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その時でない

維月は、碧黎に連れられて龍の宮へと帰っていた。

突然に帰って来たので臣下達は驚いた様子だったが、王が白虎や高晶の宮の対応に駆け回っているのを案じてのことだと聞いて、ホッとした。

また何か月の宮でゴタゴタして、戻ったなら維心も神経質になってイライラし、臣下達も大変だからだ。

碧黎は、居間で維月としばらく話していたが、立ち上がって言った。

「では、我は参る。維心が難儀しておるようだし、見て参るわ。」

維月は、驚いて言った。

「え、維心様でもご対応に困られるような大事でありますか?」

碧黎は、苦笑して首を振った。

「あれに出来ぬ事などないわ。だがしかし、あれは子の面倒を見るには気が大き過ぎるのよ。このままではいつまで経っても帰れぬから、我が見て参る。」

維月は、子の面倒とはどういうことかと思ったが、維心が困っているなら助けてもらわねばならない。

なので、詳細は維心が帰ってから聞こうと頷いた。

「はい。ではよろしくお願い致します、お父様。」

碧黎は頷くと、窓から外へと出て、すぐに飛び立って行った。

維月がそれを見送って、窓辺で立ち尽くしていると、十六夜が話し掛けて来た。

《維心は今高晶の宮の墓所に居るぞ。》

維月は、驚いて月を見上げた。

「まあ。墓所なんて、誰か亡くなったの?」

十六夜の声は、答えた。

《あの宮の皇女がひと月前に死んでたんだよ。》と、話題を変えた。《ところで維月、すまねぇな。オレ、あんまり深く考えたこと無くてよ。考えたら、黄泉でも同じようなことあったよな。お前は維心の屋敷に居て、まだ維心が来る前はほとんどお前の所に帰らなくてよ。維心が来てから、あいつに言われて分かってたはずなのに。今生、記憶を取り戻す前はほとんど下に居て一緒に育ったってのによお…思い出したら、結局月ばっかで。》

維月は、思い出しながら首を振った。

「いいのよ、あなたはそもそも昔下に降りて来れなかったんだもの。思い出したらそうなるのも仕方ないわ。確かに月に居たら落ち着くものね。私は地上の方がいいけど。」

十六夜は、息をついた。

《だからってほったらかしだった。維心が居るから普段は任せてたらいいし、親父まで居て世話する者には困らねぇ。だからって、せっかく里帰りしてるのに、なんだってなるわな。維心が言うのも親父が言うのも、その通りなんでぇ。》

維月は月を見上げて十六夜を労るように言った。

「それでいいのよ。あなたはあなたがいいようにしててくれたら、私は私で好きにしてるから。本体が一緒なんだもの、別に地上で会わなくても感情だって感じ取れるし心配ないわ。十六夜に会いたかったら、月に帰ればいいんだから、私だって勝手してるのよ。だから気にしないで。だいたいこんなことになってるのも、前世私が維心様まで愛したからなんだもの。」

十六夜は、しばらく黙ったが、言った。

《…まあなあ。維心のことは、なるべくしてなったって思うから、いいんだよ。あいつが居たからいろいろ助かったし、オレがこんな感じでもお前と続けて来られたと思ってる。オレは地上にあんまり降りねぇし、人の体のお前は寂しかったと思うんだ。でもあいつが側に居て、時々会うんでもお前はオレに愛想尽かすことなかった。今は、いつでも帰って来られるから、お前もそう思うんだろうけどさ。》

維月は、前世を思い出して、フフフと袖で口元を押えて笑った。

「そうね。最初一緒に暮らし始めた時は、ケンカばっかりしてたもの。一緒に居たらそんなだから、蒼も困っていたものよね。でも、私達は兄妹。蒼ですら、もう私のことは母さんとは呼ばないわ。一度死んだんだもの…今生、お互い月なんだし、自由に生きていたらいいと思うの。どんなに離れても、本体は一つなんだもの。」

十六夜は、そう言われて、確かにそうだと思った。月に居たいなら居ればいいし、地上に居たいなら居ればいい。お互いに気ままなのだから、今生はこれで、いいのだ。

十六夜が、それでも里帰り期間だけはちょっと考え直そうかな、と思いながら黙ると、維月はそんなことには気付かずに、急にうきうきとした口調で言った。

「ねえねえ、それより十六夜、ほら、新月が住んでいた北海道の北の地に秘境の温泉地って感じの場所を見つけたって言ってたわよね?そこ、お父様に頼んでまた小屋とか作って頂こうかなって思ってるんだけど、どう?次の里帰りの時行けると嬉しいなって思ってるの。」

