龍の宮
北西の大陸は、それは広く大きなものだった。
義心は、初めて通るその大陸の空を、珍し気に飛んだ。とはいえ、その地形をしっかりと頭に入れ、次に来る時には必ず一人でも迷う事が無いよう、維心を案内出来るようにと学ぶのは忘れなかった。
こちらは、広々として神の宮も少なく、神の気配はそうそうしない様子だった。
あちこちにまとまった集団が居そうな場所は気取れたが、何しろ広いのでどの辺りに居るのかは分かるが、それが幾人でどんな種族なのかまでは分からなかった。
それでも飛んでいると、目の前に、大きな白亜の建物が見えて来た。
「あれが、我が王の宮、龍の宮ぞ。」
言われて、義心は驚いた。こちらでも、龍の宮と呼ばれているのだ。
「…白龍の宮では無いのだな。こちらも、龍の宮と呼ばれておるか。」
明羽は、フッと口元を緩めると、頷く。
「我らもそちらが青龍の宮と呼ばれておらずで龍の宮かと、驚いておった。我ら同じであるな。」
義心は、その顔にまだ会ったばかりだというのに、親近感のようなものを覚えた。遠いどこかで繋がる、同族…。
義心は、金色に近いような白の甲冑を着て先を行く、明羽の後を追いながら、不思議な気持ちでいた。
その、大理石造りで旧鳥の宮のような様子を見せる白龍たちが住む龍の宮へと、義心は明羽と共に降り立った。
明羽は、勝手知ったる宮の中、到着口からさっさと足を進めて、そこへ駆け出して来た文官らしき男の前で立ち止った。
「伏師。王はどうなさっておる。」
伏師と呼ばれた男は、ちらちらと義心を珍し気に見ながら、明羽に答える。
「主から知らせを受けて奥でお待ちぞ。このような夕刻になってから、何かあったか?そちらは、青龍の王?」
明羽は、苦笑して首を振った。
「いや、これはあちらの筆頭軍神、義心ぞ。あちらの王から命を受けて我が王に目通りを。我も共に参る。」と、義心を見た。「義心、これはこの宮重臣筆頭の伏師ぞ。他に筆頭は朱里、伯宗が居る。」
義心は、珍し気に伏師を見ながら、言った。
「伏師殿。初めてお目に掛かる。我が王の命で、匡儀様とお話をせねばならぬ。しばし邪魔をする。」
伏師は、愛想良く頷いた。
「義心殿。まだお若いのになんと気の大きく落ち着いた様であるかと、王なのかと思いましたぞ。青龍は皆そうなのかの。我が王に於かれましても、もっと宮を締めて参らねばならぬとお帰りになってから申されておったし…。」
何やら世間話のような感じで言うのに、伏師が割り込んだ。
「こら、今はあちらが戦時中で大変なのだ。また落ち着いてからの。今は王にお目通りせねばならぬから。今はこれまで。」と、義心をせっついた。「さ、参ろうぞ、義心。主は早う任務を遂行したいであろう?」
義心は、急いで頷くと、伏師を見た。
「今は非常時であるので。またこれが終わったらの、伏師殿。」
伏師は残念そうな顔をしたが、頷く。
「戦時中となればお引止めも出来ませぬな。」
明羽が、義心の背を押した。
「さ、参ろう。」と、足を進めながら、小声で言った。「こちらは暇で仕方がないゆえ、主など珍しゅうて格好の噂の的ぞ。緊張感の欠片も無いのだ。」
義心は、頷いて、他の誰かに捕まってしまわない間にと、明羽につられて奥へと歩く足を急がせた。
この平和な様子には、思わず忘れてしまいそうになるが、自分が携えているこの書状には、あちらの島の未来が掛かっている。
ドラゴン城を落としてヴィランという王を消してしまわない限り、戦が終わらないのだ。
義心は表情を引き締めると、匡儀の居間へと案内されるままに向かったのだった。
奥宮へと入り、あちらの宮とよく似た造りの長い廊下の突き当りに、王の居間へと抜ける扉が現れた。
初めて来たとは思えないほど親しみのあるその宮の中を、義心は明羽について歩いて行き、扉の前へと立った。
すると、明羽が声を掛けないのに、扉がスッと開いた。
「…戻ったか明羽。」
中を見ると、匡儀が正面の大きな寝椅子に腰かけて、こちらを見ていた。それを見て思ったのは、匡儀は維心ほど厳格な雰囲気ではなく、気楽な様子でそこに座っていたことだ。
