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望み

帰りに皆で大浴場に寄って汗を流してから、維心が心地よい疲れと共に戻って来ると、維月がもう、寝る支度を整えた状態で待っていた。

維心は、そんな維月の姿を見てホッとして、手を差し出した。

「今、帰った。我も寝る支度をするかの。」

維月はその手を取って、頷いた。

「おかえりなさいませ。はい、では湯は良いですか?お体をお拭きするだけでも?」

維心は、頷いた。

「良い。皆で湯を使ってから戻って参った。」と、維月を抱き寄せた。「本日は楽しめたわ。もちろん、我は誰にも負けはせなんだがの。」

維月は、微笑んで維心を見上げた。

「まあ。やはり維心様は一番にお強いということですわね。炎嘉様は悔しがっておいでではありませぬか?」

維心は、クックと笑った。

「あれはもう我に敵わぬと知っておるからあきらめておるわ。それより、義心よ。炎嘉と立ち合って、あれを二度負かしおった。驚いたものよ…かつての義心でも、炎嘉には手こずっておったのに。筋は似ておるが、しかしあれは箔炎や駿と鍛錬したゆえ、違う方向に伸びておるのだな。先が楽しみよ。」

維月は、驚いた顔をした。炎嘉を負かした…確かに、かつての義心は炎嘉には翻弄されることが多かった。炎嘉も手の内を知っていて戦っていたので、さすがに負けることが多かったのだ。

「…やはり…あれは、義心の生まれ変わりというわけでは、ありませぬのね。ただ似ておるだけなのですわ。」

維月が、残念そうにそう言うのに、維心は息をついた。

「それは無いの。確かに孫であるし姿も気もそれは似ておるが、しかしあれは別の神。そもそも、義心はあれが腹に居る時に亡くなったのだ。死んでから腹に宿ったなら考えぬでもないが、それはあるまい。主の気持ちは分かるが、あれは孫なのだ。序列争いの時のあれを見たであろう?我の気にふら付いておったではないか。かつての義心は、若い頃でもそれは無かったからな。生まれ変わってもそれは無かろう。」

維月は、それでも考え込んでいる。維心は、椅子へと腰かけながら、維月の顔を窺った。

「どうした?何か気に掛かることがあるか。」

維月は、考え込みながら、首を傾げた。

「いえ…どうであったかと思うて。」維心が怪訝な顔をするのに、続けた。「ほら、転生する時でありまする。私は覚えておりませぬが、維心様は母親の腹の中でのことを覚えておられまするか?」

維心は、それにはうーんと眉を寄せた。

「どうであったかのう…何しろ、何の意識もない状態であったろう。まどろんでおった事しか覚えておらぬな。それが、いつの頃からかという事もな。生まれる直前ぐらいには、外の様子が気を読んで分かるようになってはおったが。」

維月は、同じように考え込んだ。

「父に教えてもらっておったのですけれど…幼い頃の、雑談のようなものでありまする。いったい、命はいつから己であるかという事ですわ。父は、己と命が同時の時もあれば、命が先で己が後のことがあるとか言うておったような…。もちろん、私も幼い頃でしたので、解釈が違うことも考えられまするの。でも…父の言う己というのがどういうことなのか、私もよく理解出来ておらなんだのですわ。」

維心は、そう言われてみると分からない、と思った。黄泉の命が転生しようとこちらへ来たからこそ、命が宿るのだと思っていたが、もしかしたら違うのかもしれない。

「…どうであろうか。我もそこのところはよう分からぬのだ。碧黎の言い方であると、誰かの腹に器が出来て、それから命が入ることもあるということなのだろうか。」

維月は、ただ眉を寄せたまま維心を見上げた。

「分かりませぬの。お父様なら、きっとご存知なのに。」

維心は、維月を見た。

「そもそも碧黎になら、あれが義心の生まれ変わりなのか知っておろうぞ。聞いてみたら良いのだ。主になら答えようが。」

維月は、何度も頷いた。そうして、虚空に向かって叫んだ。

「お父様!お聞きしたいことがありますの!」


碧黎は、十六夜と共にまったりと月の夜を過ごしていた。

特に懸念も無いし、維月も定期的に帰って来て自分もとても満足だ。そんな月日の中で、十六夜とこれからの世がいったいどうなるのだろうと取り留めのないことを語り合っていたのだ。

