍王に助けを求めていたのなら、きっと助かった。龍王からもし助力を求めて参ったら、必ずそれを飲むのだ。いや、あちらから来ぬでも、こちらから力を貸すと言うて参っても良いかもしれぬ。そうしたら、きっと妃と子は生きてここへ戻って来ることが出来よう。情報を渡したら子を返すなど…そんな、甘いものではない。あのヴィランのやり口を見ておったら約定などサッサと破棄しようぞ。信じてはならぬ。」

リークは、しかし書状を手にディークを見上げた。

「しかしライナスを返してもらえるやもしれぬのですぞ。ただ、情報を渡しさえすれば良いのです。ライナスさえ返してもらえば、そうそう言いなりにはならぬから、龍王に与すると言うことも出来ましょう。しかし、このままではライナスの命を奪われる可能性があるのです。龍王が反撃に出た時には、もう死んでおるやもしれぬのに。」

しかし、ディークは何度も首を振った。

「我とて己で何とか出来るものだと思うておった。だが、そうではなかったのだ。そのわずかに迷いの間に、ラティアは死んだ。主、ライナスを殺したくはないであろう。我のような後悔は、させとうない。このままドラゴンのやりたいようにさせておったら、ライナスの代では自由に妃を娶ることも出来ぬようになるやもしれぬのだぞ。何もかも制限されて、それで生きておると言えるのか。龍王しか、ドラゴンを抑えることは出来ぬのだ。ミハイル殿も、ドラゴン城を追われて恐らくは、龍王のもとに居るのでは無いかと言われておるだろう。あの二人が居れば、絶対に正してくれる。リーク、あちらを裏切るのではなく、あちらを味方につけることを考えるのだ。それが、城のためよ。」

老いた父が、必死に訴える様には、リークも唇を噛んだ。確かに、父の言う通りなのかもしれない。だが、皇子が案じられて仕方がない。やっと出来た皇子で、上二人は女だった。末に出来た世継ぎの皇子を、殊の外可愛がっていたのだ。

それを、簡単に奪われてしまった。

臣下達も項垂れてただ側に控える中、リークはふと、顔を上げた。今…。

「…義心と?」

ディークが、目の色を変えた。

「義心?!義心がどうした?!」

リークは、躊躇ったまま、呆然とディークを見た。

「結界外に。我の結界に触れ、維心殿からの命で来たと言うております。」

「すぐに中へ!」ディークは、叫ぶように言った。「ドラゴンが見回って監視しておるのに!早う!」

リークは、言われるままに従った。どちらにしろドラゴンの見回り兵に気取られたら、こちらが叛意ありとされてライナスの命が危ない。

義心が、結界内に入って自分の軍神と話しているのがはっきりと見える。義心が、本当に来たのだ。維心が、自分に本当に接触して来た!

リークは、軍神達に伴われて城へと飛んで来る義心を脳裏に見ながら、決断を迫られるのに怯えた。まだ、自分はどうしたらいいのか答えを出せていないのだ。


維月は、悩んでいた。

維心は力の関係上リークに話をつけると言っていたが、維月から見たらレイティアの方が、友人として接していたので気安い上に、信頼関係も厚く、実は話を通すには良かった。

それでも、レイティアは息子のリークの娘である、アディアに王座を譲って隠居してしまっている。発言権は無いと思われた。

同じような理由で、リークは娘である若いアディアの話も軽くいなしてしまう可能性があった。なので、維心がリークを選ぶのは道理と、強く意見を出せずにいたのだ。

維月は、昼に差し掛かる空を見上げた。義心が気に掛かる…リークの結界へと入って、それからは見ていない。義心の目から見ようと思えば見えたのだが、それでおかしな気でも発しられて、義心が不利になってはと怖くてそれも出来なかった。