どうやら、こちらはそれほど礼儀などに厳しいわけではないらしい。
義心が空気感を読まねばとそんな様を見ていると、明羽が歩いて匡儀の前へと出て、膝をついた。
「王、只今帰りました。維心様の命により、義心が書状を持って王にお目通りをと。」
義心が、同じように膝をつき、匡儀に書状を差し出した。北の大陸国のひとつの王、リーク宛ての物とは、違う方の書状だ。
匡儀は、それを受け取って、スッと開くと、すぐに閉じた。そうして、義心を見た。
「そうか。主が単身、あちらへ参ると申すか。」
義心は、頭を下げて言った。
「は。あちらの地の事は、我が一番知っており、単身ならば何かあっても逃れることが出来ようというのが、我が王のお考えでありまする。どうあってもあちらの国の一つの王であられるリーク様に、我が王のお考えをお知らせしてご説得申し上げねばなりませぬので。」
匡儀は、真顔で頷いた。
「ならば我が領地の中を参るが良い。我はあちらの神とは交流は無いが、しかし陸続きであるから地理ぐらいは分かる。ゆえ、この明羽を共に行かせよう。」
しかし、義心はそれを聞いて首を振った。
「そのような。御心遣いは有難く思いまするが、しかし我が龍であるので、この気を持つ限りあちらへ参ったら気取られる可能性が高うございます。同族である明羽も同じ。気取る気が多いほど、その危険性は増すはずでありまするし、此度は我が一人の方が良いかと思うのです。」
匡儀は、目を細めてそれを聞いていたが、答えた。
「維心が何を思うて主をたった一人あちらへやろうとしておるのか分からぬが、我は軍神をいくら信頼しておるからと、たった一人であちらへ行かせることは出来ぬ。せめて二人ぞ。たった一人でも成せるという自信を主から感じるところを見ると、主はそれなりの力を持っておるのだろうが、我が領地を抜けてまたこちらへ戻るまでは我にも責任がある。明羽を連れて行かぬのなら、我が領地を通らせはせぬ。」
義心は、ぐ、と黙った。ここを通れないとなると、北から行かねばならないので、どうしても見つからない未来が見えない。ということは、明羽を連れて匡儀の領地の中を通ることを、選ぶしかなかった。
義心は、渋々ながらも頭を下げた。
「は。では、明羽をお借りしまして共に参りたいと思いまする。」
匡儀は、やっと満足げに頷いた。
「そうせよ。」と、明羽を見た。「明羽、義心を補佐して参れ。見ておって思うが、恐らくこやつの方がかなりの手練れ。足を引っ張るでないぞ。」
明羽は、驚いたような顔をしたが、少ししょんぼりと見えるような形で、匡儀に頭を下げる。
「は…。行って参りまする。」
匡儀は、背筋を伸ばした。
「堅貴!」
義心が何事かと思っていると、一人の軍神が急いで扉から入って来て、膝をついた。
「御前に、王。」
匡儀は、その体格の良い白っぽい青い髪に、薄茶の瞳の軍神を見下ろして、言った。
「明羽には青龍の筆頭軍神と新しい任務を与えるゆえ、主が代わって青龍の宮へと参れ。何かあれば、維心の命に従って我に知らせよ。それから、軍を念のため千、主に預けておくゆえ、良いようにせよ。」
堅貴は、チラと明羽を見た。義心が見たところ、タイプは違うようだったが、しかし二人は同じ年ごろの神のように見える。
堅貴は、またすぐに匡儀に向き直ると、頭を下げ直した。
「は!仰せの通りに。」
そうして、立ち上がった。
明羽が、去って行く堅貴に背を向けて匡儀に頭を下げた。
「王。では、すぐに発ちまする。」
匡儀は、頷いた。
「行って参れ。」
明羽は、匡儀に頭を下げ直すと、義心を待たずに扉の方へとサッサと歩く。義心は驚いて、慌てて匡儀に向き直り、頭を下げた。
「匡儀様。では、数日中には戻りますので。」
匡儀は、戸惑う義心に苦笑して頷き返した。
「待っておる。」
そうして、義心はもう扉を出て行ってしまった明羽を追って、匡儀の居間を出て行った。




