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命令

維心が、静かに言った。

「もちろん主ならあちらに詳しいし適任ではあるが、あちらでは主を血眼になって探しておるのではないのか。主を逃したことは、ヴィランにとっても不覚であったはず。主があちらの他の城の王達をまとめて攻め入って参ったら、こちらへ侵攻しておる今対応に苦慮しよう。かなり警戒しておるはず。あちらにしたら、飛んで火に入るといった好機よ。故に、我は主を行かせるつもりはない。」

美加が、思いきったように表情を引き締めると、言った。

「ならば我が。我も軍に居り長くあちこち戦って土地勘はございます。王もお亡くなりになって、この命も惜しくはありませぬ。」

維月が、とんでもないと首を振った。

「あなたは尚更よ!あなたを質にされたらミハイルは丸腰で誘き出されてしまいまする!」と、維心を見た。「維心様、ならば私が!私ならば何かあっても十六夜も父も放っては置きませぬし、どうしてもとなれば月に帰りまする。月を捕らえる事など出来ませぬから!」

維心は、維月を落ち着かせようと背を抱きながら、首を振った。

「落ち着け維月、主とて昔、月と分断する術に囚われてしもうたではないか。確かに碧黎が主を放っては置かぬだろうが、あれに無理をさせるでない。あれは己が力を失おうと主を助けるゆえ、そんな全ての生命を危険に晒すようなことは出来ぬわ。それに…我は、これらを行かせるつもりはない。」

維月は、困惑した顔をした。

「では…いったい、どなたを?」

維心は、途端に険しい顔をして、じっと虚空を睨むと、言った。

「…義心。」維月が、驚いた顔をすると、維心は維月を見た。「あれは我と共にあちらを巡ったゆえ、あちらの事も知っておる。難しい任であるが…あれ以外、これを成せるとしたら、居らぬ。」

維月は、維心の瞳にそれが思い付きなどではないのだと知り、みるみる目を見開いた。

「そのような!義心は、龍なのですよ!ミハイルが危険であるように、義心も危険なのは変わりませぬ!龍の気を気取られたら…他の種族でなくば…今度は義心が、囚われて質に…!」

維心は、首を振った。

「軍神は質にはならぬ。囚われたら己で逃げ出すしかなく、そうでなくば王のために自ら命を絶つ。ミハイルはそうは行かぬ。それに今も申したように、義心以外に成せる軍神など神世には居らぬ。あれは神世の中でも誰より優秀で力を持つ、王であってもおかしくはない神。他に任せる事など出来ぬ。」

維月は、わかっていた。維心の目は、王として判断しているときのそれだった。本当は維心も、義心を送りたくはないのだ。北からも義心だけは連れ帰った。それは自分の側を離したくないからだ。何かあった時、義心なら維心が指示せずとも的確に判断して軍神達を動かし、自分を補佐するのをわかっているからなのだ。

それでも、王としてこの地全体を考えて、義心が適任なのだから行かせるしかないと判断したのだ。

「…そのような…たどり着けるかどうかも分からぬのに…。」

維月は言いながらも、既に諦めた様子だった。それより他に、解決策も思い付かなかった。

ミハイルが、険しい顔で言った。

「あの、若い軍神でそれが務まりまするか。以前に見たことのある義心ならばと思いまするが、あれは血筋の義心で、違う神なのでしょう。やはり我が行った方が良いのでは。」

維心は、ミハイルを見た。

「あれはあの義心の生まれ変わりぞ。戦も体験しておる義心が、記憶を持ったまままた我に仕えるために黄泉路を走ってこちらへ戻ったのだ。なので、あれしか居らぬ。主にしては不本意やもしれぬが、恐らくあれの方が主より余程巧妙に立ち回る。あれに行かせる。主はあれが無事に戻った後、あちらへ攻め入る時役に立ってもらおうぞ。」

ミハイルは、驚いた顔をした。あの義心が、死んですぐに戻ったというのか。

「なんと…こちらの神は、誠そのような者が多いことよ。あちらではついぞ聞かぬのに。」

維心は、それにはあまり興味が無いように答えた。

「ああ、本来は出来ぬと言われておるしの。」と、立ち上がった。「侍女に客間へ案内させる。主らは少し休むが良い。我は義心にこれを命じ、急ぎ対応するゆえ。主らは、全ては明日からぞ。」

