迷う幼子
維心と義心は、高晶を後ろに、その結界内を回った。
やはり、遠目に見て感じ取れなかったが、まるで針を落としてでも居るように、小さな亀裂があちこちに生じていて、ほとんどが小さくて目視はまず、不可能な様子だった。
だが、維心が次元の亀裂を塞ぐ術を放ちながら通り過ぎると、維心の気は自動的にそれを検知して塞いで行く。
維心自身は、自分の気が亀裂を塞いで行く度に感じるので、どこにどれぐらい亀裂が開いていたのかは知ることが出来た。
なので、大きく気を広げて領地の中をぐるりと回ることで、結界内は綺麗に整えられて、気が付くと、ついて来ていた高晶の、体を覆っていた膜は消えていた。
「…誠に何と不思議なこと。」高晶は、自分の体を見て、言った。「己の意識下では気取ることが出来ぬのに、無意識下では気取ってあのような膜を。己で己を知らぬで生きて参ったとは…。」
維心は、暗くなって月が出ている空の下、地上へと降り立って、頷いた。
「子供というものは弱いが、しかし環境への順応が出来る。特に王族に生まれた主のような上から二番目の序列の宮の神ならば、それぐらいの対応は出来てもおかしくはないのだ。それほど多くの亀裂があったわけではないゆえ、これまで他の者に影響が無く良かったことよ。しかしこれからは、己の体の知らせを見逃さず、もしまた膜が発現したとなれば、我に知らせよ。すぐに対応に参る。」
高晶は、頭を下げた。
「は。必ず。」
義心が降りて来て、維心の前に膝をついた。
「王。結界内をもう一度見回って参りましたが、亀裂は気取れませんでした。」
維心は、義心に頷き掛けた。
「ならば終いぞ。我も気取れぬようになったしの。」と、昇って来た月を見上げた。「もう、良い時間ぞ。とはいえ高晶の皇女を探してやらねばならぬの。もうひと月さまよっておるとしたら、黄泉の道で居ったならかなりつらいことになっておるやもしれぬし。とりあえずは、宮へ戻るか。」
高晶が、パッと希望に満ちた顔で維心を見上げた。
「今から見てくださるか。」
維心は、苦笑して頷く。
「何度もこちらへ参るのも面倒であるし、幼い子を放り出しておくのも気に掛かる。」と、きょろきょろと辺りを見回した。「この辺にはそれらしい命は気取れぬな。としたら、黄泉の門を通ったか…しばし探る。部屋を貸さぬか。」
高晶は、何度も頷いて急いで飛び上がった。
「こちらへ。我の居間へ参りましょうぞ。」
そうして、暗くなった中を、高晶の奥宮へと飛んで行った。
窓から奥宮の居間へと飛び込むと、そこには詩織が高司と共に座って、じっと黙り込んでいた。
高晶と維心、義心が揃ってそこへと到着したのを見て取った詩織は、待ちかねたように高晶に歩み寄った。
「王、お帰りなさいませ。いかがでしたでしょうか。」
高晶は、詩織の手を取りながら言った。
「維心殿と義心が結界内を綺麗に整えてくれた。これで、もう誰もあんなものに煩わされず生きることが出来ようぞ。」と、維心を見た。「維心殿、何か要り用の物があればおっしゃってください。」
維心は、首を振って辺りを見回した。
「いや、何もない。ここにも居らぬか。」と、息をついた。「しばし座る。黄泉へ皇女が行っておるのか聞いてみるゆえ、待っておれ。」
維心は、言うが早いか高晶の返事も聞かずに傍のソファに座り、手を目の前で三角に組んでじっと目を閉じた。
高司も高晶も、詩織も初めて立ち合うことにどうしたら良いのか分からず、ただ邪魔をしないようにじっと動かず立っている。義心は、目を閉じる維心の横で、それを守るように膝をついて控えていた。
維心は、しばらくそうして何かを探っているようだったが、パッと目を開くと、高晶を見た。
