その理由2
奥宮へ到着し、王の居間へと入って行くと、維月と維斗が待っていて、並んで頭を下げた。
「維心様、お帰りなさいませ。」
維心は、ホッとしたように肩の力を抜くと、維月に手を差し出した。
「今帰った。主が早う帰れと申すから、迷うておったが戻る事にしたわ。正直我にも、次にどこから攻め入って参るか検討が着かぬしの。」
維月は、維心の手を握りながら、言った。
「まあ。あちらで捕虜にした軍神達には聞かぬでおられましたか。」
維心は、椅子へと座りながら、首を振った。
「聞くなど時が掛かるゆえ、記憶の複製を取ってそれを炎嘉と共に調べたが、あれらはドラゴンの王、ヴィランに命じられて攻めて参っただけの、傘下の宮の王などで。まことドラゴンが何を思うて攻めて参ったか、どんな策を練っておるのかは、まったく分からずでな。ミハイルが逃れて来ておると聞いて、少しは何か分かろうかと期待しておるのだ。」
維月は、それを聞いて維心に頭を下げた。
「はい。この度は、こちらへ美加とミハイルを連れて参ることをお許しいただきましてありがとうございます。私は二人をとても案じておりましたので…一報を受けて、飛び出して行こうとして、維明に叱られましたの。維心様のお許しもなくこちらの結界を出て参るなど許せないと申して。」
維心は、それには苦笑しながら頷いた。
「維明はようやったと申すところよ。確かに戦時にフラフラしては、足手まといになる。主もそれを弁えるが良いぞ。」
維月は、維明に言われて分かっていたので、シュンとして下を向いた。
「はい。申し訳ありませぬ。もう無理は申しませぬので。」
維斗が、維心に言った。
「父上。我は誠何もできずで。兄上がお留守の間のことはすべてお一人で采配してくださいました。己で動くことも出来ず、未だに戦の実感もないままで。」
維心は、そんな維斗に気持ちが落ち込んでいるのを感じて、苦笑した。
「急がずとも良いのよ。兄が出来るのは王になる神であるから当然なのだ。これから更に精進して参るのがこやつの務め。主は、兄の手助けをするのが務めよ。主はそこまで気負わずとも良い。」と、ふと何かに気付いた顔をした。「…箔炎が参った。結界を通したゆえ、迎えに出よ、維明、維斗。ドラゴンの元皇子であるミハイルと、その母である美加を連れておる。奥の応接間に出るゆえ、そこへ案内して参れ。」
維明と維斗は、維心に頭を下げた。
「は。では、行って参りまする。」
維月は、二人が来たとそれを見送りながら袖で口元を隠しながら思っていた。いずれにしろ会わせてはくれるだろうが、しかし戦時中に、情報をもらうより先に会わせてもらえるとは思えなかった。
それでも、会えるならと堪えていると、維明と維斗が出て行ったのを見た維心が、維月を引き寄せて、唇を合わせた。
「!」
驚いた維月が目を丸くして維心を見上げると、維心はフッと頬を緩めて維月を見つめた。
「邪魔者が居らぬようになったゆえ。主が帰って参れと申すから急いだのだぞ?そのように浮かぬ顔をするでない。」
維月は、維心を見上げて微笑み返した。維心は、維月が不安そうにしていたので、わざとこうして気を紛らわせようとしてくれているのが分かったのだ。
なので、維月は維心の首に腕を回すと、維心に口づけた。維心はそれを受けて、維月の背に手を回して、言った。
「しばらくはこうして隙間の時間でなければ主に触れることも出来ぬだろうの。だが、堪えてくれ。我も我慢しておるのだからの。我は主との平和な生活を守りたいのだ。」
維月は、頷いた。
「はい、維心様。寂しくて仕方がなくなったら、月から見ておりまするから。」
「寂しくならぬでも月から見ておってくれたら嬉しいものよ。」
維心は答えて、また維月に口づけた。そうして、唇を離して維月を抱きしめると、フッと息をついた。
「このままこうして居りたいものぞ。だがしかし、あれらが回廊を渡って参る。応接間へ行って来るわ。後ほど主にも会わせてやるゆえ、ここで待て。良いの?」
維月は、無理は言わぬでおこう、と、維心に頷いた。
「はい、維心様。お早くお戻りくださいませ。」
維心は頷いて、名残惜しそうに立ち上がると、維月を振り返りながら、居間の扉を出て応接間へと向かって行ったのだった。