外は、もう月が昇り暗くなっている。

ミハイルと美加は、維心の声に入って来た侍女に先導されて、何も言わず下を向いたままの維月を気にしながらも、頭を下げてそこを出て行った。

維心は、二人が出て行くのを見送ってから、維月を振り返ってその手を握り、諭すように言った。

「維月、聞き分けよ。主とて分かっておるから黙っておるのは分かっておるが、我とてやっと戻った義心を危ない目に合わせるのには忍びない。それでも、今の神世ではあれしか、敵陣へ潜り込んで無事に役目を果たせるような神が居らぬ。他はと言うのなら、我ぞ。しかし、我は行くわけには行かぬ。この地を守らねばならぬから。分かるの?」

維月は、分かりたくなかったが、分かっていた。やっと戻った義心だが、その義心が優秀であるからこそ、急いで戻って来て今がある。神世の危機に、役に立ちたいと義心自身も言うだろう。なので、納得は出来なかったが、頷いた。

「感情が追い付きませぬ。ですが、維心が仰ることはよう分かっておりまする。ですが、たった一人では行かせませぬわね?まさか、義心一人にこの重荷を背負わせるようなことは…。」

維心は、それには眉を寄せた。

「…逆に足手まといになる。分からぬか、義心は独りならば、恐らく生きて帰って来る。捕らえられたとしても、さっさと逃れて参るだけの能力があれにはある。だが、誰かが共であったら、この限りではない。共に行った誰かを助けるため、あれが命を落とすやもしれぬのだ。義心の性質を考えよ。あれは仲間を見捨てることなど出来ぬ神ぞ。」

維月は、悲し気に目を潤ませた。そうは言っても、たった一人で大軍が待ち受けるようなところへ、龍の気を持つ軍神が単身で行って戻って来れるなど想像も出来ない。

「維心様…。」

維月は、反対することも出来ずに、ただ袖で口元を押えて下を向いた。どうにも出来ない…今は、戦時中なのだ。誰が命を落としても、おかしくはない。

それより早く戦を終わらせて、世を安定させようとしている、維心の言うようにするより他ないのだ。

維心は、維月の気持ちが手に取るように分かったが、それでも維月の手を放すと、言った。

「…ここでは主もつらかろう。直接に我が軍神の駐屯所へ出向いて命じて参る。案じずとも匡儀の領地を通してもらえるよう、あれが置いて参った明羽を通じて申し入れるゆえ。少しでも、安全な道を通れるようにの。」

維月は、ただ頷いた。維心は、そんな維月に頷き返して、そうして、振り返ることなく王の居間を出て行ったのだった。


義心は、その命令を淡々と受け止めた。

維心からの命令は絶対であるし、維心が話す言葉で維心自身がどう思っているのかも、義心にはもう、分かったのだ。

たった一人で行けと言われたことも、特におかしいとは思わなかった。それこそが、維心の気遣いなのだと義心には分かっていたのだ。維心は、義心が一人ならば生きて帰って来ると信じてくれている。義心が何よりも優秀で、他は足手まといだろうと考えているのが、義心には分かっていた。

なので、何も言わずにその命を受け、それを横で聞いていた明羽と共に、北西の大陸へと飛び立つことになった。

「まずは、我が王の宮へ。」明羽が、少し緊張した風に義心に言った。「我が王に此度のことをお知らせし、そうして領内を通るご許可を戴こう。我が先に飛ぶ。速ければ、後ろから申して欲しい。」

義心は、それに頷いた。

「よろしく頼む、明羽殿。我はあちらの大陸は奥まで参ったことが無いゆえ、迷うてしまおうしの。」

明羽は、頷いた。

「我のことは、明羽と。同じ龍の筆頭軍神同士なのだ。」

義心は、少し口元を緩めて、頷き返した。

「ならば我のことは義心と。では、時が惜しい。参ろう。」

二人は、月が照らすその空を、北西の大陸へとたった二人で飛んで行ったのだった。


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