状況把握
旭は、憔悴し切っていたが、それでも青い顔で何とか維心と炎嘉の前に座っていた。維心は、旭から最初の様子を聞いていた。
それは、普通の夕方だったのだそうだ。
いつもと同じように宮の業務も終え、あちこち灯が入ってそろそろ寝る準備もとおっとりと寛いでいると、いきなりに結界向こうにたくさんの気が迫って来るのを感じた。
それが、尋常でない多さだったので、軍神達だけでなく旭自身も偵察に出た。それでもその時は、まさか攻め入ろうとしている輩が来ているなどとは思いもしないで、ただふらりと見に行った程度だった。
それが、見ると結界外の神達は女も子供まで襲われて殺されており、相手は自分の結界を狙って攻めていた。
突然にそこで戦闘になり、旭は咄嗟に最後尾の軍神に、一番近くの最上位の宮の王である、焔に知らせよと命じて自分も戦いに加わった。
旭一人ではとても抑えきれない数の敵兵だったが、焔がすぐに出て来て討ち始めてくれたので、いくらか敵の勢いは削がれた。それでも、数で押して来るし、先頭に居るドラゴンの力の強さは並みではなく、長時間持ちこたえるのはとても無理だと思われた。
そして、必死に戦っている間に、維心が到着したのだという。
一気に戦況はひっくり返り、気が付くと自分の軍神はたったの半分になってしまっていたらしい。
旭は、がっくりと肩を落として、言った。
「誠に何が起こったのか、今でも悪い夢を見ておる心地であるまする。確かに穏やかな夕刻で、軍神達もその時までは笑っておったものを。それらももう、今では物言わぬ様になり果ててしもうて。我は…戦を経験しておりませなんだゆえ、未だに感情がついて参りませず。」
維心と炎嘉は、それには同情した。今の世で生きて居る神ならば、ほとんどがそうだろう。少し前の会合で、炎嘉と神が腑抜けになったと憂いたものだったが、そうなのだ。戦を知らぬ神が、いきなりに攻め込まれるなど考えた事もなかっただろう。だからこそ、ふらりと出て行くことになった。戦国の頃なら、すぐに誰かが攻めて来たのだと判断し、戦い慣れた軍神達も戸惑うことなく、すぐに戦に出て行っただろうに。
今では、戦など知らず、命も懸からぬ訓練で、軽く立ち合う程度で軍神だと言っている者達ばかりの世。
外から攻め込まれて、成す術が無かったのも分かるのだ。
「…我らは戦国を経験した記憶を持っておる。なので主と同じ経験をしたとしたら、すぐに誰かが攻め入って来たのだと行動したであろうな。我らだって、好きで戦慣れしておるのではないし、皆が平和に暮らせるようにと戦って作り上げた太平の世であったのだ。しかしそれが、生まれながらに戦を知らぬ、主らのような神を育てることになってしもうた。それでも、平和ならば良いことだと我らは思うておったのだが…まさか、北が討って出て来るとはの。ぬかったわ。」
炎嘉がそう言うと、維心は考え込むように背を背もたれにうずめた。
「ヴァシリーの老いが来て次の王はその息子のミハイルだろうと気の量を見ても思うておったのだが、どうやら向こうの臣下はミハイルではなく別の神を推したようでな。それは聞いておったのだが、その後北の大陸が戦国のような様になっておったようよ。こちらもその時次元のことで懸念があったゆえ、大陸のことなど後で良いと窺わずにおったら、このように。どういった経緯でこちらへ討って出ることになったのか、こちらもよう分からぬのだ。とにかくは、あの捕虜の記憶を取って参ってみるしかないの。尋問など時が掛かるゆえ。その方が手っ取り早いわ。」
旭が、驚いた顔をする。炎嘉は、維心に何度も頷いた。
「ああ、そうしようぞ。全員の記憶の玉を取って、全部見る!なに、生まれてからの記憶を全て見ることはないのだ、最近の分だけを見たら、あやつらが何を思うて討って出たか分かろうほどに。」と、立ち上がった。「さ、参ろう。夜が明けてしまうわ。さっさと状況をまとめて対策を考えねば。どうあってもこの地をあちらの手に渡すわけには行かぬのだからの。」
言われて、維心は立ち上がった。
「では、さっさと取って参るか。」と、旭を見た。「主は少し休め。また来るはずぞ。それまでにこちらも対策を立てておかねばならぬが、主は英気を養っておかねばならぬ。しっかりせよ、主は王であろう。臣下民をこれ以上失わぬためにも、ここは踏ん張らねばならぬぞ。我らもこの地を守るために尽力するゆえ。」