応接間へと入ると、維明と維斗が、ガッチリとした体型の、ヴァルラムによく似た風情の深い青い瞳の神と、いくらか歳がいった美加と共に立ち上がるのを見た。
…間違いなく、我が血族。
維心は、その瞳の色だけでなく、そのドラゴンの身の中に潜む自分と同じ気を感じ取って思った。
全員が頭を下げる中で、維心は正面の椅子に座って、言った。
「ミハイルと美加か。よう逃れて来たものよ。匡儀は面倒を嫌うのによう通してくれたものぞ。礼を申さねばならぬの。」
ミハイルが、顔を上げた。
「維心殿。この度は感謝し申します。北西の王は、我らが龍に縁であるから、維心殿に免じて通るのを許そうとおっしゃられた。重ねて感謝致します。」
声がヴァルラムによく似ている。
維心は思った。
「美加。よう励んでおったのに、主は苦労性であるな。とはいえ、こちらは主の里。心安くすれば良いわ。維月も大変に案じておって、後で対面させようぞ。」
美加は、涙ぐんで頭を下げ直した。
「はい、維心様。面倒な我をそのようにお迎えくださいまして、感謝しておりまする。」
維心は、頷いて促した。
「座れ。」と、回りを見た。「箔炎はどうした?」
それには、維明が答えた。
「何やらまた書状が来たと軍神が追って参ったので、とんぼ返り致しました。どこからの書状なのかは知りませぬが、軍神が慌てておったので帰るよりなかったようで。父上に左様伝えよと。」
維心は、眉を寄せた。
「いったい、どこからなのだ。あやつの領地は北西の海岸線に接しておるゆえ、あちらもそうそう安心しては居れぬし戻った方が良いのだろうがな。」と、息をついた。「して?主らの話を聞こう。いったい、どういうことなのだ。ヴァシリーが老いてすぐのことだったと聞いておるが、こちらも次元の問題を抱えてそちらにまで構っておられずでな。まずは王座を奪われた時のことから聞こうぞ。」
ミハイルは、維心の前の椅子へと腰掛けて、頷いた。
「は。父上の老いが参ったのは一年ほど前、母上は常側について、父を看護しておりました。父は我に、すぐ臣下に根回しせよと急がせた。だが我の血の問題もあり、その時には誰も我についてはくれませんでした。先に、ヴィランが根回しを済ませておったのでございます。」
維心は、眉を寄せた。
「…根回しとてヴァシリーの老いは予測出来なんだであろう?あれはまだ、そこまでの歳でもなかったはず。なのにヴィランというドラゴンは、既に根回しを済ませておったと?」
ミハイルは、頷いた。
「は。恐らくはこういう事態を予測して、早くから根回しを進めておったのではないかと思われまする。気が付くと回りは皆、我に龍の血が混じっていると毛嫌いするように離れており、龍に宮を任せるわけには行かぬと。我はドラゴンであって、龍ではないのですが。」
維心は、頷いた。
「主は龍ではない。主が誕生した折、わざわざ地の陽を呼んで確認させたぐらいぞ。美加は月の割合の多い龍であったから、ドラゴンの王族と混じって龍を凌駕したのだと聞いた。同族の奴らに、それが分からぬはずはないのに。」
美加が、下を向いて言った。
「それだけではないのですわ。我が、罪人上がりであったから。ミハイル自身の事ではなく、我の行いのせいでヴィランに付け入る隙を与えてしもうたのです。我のせいですの。」
維心は、それを聞いて険しい顔をした。確かに、そのような血が王に混じるのは嫌がる臣下が多い。維心自身も、それを懸念して美加をあちらに送ったからだ。
しかし、ミハイルは首を振った。
「母上は父上も、臣下も助けてそれはよう戦っておられたのです。臣下達もそれを知らぬわけはないのに。助けられた臣下軍神さえ、ヴィランに肩入れして父上を倒し、我らの命を狙って参った。我は、あれらの王などになろうとはもう思わぬが、それでも世を乱し、こちらの島まで迷惑を掛けるとなれば黙ってはおれませぬ。あれらが原因ならば、一族を根絶やしにしてでも世を平穏に戻そうと思うておりまする。何のために…祖父は兵を挙げる皆を殺して殺戮の王として君臨しておられたのか。」
ミハイルの目は、その一瞬怒りで光った。祖父と父が平穏に関係を保って穏やかに守っていた世を、乱す輩が許せぬのだろう。
…やはり、これが王になるべき器か。
維心は、そう思いながらそれを聞いていた。