「十六夜…」維月は、晴れた空に、見えない月に向かって言った。「ねえ、レイティアはどうしてる?今話しが出来そうかな。」

十六夜の声が、答えた。

《レイティアか。ええっと…ああ、アディアの城に居るぞ。あいつ隠居してるって聞いてたのにな。》

維月は、暗い顔をした。

「そう…多分、今回の事で人質…いえ、神質を取られてるから。アディアが心配で戻ったんでしょうね。」

十六夜は、維月に問うような声音で言った。

《お前もレイティアが気になるんだな。それに、義心もか。》

維月は、頷いて空を見上げた。

「それはそうよ。それに、リーク様よりレイティアの方が話が通じるとも思っているわ。私が親しいのはあくまでもレイティアの方であって、ディーク様でもリーク様でもないから。リーク様は、この宮で生まれたのにね…覚えていらっしゃらないだろうけど。」

十六夜は気遣って言った。

《気になるなら話しかけたらどうだ?今ならあっちは朝だし大丈夫だぞ。臣下も傍に居ねぇし、王の居間でアディアと二人で座ってるな。》

維月は、十六夜が見ている光景を月から見た。確かに、レイティアはアディアと共に向かい合って座り、何やら話しているようだ。特に言い争っているのでも、難しい話をしているのでもないようで、その表情は特に険しくはなかった。

「…だったら、ちょっと話してみるわ。十六夜は、黙って聞いててね。」

それには、十六夜は少し気を悪くしたようだった。

《なんだよ、オレは邪魔か。ま、いいか。女同士の話だもんな。別にオレにも聞こえるけど、何も言わねぇよ。》

維月はそれに苦笑して、そうして月へと意識を集中させると、念を飛ばした。

《レイティア…今話しても良い?》


レイティアは、ハッと顔を上げた。維月…?

「…維月か。久しいではないか。我は隠居しておって主らに警告も出来ずですまぬの…その事では無いのか。」

維月の声は、首を振ったようだった。

《いいえ。あなた方が難しい立場に置かれておったのは、こちらへ来たミハイルから聞いて知っておるわ。それより、そちらは大丈夫なのかしら…家族を、質に取られてと。》

レイティアは、その事か、とアディアと目を合わせると、ため息をついた。

「…そう。だが、我の城…今はアディアの城であるが…からは、誰も質には出ておらぬ。というのも、アディアは若くてまだ夫を一人も持っておらぬでな。子も居らぬし、幸か不幸か質に出来るような神が居らぬ。だが、主も知っておる通りアディアはリークの娘で、あちらからアディアにしたら弟に当たる神と、母の神が囚われておる。ゆえ、ドラゴンはこんな女の城ならそれで充分かと他に質は求められなんだのよ。本当なら、隠居しておるとはいえ我辺りが囚われるのではとこちらは肝を冷やしたものだが、何しろ今、ドラゴンの城には大変な数の質を抱えておるようで、一人ぐらいは良かったのだろうの。」

維月は、口を押えた。大変な数?

《え、大変な数って…もしかして、本当に全ての城から質を取っておるの?》

レイティアは、頷く。

「取っておる。皆ヴァルラムやヴァシリーよりは力が少ないとはいえ、ヴィランのことも恐れておるからの。そうするより他、無かったのだ。アディアの結界の中であるからこうして主と話してもおれるが、結界のすぐ外にはドラゴンの見回りの兵がうろうろしておるわ。このままではならぬと、今もアディアと話しておったのよ。だが…リークは、どうするであろうの。ディークは何としても龍王についてドラゴンを追い落とさねばとあちらへ行ったが、あれが素直に言うことを聞くのか疑問ぞ。何しろ、やっと生まれた跡取りの皇子を質に取られてしもうておるから。あれにしたら、己の命より大事な者であろうよ。」

維月は、考え込んだ。やはり、リークは成人してかなり経っているし、王座に就いていて隠居した父母の言うことは聞かないのかもしれない。

《…リーク様も将来を考えたら、維心様についた方が良いと思うのに。無理なのかしら…。》

レイティアは、フッと息をついて、答えた。

「あれは王座に就いてからそう苦労をしておらぬから。目先のことだけを考えるとしたら、恐らくは維心殿に手を貸すことに二の足を踏もう。何しろ、妃と子が囚われておるのだ。それを助けるのが先決だと思うて焦って事を見誤るパターンよな。維月、覚えておるであろうが。ディークは、我とラティアを助けようとそちらへ探りに参っておった。そら、ベンガルの反乱の時ぞ。」

