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その理由

箔炎は、龍の宮へと帰る維心を訪ねて、美加とミハイルを連れて宮を出て、輿に乗って飛んでいた。

そういう指示が維心から来たからで、いつもなら着物姿なのだが、こんな時なので甲冑姿だ。

ちなみに、北から逃れて来た二人も甲冑姿で、美加など女であるのに堂に入ったものだった。そこそこの歳であるのに動きに切れがあり、長く軍神として戦っていたことがそれで透けて見えた。息子のミハイルも、確かに王でなければおかしいほどの大きな気で、しかも大変に澄んだ気だった。

どう考えても、これが王にならねばおかしいのに。

箔炎は、そんなことを思っていた。

じっと箔炎が自分を見ているので、ミハイルがチラとこちらを見て、問うた。

「…ドラゴンがお珍しいか。」

箔炎は、ハッとして礼を失したかと目を反らし、言った。

「いや。どう見ても、主が王でなければおかしいと思うたのだ。追われるなど…主につく臣下は多かったのではないのか。相手はそれほどに手練れであったか。」

ミハイルは、自嘲気味に笑って、首を振った。

「我が不甲斐なく。父上の老いがあまりに早く、油断しておったので急襲されて対応できなんだのだ。根回しも十分ではなかった。我の責で、あっけなく王座を奪われてしもうて。」

しかし、隣りで美加が首を振った。

「そうでは無いのですわ、箔炎様。」ミハイルが、慌てたように止めようとしたが、美加は続けた。「我のせいですの。我が罪人上がりであって、しかも龍であってドラゴンでさえなかった。なので、ミハイルが完全なドラゴンであったにも関わらず、臣下がミハイルにつかなんだのですわ。それどころか、謀られて今少しで我共々討たれてしまうところでありました。お互いの背を守って囲みを破って逃れ、北西の神に願って領地内を通ることを許して頂いた。我が龍であったから、龍王に免じて通してやろうとおっしゃって。北西の王は、維心様をご存知であられた。そのおかげで、我らはこちらへ渡って参ることが出来申しましたの。」

箔炎は、それには驚いた顔をした。維心は、北西の大陸と交流があったか?…聞いたことは無かったが。

「維心から北西の神については聞かされておらぬから、我には分からぬが、あちらにも神が居るのだな。気配はしておったが、まったくこちらに出て参らぬし面識も無いので知らなんだわ。とはいえ、龍で良かったのか悪かったのか分からぬな。あちらでは厭われ、こちらでは優遇される。しかし此度のことは、龍とて手こずろうから主らも気を入れて我らに手を貸さねばならぬぞ。これからの己が掛かっておるゆえな。」

ミハイルは、頷きながらも、言った。

「箔炎殿には、我らの記憶を取らぬで良かったのですか。龍王に会う前に、情報が欲しかったのでは。」

箔炎は、それには笑って手を振った。

「ああ、我が先に情報を持っておってもの。こういうことは、維心が一番長けておるから。あれに任せておったら神世は安泰だと誰もが思うておるのだが、我もその一人よ。維心がどうするのか決めよるから、それに従うが良い。」

…なるほどこちらではやはり、聞いていた通り全て龍王が采配しておるのだ。

ミハイルは、それを聞いてそう思った。しかし強権的に支配しているのではなく、どうやら横の繋がりのような状態で、友のように接しているらしい。

「…懐かしいこと。」美加が、輿から外を眺めて、寂し気に言った。「こちらに居った頃、己が恵まれておることにも気付かずに。どれほどに愚かであったかと思うわ。王が我を選んでくださらねば、我は…。」

美加は、涙ぐんだ。何やら、胸の辺りを押えている。ミハイルが、それを気遣うように美加の背に手を置いた。

「母上…ですがそれで、父上と出会われたのでは。運命であったのですよ。我がこうして存在するのも、そのお蔭なのです。改心なされたのですから、お気を落とさず。」

美加は、頷いた。

「分かっておってよ。ただ、老いが参ったあのかたを守り切れなかったことが無念でならないの。」

ミハイルは、それには暗い顔をした。

「それは我も同罪でありまする。もっと早くに気付いておれば…。」

箔炎は、そんな二人をじっと観察していた。王とは、ヴァシリーのことだろう。美加は、ヴァシリーと共に戦っていたのだと聞いている。そのヴァシリーに老いが来た時、襲われてそれを守り切れなかったのを後悔しているのだ。