十六夜は、話題が変わったのにも驚く様子もなく、乗り気になって言った。

《お、いいな。親父に言っとくよ。温泉だったらさ、東北にもいいの見つけたんだよ。傍に散歩できる森とかあって、お前を連れてったら喜ぶんじゃないかって親父が言っててさー。ただまだ回りを整備してないからって今回は連れてけなかったんだけどな。》

維月は、胸の前で手を打って喜んだ。

「東北?いいわね!行きたい!」

それから、二人はあちこちの温泉地の話で盛り上がり、ほったらかしだとか月から降りて来ないとかの話は、二人とももう、忘れていた。


その頃、維心は高晶の宮の墓所へとまた、戻って来ていた。

そうして、墓所の扉を開くと、その開いている最中に、維心は眉を寄せた。

「…居らぬ。移動した。」と、庭の方へと目をやった。「そちら。まるで逃げるよう向こう側へ飛んで出た。」

維心は、墓所の裏の方を指す。高晶は、慌ててそちらへ飛んだ。しかし、いくら探しても、娘らしい姿はないし、気配もない。維心は、それを建物のこちら側で呆れたように見上げて言った。

「主らには体から離れた魂魄は見えぬわ。見えるのならとっくに娘が訴える姿が見えておろうが。」と、飛び立って高晶が浮く横へと並んだ。「また移動した。墓所の中ぞ。」

すると、その様子を窺っていた義心が、少し言いにくそうに言った。

「王…恐れながら、もしや王の気が大き過ぎて、怖がって逃げておるのでは。」

維心は、そう言われて眉を上げた。高晶が、バツが悪そうな顔をして維心を気にしながら、義心に咎めるように、それでも控えめに言った。

「我が皇女が、そのような礼を失するような皇女だと申すか。常、他の王にはしっかりと対応せねばと教えておるぞ。」

しかし、義心は首を振った。

「決して皇女様がそのようなかただと申しておるのではありませぬ。お亡くなりになっておって、それは怖い思いをなさっているのだと思うのです。そこに、我が王のような大きな気の神が来たら、また何事かと更に恐ろしいかと思うのです。子供などが、初めて王の気を目の当たりにしたらどのように感じるか、我も分かっておるつもりでございます。」

維心は、言われてみればそうだった、と思った。子供が自分のような大きな気を目の当たりにして、怖くないはずがないのだ。まして父親にも母親にも自分の姿は見えず、存在に気付いてもらえないのに、自分で自分の身を守るしかないのだから、見知らぬ大きな気の神が居たら、逃げるしかないだろう。

維心は、言った。

「…そうであったな。あれは逃げておるのだ。しようのない、ならば主、我が離れるゆえ、娘を呼べ。そうして、我が行く道を教えてやるのだと申して、我の前に出るよう申せ。さすれば見えずでも相手には聞こえておるから、親の言うことなら聞こうほどに。」

詩織が、急いで下から言った。

「王、我が。千夜が、我の傍に来ぬはずがないのです。我が参りまする。」

高晶は、頷いて詩織と共に下に降りた。維心は、仕方なく上に浮かんだまま、二人から離れて居ることにした。義心が、それを見て維心の側へと飛んで来て、傍で膝をつく形になって控えていると、脇にフッと、大きな気が出現したのを感じた。

慌てて構えると、そこには、碧黎が浮いていた。

「…碧黎か。維月はどうした。」

維心が、チラと振り返って、いきなりに出て来たのにもう慣れたように言った。碧黎は、ずっとそこに居たように言った。

「龍の宮へと送り届けて参った。主がよう励んでおるようであるし、労わってやると良いと申して戻したのだ。して、主は子供の世話には向いておらぬと様子を見に参ったが、どうか?」

維心は、相変わらずあっちこっちよう見ておるわと不機嫌になったが、維月を宮へと送り届けたと聞いていたし、そこには触れずに答えた。

「確かに我には子の世話など出来ぬわな。この気が邪魔をしおるからの。主はようその気で子が怖がらぬものよ。やはり地上であるからか。」

碧黎は、クックと笑って、答えた。

「我の気は皆を守り育んでおるのだぞ。敵対しておるならいざ知らず、そうでない神にとっては癒しでしかないわ。ゆえに助けに参ったが、この様子なら何とかなりそうか。しかししばし、見守ろうぞ。」

墓所の入り口で、高晶と詩織が必死に呼び掛けているのが見える。するとそこへ、扉に隠れるようにして、小さな子供の女神がおずおずと出てきたのが見えた。その女神が千夜であることは、維心にも遠目に分かった。