維月は、それには険しい顔をした。

《…覚えておってよ。私とヴァルラム様がおかしな力に囚われてしもうて。維心様がドラゴンの結界を破って襲撃を偽装したりしたわね。ディーク様は我に返って維心様についてくださったけれど、ラティアは助からなかった…。》

レイティアは、暗い顔をして、頷いた。

「そう。我は未だにあの時の夢を見る。助けてやりたかったと思うておる。ディークも己が判断を間違ったからだと未だに己を責めておる。同じ過ちは、リークに犯して欲しくはないのよ。」

維月は、レイティアに同情して、癒しの気を降らせながら、言った。

《私も同じ気持ちよ。維心様は、一気にドラゴンを消し去ることも出来るけど、でもそうなるとそちらの神の質が多く犠牲になるでしょう。だから、攻め入って順当に城を落とし、助け出してドラゴンを抑えようと考えておられるの。でも、そちらの神達が、城を落とされたら龍に自分の家族を殺されると必死に抵抗して維心様の足止めをするかもしれない。そうなると、時が掛かって質にされた家族がどうなるか分からないわ。結局は、維心様は時が掛かろうと掛かるまいと、絶対にドラゴン城には辿り着く。でも、時が掛かるほど質の家族の命の保証は出来ないと考えておられるわ。》

アディアが、息を飲んだ。レイティアは、眉を寄せて険しい顔で答える。

「そうであろうな。時が惜しいわ。龍王になど敵うはずはないではないか。数が多くても結局抵抗すればするほど全て消される。幸い、先ほども申したようにドラゴンは、女ばかりのこちらの城の力は期待しておらぬ。ゆえ、この間の戦闘にも我らは駆り出されなんだ。我もアディアも龍王に叛意など無いし、戦場で対峙するなど絶対に避けたかったので良いが、リークの方では…、五千ほど連れて出て、帰って来たのは二、三人よ。他の城でも同じようだったと聞く。もう、龍王に与するより他、こちらの王達の生き残る術はなかろうな。目先の事より、今は領地と民の事を考えて行動せねば。ドラゴンの横暴なやり口にはこの先従っても良いことなどない。」

維月は、やはりレイティアには分かっている、と思い、言った。

《やっぱりあなたは良識が備わっておるのね。話して良かったこと…でも、問題はリーク様でしょう。我が王は、他の城の王達に、龍王を助けてドラゴンを討たせ、家族を取り戻すのだと密かに説得してもらいたいの。こちらを足止めせずに居てくれるだけで良いからなの。維心様には皆殺しするだけの力がおありになるし、それを避けたいからのお話なの。》

レイティアは、考え込む顔をした。アディアが、言った。

「お祖母様。お父様は殊の外ライナスを可愛がっておりましたから…知らせが届いたとしても、龍王様のお言葉を、聞きますかどうか。」

レイティアは、頷いた。そして、空を見上げた。

「維月よ、あい分かった。リークの事は我には分からぬが、いくら縁続きでも我らは他の城と領地を構える者同士。我らは我らの考えで動くつもりよ。あれがどうするのか待っておるのは面倒ぞ。我とアディアで手分けして、話を聞きそうな王には一度打診してみる。とはいえ、ヴィランは情報をもたらした者の子は帰すなど布令を出しおったゆえ。絶対に面倒のない辺りから当たってみようの。」

維月は、良かったとホッとはしたが、しかしレイティアを気遣わし気に見た。

《無理はせぬでね。何かあったら月に申して。十六夜が常に見ておって、絶対に助けてくれる。あなたは味方なのだから。》

レイティアは、二ッと笑った。

「無理とは何ぞ?我は女王であったのだ。弁えておるわ。案じるな。そしてこれが終わったら、また茶でも飲みながら昔語りをしようぞ、維月。」

維月は、見えないのを承知で微笑んだ。

《ええ、レイティア。とにかくは、慎重にね。》

そうして、レイティアとアディアが何かを忙しなく話し合うのを月から眺めてから、維月はほっと息をついて、龍の宮の居間の椅子の背へと沈んだ。

義心…リークが話を聞いてくれていたらいいけど。

維月は、心配でならなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