箔炎は、そんな親子の会話に口を挟まずにおいた。ここまで、恐らくはお互いの命を守って逃げることで精いっぱいで、夫や父を悼むことも出来なかったのではないかと思ったのだ。

つくづく、こちらのような血筋で継承するのではなく、力だけで継承して行く制度は、厳しいものだと思った。こちらもそのようなら、どの王も戦が無くても、危機感を持って治めて行けるのではないかとは思ったが、そうなると庶出でも生まれながらに王としての気概が育つのかと言われたら、難しいと答えるしかない。今回のこの、世を乱すような戦を仕掛けて来ることから考えても、今のドラゴンの王は世をしっかり見通せてはおらず、己のことしか考えていないように見えるのだ。力ばかりが強くても、世の中全てを考えて動ける王だとは、どうしても考えられなかった。

今の北の大陸がどういう状態なのだろうかと、箔炎はそんなことを考えながら、輿の外を眺めていた。


維心は、一万の軍神達と共に宮へと帰還した。

ホッとした臣下達が出迎える中、維心は義心を振り返った。

「義心。東を見張れ。軍神を海岸線上に配置し、特に海底に何か潜んでおらぬか偵察させよ。炎嘉の方も入ることを許されておるゆえ、そちらも我らが守ることで合意しておる。南東も上陸されたら焔の領地に近くなるゆえ、大きく見張るのだ。海岸線の守りは我らの責と考えよ。」

義心は、膝をついて頭を下げた。

「は!仰せの通りに。」

義心は、すぐにそこを離れて行った。

維心は、出迎えた臣下達に言った。

「あまり良うない状況よ。前王ヴァシリーの子であるミハイルと、美加が逃れて箔炎に保護され、今こちらへ向かっておるはず。あやつらにあちらの様子を知る限り話させて策を練る。だが、ドラゴンは水も対応して来るゆえ…南東から来られたら、我らが押えねば上陸を許す事になろう。北に五千、宮に一万、残り三万五千は全て海岸線の守りにつかせるゆえ。とはいえいつこちらへ到達するか分からぬ。主らも己の身を守る心づもりはして参れ。とりあえず、我は奥へ戻る。」

維心は、矢継ぎ早にそう言い置くと、歩き出した。

それを追いながら、維明が言った。

「父上、では我は海岸線へ参った方がよろしいでしょうか。宮は維斗に?」

維心は、維明を振り返って、首を振った。

「海岸線は義心が守る。あれに守れぬのなら主にも無理ぞ。主は宮の守りを維斗と共にせよ。いざ参ったとなれば、我は前線へ参る。義心なら、我が参るまで持ちこたえよう。」

維明は、維心について歩きながら、食い下がった。

「ですが我とて王族の端くれ、軍神よりは戦えるはずだと思うておりまする。」

維心は、チラと維明を見て、足を止めることなく言った。

「…確かに主の方が気は強い。だが、戦場での強さは気の強さだけではない。義心には戦場で必要な全てがもう備わっておるが、主はまだぞ。前世の我の叔父上でも我と同じぐらいの気を持っておったが、ただの一度も戦場を経験なさっておらなんだゆえ、我は同じように申したと思う。」

維心は、暗に主が前世の維明であっても戦場では通用せぬ、と言っているのに維明は気付いた。維明には、分かっていた。確かに前世は、全て維心に任せて何もせずで居た。維心が遠く戦場へと出陣して行っても、自分はじっとあの屋敷で、気を極限まで少なくして、誰にも見つからぬように潜んでいたものだった。維心は、そんな引きこもりの叔父でも、時々に訪ねてくれたものだ。王座争いの元になりたくないと潜んでいたのだが、(てい)のいい責任逃れだった。維心は、その裏で必死に戦い、やりたくもない殺戮を繰り返し、世を平定したのだ。

我には経験が足りぬからこそ戦場に立つ機会が欲しいと思うておるのに。

維明は思ったが、維心は自分の考えを変えるつもりはないようで、さっさと歩いて奥へと向かっていた。

維明は、今度の戦が常とは違うのは分かっていたが、自分も宮と領地を守るために、力になりたいと心底思っていた。

だが、慣れていない王族が前線に行くことは、他の軍神達の足手まといになるばかりなのだと、分かっているだけに維心に逆らう気にもなれずに苦悩していた。

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