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理由

男は、城の奥の豪勢な造りの部屋に訪ねた。

そこには、サラサラの長い金髪で青い瞳の、透き通るように白い肌の美しい若い女が一人、窓際の椅子に座って外を眺めている。

男が入って行くと、女は振り返って嬉しそうに微笑んだ。

「まあ。お忙しいとおっしゃっておったのに、もうお仕事はお済みですか?」

男は、首を振って、白いのを通り越して青いようにも見えるその手を取った。

「いや。様子を見に戻っただけ。すぐにまた行かねばならぬ。」

女は寂しそうな顔をした。

「王となられてから、ほとんどお休みにもならずに。お体も案じられまするが…今少しお顔を見ておりたいと思うてしまいます。」

男は、少し痩けた女の頬に触れて、言った。

「すまぬな。寂しい思いをさせてしもうておる。しかし、今少しぞ。主の具合はどうか?」

女は、途端に胸を張った。

「大丈夫ですわ。ほら、このように息も詰まりませぬし、胸も痛みませぬもの。もしかしたら、庭へ散策だって出られるがもしれないと思うほどですの!」

男は、苦笑した。どう見ても、空元気にしか見えない。相変わらず顔色は良くないし、今、ちょっと胸を張っただけで、軽く息切れしているのも隠していてさえ分かった。体に力がついているような様子は見えなかった。

「無理は良うない。焦らずとも、もっと気が潤沢で清浄なら主は普通に動けるはずなのだ。今、質の良い気を放つ土地へ向かおうとしておるから。それまではおとなしく、とにかく悪うならぬように過ごすのだ。分かったの。主は、生まれながら気が少ないのだからの。」

女は、頷きながら、まだ寂しげに下を向いた。

「お兄様…ですが我は、お兄様に大切にして頂いておるので幸福ですわ。これまで通りで充分でありまする。ご無理はなさらず、お側に居てくださればよろしいのに…。」

しかし、男は頑なに首を振った。

「ならぬ。このままでは子を産むどころか縁付くことも出来ぬではないか。マルクを慕っておるのだろう?あれも主を案じてよくここへ訪ねておると聞くのに。あれと共に幸福に生きたいのではないのか。このままでは…それも叶わぬ。」

マルクは、この兄を献身的に支えてくれている軍神だった。ここへ来た時から共に来て、ずっと気遣ってくれていた。

女は、困ったように下を向いた。

「それは…。」

女が言葉に詰まると、男は頷いた。

「分かっておる。良い、あと少しなのだ。待っておれ。」

そこへ、扉の向こうから声がした。

「ヴィラン様、会合の間に皆が揃いました。お出ましを。」

ヴィランと呼ばれたその男は、扉を振り返った。

「すぐに参る。」と、女を見た。「マルクが呼んでおる。ではの、リーリア。無理をするでないぞ。」

そうして、ヴィランはそこを出て、扉の向こうで待っていた、マルクと共に会合の間へと向かったのだった。


会合の間では、軍神達の将が一同に介してヴィランを待っていた。重臣達も居るのだが、ヴァシリーの頃から居る者達で、脇に遠慮がちに固まって座っている。

ヴィランは正面の中央の席へと座り、当然のようにその隣りにはマルクが座った。

ヴィランは、言った。

「レスターは戻ったか。あちらはどうであった。」

開口一番そう言うと、レスターが顔を上げた。

「は。龍王は島の南や東南の海岸線に将を配置し、こちらからの襲撃に備えております。北にも龍が残り、あちこちに分散しておるので本宮の守りはいくらか削がれておりますが、何より龍王がそこに居るので…隙をついて本宮を抑えるのは無理ではないかと。」

ヴィランは、眉を寄せた。

「ならば龍王を宮から引き摺り出さねばならぬということか。」

しかし、横からマルクが言った。

「とはいえ、軍神達も油断がなりませぬ。何しろ皇子が多く、龍王ほどではないもののかなりの気を持ち対応が難しい。その上、あちらには龍だけではなく鳥、鷹、鷲、白虎など人型ではない神が数多く、それらも侮れぬ力を持ちまする。こちらが数で押しても、かなりの犠牲は免れぬかと。」

ヴィランは、考え込んだ。やはり真正面からではあちらの守りを突破するのは無理か。

「…となると、やはり島の北西か。渡りをつけたか?」

それには、別の軍神が答えた。

「は。ご指示通りにあちらの王の内、幾神には話を通すことが出来ましてございます。しかし…中央の龍、白龍である匡儀という王にだけはまだ渡りをつけられておりませぬ。と申すのも、あの大陸を平定したかなりの力のある神で、誰もがその王には逆らえぬ状態なのだとか。強権的に押さえ付けているのは確かなようで、そのために我らも簡単に他の王と話をすることができた次第。」

「我らにその王を何とかして欲しいということか。」ヴィランは、自嘲気味にフフンと笑った。「こちらも同じような状況ぞ。他の王の管理は滞りないか?」

マルクが、慌てて頷いた。

「問題ありませぬ。見回りもさせており、質の妃と子もしっかり管理しておるので、取り返そうとも思わぬようにしております。」

ヴィランは頷きながら、遠くを見た。そう考えると、匡儀という王もまだ完全に押さえきれていないのだ。南東の島の維心は、ガッツリと平定して島の全ての神が一枚岩でこちらに対抗して来るので隙がなく難しいが、島の北西の大陸の方が、案外に簡単に落ちるやもしれぬ。今、こちらが誰かに背かれたら面倒なのと同じで、あちらもそうなのだ。