旭は、青い顔は変わらなかったが、目に力が戻ったように見えた。そうして、頭を下げた。
「は。よろしくお願い致します。では、我は次の戦闘に備えて、少し休ませてもらいまする。」
炎嘉が、何度も頷いた。
「そうせよ。臣下を失うなどしょっちゅうなのだぞ?戦とはそんなもの。王がそれで悲しんでおったら、全員が命を落としてしまうわ。もう死んだ者よりも、まだ生きておる者のために前を向かねばならぬのだ。悲しむのは、全て終わらせてからで良いのだ。気張るのだぞ、旭。」
旭は頷いたが、まだショックは抜けきれていなかった。
何しろ、自分の傘下の宮々の神達は、自分が出た時には既に討たれた後だったのだ。旭は人世で言う札幌辺りに領地を構えて南半分を治めていたが、向こう半分は友の克巳が治めていた。向こう半分といってもこの大きな土地の三分の一なのだが、その姿はもう、どこにも見えなかった。つまり、こちらへ知らせる間も無く、討たれたということなのだ。
維心と炎嘉が地下牢へと捕虜の精査に向かうのを見送りながら、旭はとにかく休もう、と、考えるのを無理矢理に止めて、奥へと向かったのだった。
その頃、箔炎は途中、志心にどうにか追い払った事を知らせ、宮で連絡を待つように言い、次にやきもきしながら待っていた、駿と高晶に同じように知らせた。
焔は余裕がなかったようで、西の翠明には何も言っていなかったので、翠明は宮で、大きな気の動きを遠くに感じて落ち着かず、ただ知らせを待って一晩中起きていたようだ。
箔炎自身もそこで翠明も居た事を思い出し、宮へ帰ってから慌てて書状を遣わせて、事の次第を知らせた。
…いずれにしろ、此度の戦は大きい。
箔炎は、そう思いながら居間に座った。甲冑は脱ぐつもりはない。戦の最中はいつ出なければならなくなるか分からないので、こうしていつなり甲冑姿で居たものだった。
「…また戦国になるのやもしれぬの。」
箔炎は、誰にともなく言った。今回は、引きこもって避けられる類いのものではない。共に戦わねば、住処を失う危機だった。
側に控えた佐紀が、重苦しい顔で答えた。
「は…。あの数でも龍王が居らねばあれほど迅速には収められなんだでしょう。しかも、チラと感じたドラゴンの気の大きさには戸惑い申した。すぐに退いて対峙することはありませなんだが、あれが本気で攻めて参ったら、さすがの龍王も簡単には蹴散らせないのではと。」
箔炎は、佐紀を見た。
「ゆえに解せぬのよ。」佐紀が驚いた顔をするのに、箔炎は続けた。「ドラゴンが真っ向から来たら、確かに維心だけでは難しかったろう。我らとて本気で対抗せねば、追い払う事など出来ぬ。あちらもそれを知っておるはず。なのになぜにすぐ退いたのか。ドラゴンにはあまり死傷者は出なんだのではないかと思われる。あまりに迅速な撤退に、何やら裏を感じる。恐らくは維心も炎嘉も同じであろう。まあ…いくらドラゴンでも、本性を持ち大きな気を放てる我らの数の多さには真正面からでは太刀打ちできぬから、早くに退くのは分かるのだが、そんなことは最初から分かっておったはずよ。ゆえに解せぬ。」
佐紀は、途端に不安になった。何か、あちらは策していると…?
「…長引きましょうか。」
箔炎は、眉を寄せて頷いた。
「恐らくはの。」
これまでこちらの島の内乱の戦国時代は、皆、維心ですら人世への波及を恐れて人型で戦い、地上への影響を抑えていた。
それなのに、この土地自体を守ろうとしたなら、どうしても全力で対抗せねばならず、本性に戻って戦うことになる。蝦夷の土地は、今本州を守るために食い止めようとする神々の戦いで、人世も大変だろう。早く終わらせねば、神世も人世も、この島は大変なことになる。
箔炎がそれを思って眉を寄せていると、箔真が慌てたように駆け込んで来た。
「兄上!今、結界境に北西の大陸から渡って来たドラゴンの男と、龍の女が保護を求めて来て居ると連絡が!」
ドラゴンだと?!
箔炎は、立ち上がった。
「参る!」
箔炎は、急いでそこを出た。
箔真も佐紀も、それに遅れてはとその後を追った。