「千夜と申すか。その皇女は、あちらには逝っておらぬ。正確には、黄泉の道へ行っておらぬ。どうしてそうなったのか分からぬのだが、黄泉の門が開かず、黄泉の道にすら居らぬようぞ。」
三人は、そう言われてぽかんとした顔をした。ということは、どういう意味なんだろう。
「…普通は、そのようなことは無いと。」
高晶がやっというと、維心は頷いた。
「無い。まず、死ねば黄泉に門が開き、気が付くとそれに向かって歩いている。到着してそれをくぐれば我には気取ることが出来る。黄泉の門は、一度くぐったら二度と戻っては来れぬ。我が蘇生などする場合、それが成功するのはまだ門をくぐっていない時で、門をくぐったら二度と取り戻すことは出来ぬということぞ。」
それを聞いて、うんうんと高司が頷いた。
「聞いたことがある。死ねば皆、気が付くと黄泉の道に居って、そこから何かに導かれるように己の門に向かって歩いていると。たまに外まで迎えに行くことを許された先に門をくぐった者が先導してくれるが、だいたいが一人で歩き、門まで行くとその中に出迎えの者が待っているとか。」
維心は、頷いた。
「その通りぞ。つまりは、千夜はまだその時ではなく不自然にいきなり命を落としたゆえ、もしかして黄泉の道にすら行けていないのでないか。」そして詩織と、高晶が不安そうに見ているのを振り返った。「…普通なら、まだこの世のどこかに居るのだから親の側にでも居そうなものだが、先ほどから探るにそれが見えぬ。墓所でも気取れなんだしの。いったい、どこに居るのか…。」
高司が、維心を見た。
「気を探れぬとおっしゃるか。」
維心は、首を振った。
「知らぬからの。我はその皇女に会ったことがない。その昔、我が五代龍王であった頃、今より混沌としておっていつ何時何が起こるか分からぬから、王達は子が生まれたら必ず我に目通りに来たものよ。我に気を見せて、不測の事態に探させようと思うたのだろうの。今ではついぞ無くなったがな。」
そんな習慣があったのか。
高晶は、確かにそれが一番安全だろうと思えた。だが、戦国でもなくなって千年以上、皆の意識は緩んでいるのだ。
「どうしたものか。千夜はいったい、今どこに。」
高晶が絶望感に苛まれながらいうと、維心はハアと息をついた。
「とはいえ、親の気を頼りに似ておる気を探す事は出来ようがの。主に子は何人居る。」
高晶は、戸惑いがちに答えた。
「は。皇子が二人、皇女が二人と千夜でございまする。」
聞きながら、維心は虚空を見つめた。
「…二人は別の妃、もう二人はまた別の妃、そして最後の千夜がその妃との子だの。」
何か別の所を見て言う維心に、高晶は頷く。
「はい。我には妃が三人で、この詩織が三番目に入りましたので。」と、詩織を見た。「これによう似た、愛らしい子でありました。」
それを聞いた詩織が、また涙ぐむ。維心はまた頷いた。
「であろうな。気がその妃に似ておるの。ならば、これか。」
高司は、身を乗り出した。
「居場所が分かり申したか。」
維心は、また息をついた。
「…ということは、あれは今墓所に居る。己の体の隣に居るのではないか。解せぬの…先ほどは何も気取れなんだが。」
高晶が、もう足を扉へ向けた。
「ならば墓所へ!維心殿、あちこち申し訳ないが、今一度ご足労を。」
維心は、仕方なく立ち上がった。
「しようがない。我とて早う終わらせたいしな。参る。」
全くあっちこっち面倒であるな。
維心は思ったが、放り出して帰るのも気が咎める。
なので、また外の墓所へと、早く早くとせっつく高晶と、詩織と高司と共に、義心を連れて飛んだのだった。