ならば島の北西の大陸から落とし、その兵力と共に向かえばさすがの維心でもあの島を守りきるのは難しい。

島の北西と南東から同時に攻め上れば、抑える術などないだろう。

「…匡儀は、こちらの動きに気付いておるか?」

それには、マルクが答えた。

「いえ、未だ。まさか己の統治を掻い潜って来るなど思ってもおらぬようで、中央はまだ知りませぬ。ですがその統治下の王達は、恐らく知らぬ者など居らぬのではないかと。匡儀を恐れるあまり、漏らす事を殊の外恐れておるので、これからもそれはないかと。何しろ、そんなことを報告したら、報告した者すら切り捨ててしまうほどの強権的な統治であるらしいので。」

ヴィランは、頷く。その徹底的に抑える姿勢が、逆に盲目にしているのだ。

「ならばこちらはそれを利用させてもらうのみよ。」と、マルクを見た。「こちらは情報をもたらしたら質にしておる子と臣下一人を交換してやろうと布令を出せ。恐らく龍王はこちらのどこかの王に接触しようと試みるはず。そやつには、龍王を売れば子が返るのだと惑わせるのだ。なに、妃ならば見捨てようが子は捨てられるものではない。」

マルクは、驚いた顔をした。

「子を?しかし…そうなるとその王が偽りを申しておった場合、足元が崩れることになるのでは。今、おっしゃった通り、妃は見捨てるやもしれませぬ。臣下も同じ。」

ヴィランは、フッと暗く笑った。

「…返すのは誠にこちらに貢献してからだとその時に申せば良いわ。何も返さぬと申しておるのではない。事が成ったら返してやろうぞ。」と、パンと膝を叩いて立ち上がった。「では、レスターは引き続き島の様子を探れ。マルクは重臣達と内容を詰めて布令を急げ。ハリスは見回りを強化させよ。我は匡儀をどう攻めるのか、報告のあった神達の位置関係を調べて考える。夕刻に再び会合ぞ。」

そう言い置くと、さっさと頭を下げる軍神達を振り向きもせずにそこを出て行った。

レスターとハリスがマルクに視線を合わせてから頷き、そこを出て行く。

マルクが隅で縮こまっている重臣達を見ると、筆頭のドナートがおずおずと言った。

「マルク…我ら、解せぬのだ。王座に就かれた途端にあのようなお変わりよう、王は南東の島を誠に取れるとお思いか。まだ我が若い頃からあの龍王は見て来たが、とても敵うものではあるまいに。ミハイル様の行方もようとして知れず、もしかしたらもう、龍王のもとにたどり着いたのやもしれぬ。確かに血筋は罪人の息子であるが、ヴァルラム様から続くヴァシリー様のお力を継いでおって力だけでは強敵ぞ。あの最強のドラゴンと龍に、誠勝てると思うてか。」

マルクは、それを聞いて途端に眉を寄せて激しい口調で言った。

「何を言うておる!ミハイルなどにヴィラン様が負けると思うのか!まさか逆らおうと言うのではあるまいの?!」

ドナートは、慌てて首を振った。

「そのような!ただ、質を取っての統治など、長くは続かぬと思うたのだ!ならば順当にあちこちの城を落として行って、完全に統治してからあちらへ向かった方が、足元に不安を抱えたまま強敵に向かうより、より確実ではないかと…、」

「それでは、遅い。」マルクは、まだ眉を寄せたままドナートを睨み付けて、言った。「この広い大陸を城ひとつずつなど、百年単位で時を掛けねばならぬわ。そもそも龍王や東南の神だけ、あのように濃い気を抱え込んでおるのが間違いぞ。主らも老いが止まるやもしれぬのだぞ。あちらでは、軍神ですら老いを止める者が居るほど、気の性質が良いのだ。ヴィラン様はそれを、この大陸の皆に分け与えようと考えておられるのだぞ。」

ドナートは、怯えながらも言った。

「ならばこのような方策ではなく、龍王にそれを打診して送らせるようにしたら良いのではないのか。月の宮と申す場では、病すら癒すと言われておるのだ。そちらの気を送ってもらえるようにすれば…。」

マルクは、ふんと鼻を鳴らした。

「土地の気をこちらへなど送るのを許すはずはないではないか。己らも生きて行かねばならぬのに。こちらをあの気で満たそうと思うたら、あちらは何も生存出来ぬようになるわ。人は生きられようが、多くの気を消費する神には死活問題ぞ。だからこそ、龍王を討ち取るより他ないのよ。それがなぜ分からぬ。」と、踵を返した。「もう良いわ。布令の内容は我が考える。臆病者は勝手に龍王の機嫌取りの方法でも考えておれば良いわ。」

「マルク!」

ドナートは呼び止めようとしたが、マルクはもう、出て行ってしまっていた。

ドナートは、他の重臣達と顔を見合わせた…本当に、このままでこの地は平穏になるのだろうか。


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