見えないながら、詩織が言った。

「千夜、そこに居るの?!お母様には見えぬの、でも龍王様が確かに居ると。あなたを助けてくださろうとわざわざ来てくださっておるのです。お父様にもお母様にも出来ぬ事を、龍王様はしてくださろうとしておるのですよ。いつも神の王には失礼のないようにと申しておったでしょう?千夜、聞こえておる?」

千夜は頷いているが、あいにく詩織にも高晶にも見えない。高晶が重ねて言った。

「父が不甲斐ないゆえ来てくださったのだぞ。千夜、怖がる事はないのだ、あの方でなければ主は助けられぬのだ。こちらへ参って龍王様の御前に。」

千夜は、小さな体でもう二人の前に立っているのだが、二人はキョロキョロと辺りを見回して、更に口を開いた。

「千夜?居る?」

「そこに居る。」維心が、見かねて降りて行きながら言った。「主らの目の前に立っておるわ。」

千夜は、震えながら維心を見上げて、そして健気にも頭を下げた。維心は、弓維とそう変わらぬ年に見えるその皇女に、不憫に思いながら、降り立って言った。

「よう堪えたの、千夜よ。長く一人で心細かったであろう。」

千夜は、涙を流しながら、維心を見上げた。

《龍王様には、我が見えておりますか。》

維心は、頷く。

「見えておるし、聞こえておる。本来死してもこうはならぬものなのに、主は幼い身で面倒に巻き込まれて不憫なことよ。」

千夜は、ホッとしたのか維心に寄ってきて、すがるように言った。

《どうしたら良いのか分からぬのです。お教えくださいませ、龍王様。我はどちらへ参れば良いのですか。》

維心は、頷いた。

「我が黄泉の門を開けば恐らく高杉辺りが迎えに来ようが…そういえば、体はどうであったか。主の母が必死に保っておったよの。」

詩織が、え、という顔をした。

「はい。千夜の体は美しいまま、我の命を懸けてもと気を与えて…。」

側で浮いていた、碧黎が割り込んで来た。

「あれは別に主が維持せずとも保てたのだ。なぜなら、千夜がまだあの体に戻ろうと必死に努めておったゆえ。何しろ千夜は、まだ死んでおるとは言えぬ状況でな。ま、言うてみたら仮死状態よ。主が送り込んでおった気は、亀裂に吸い込まれるばかりであっただけよ。」

高晶も高司も詩織も驚いた顔をしたが、維心も驚いた顔をした。

「これはなので宙に浮いた状態であったと?」

碧黎は、頷いた。

「そうよ。器が気を失っただけで、魂魄は黄泉に行ってはおらぬ。器との繋がりが切れておらぬから器も朽ちぬ。普通は器との繋がりが切れて黄泉に参るから、器は朽ちる。今ここで、主が黄泉の門を開いて千夜を送れば、黄泉に足を踏み入れたと同時に繋がりが絶たれて器は朽ち始める。」

維心は、千夜を見た。

「つまりは、我が魂魄を体に戻せば蘇るということであるな。」

碧黎は、頷いたが眉を寄せた。

「…とはいえ、かなりの力が必要ぞ。普通の神には出来ぬ。何しろ魂魄を戻す大きな術を、膨大な気を使っておこなった後に、器に気を補充せねばまた離れてしまうゆえな。子供とはいえ、神一人の生きる気を補充するのはまた、並々ならぬ力が必要よ。とはいえ…それが出来るのは、広い神世で維心ただ一人であろうな。」

維心は確かに、と思った。龍の宮ならいざ知らず、ここでは自分に合った気に変換して補充するので時間が掛かる。その術を一人でこなせば、恐らく維心はしばらく動けなくなる。

いくらなんでも、他の宮の皇女一人を助けるのには、リスクが高過ぎた。

維心が考え込んでいると、高晶が膝をついて頭を下げた。

「どうか!どうか千夜を生き返らせて頂きたい。どのような条件も飲みまするゆえ、どうか黄泉へ送るのではなく、今一度生きる機会をお与えください。」

滅多に頭を下げることのない王が、膝をついて願うなど前例のないことだった。それを見た詩織も、高司も維心に額づいて懇願した。

「どうか、維心殿!責なら我が受け申すゆえ、何卒我が孫を取り戻してくださいませ。」

維心は、眉を寄せた。

神世を治める自分が、ほとんどの気を失ってまでそんなことをした後の、世の動きはどうなるのだ。もしここで不測の事態が起こったら、誰が対応すると言うのか。

維心は、頭を下げる三人を、複雑な気持ちで見下ろしていた。

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