そうしたら、月も高く昇っているのに、声がした。

《お父様!お聞きしたいことがありますの!》

十六夜が、眉を寄せた。

「なんだ、こんな時間に。もう寝てると思ってたのに。」

碧黎は、ふうと息をつくと、龍の宮の方角を見た。

「時は関係ないのだろうの。知りたいことがあるのだ。行って来るわ。」

十六夜は、碧黎に言った。

「え、知りたいってそれはオレも知りたいことか?」

碧黎は、眉を上げた。

「どうであろうの。恐らくはな。ではの。」

碧黎は、その場から消えた。

「おい、待てって親父!」

十六夜も、フッと消える。

なんだか知らないが、維月が呼んでいるので、二人は龍の宮へと実体化した。


「何ぞ。」

碧黎が、パッと現れた。慣れたが未だに驚くので、維心は顔をしかめたが、今回はこっちが呼んだので、何も言わなかった。だが、そのすぐ後に、十六夜まで来た。

「おい、待てって親父。」と、維月を見た。「維月。お前まだ起きてたのか。ていうか、今日は会合だったんじゃねぇの?」

維月は、頷いた。

「そうなの。というか、気になって仕方がないから、維心様とお父様に聞きたいなって事になって。」

維心も、頷いた。

「このままでは気になってゆっくり寝ることも出来ぬ気がしての。」

碧黎が、息をついた。

「まあ、十六夜と話しながら聞いておったゆえ知っておるが、我には見えておっても言えぬ事があるのだ。十六夜にも前に同じことを聞かれたが、我は答えなかった。義心の転生の件であろう?」

聞いていたのかと維心は良い気はしなかったが、維月は話が早いと身を乗り出した。

「そうですの!では、お父様は知っておられるのですね。」

碧黎は、険しい顔で頷いた。

「知っておるとて黄泉の義心の事をな。それでも我には何も言えぬ。知りたいのなら一度死んでみねば主らには分からぬわ。あれがいつ転生して来るとかどうなったとか、我は答えることが出来ぬ。陽蘭の時も言わなんだであろう?しかし、主らは後にその気の色で気取った。主らが己で気取るには問題ないのだからそれまで待たぬか。」

維月と維心は、顔を見合わせた。十六夜が、横から言った。

「なんだ、もしかして孫の義心の事か?それならオレも聞いたから知ってるが、親父は何も答えねぇぞ。」

維月は、首を振った。

「それなら仕方ないと思うんだけど、他にも聞きたいことがあって…あの、お父様が小さい頃に話してくださったことよ。命の始まりのこと。あの頃はそんなに重要なことを話しておられるとは思わずに軽く聞いておったけど、今になるとそれをしっかり聞いておったら良かったと思って。あの…命は、いつから己であるかということですわ。」

碧黎は、ああ、と頷いた。

「おお、あれか。確かつれづれに話したやもしれぬな。それが気になるか。」

維月は、真剣な表情で頷いた。

「はい。維心様も母の腹に居った時はうろ覚えだとおっしゃるし、私は元より覚えておらぬので、お父様にお聞きしようと思うて。」

碧黎は、それを聞いて頷くと、側の椅子へと座った。

「主らも座れ。そうよな、それぐらいなら話しても大丈夫よ。十六夜も。突っ立っておらずに。」

言われて、自分の居間なのに当然のように言う碧黎に、何も言えずに維心は座った。維月もその隣りに座り、十六夜は碧黎の隣りに座る。

碧黎は、言った。

「いつから己であるかとな。まず、命というものは黄泉にある。それは分かるか。」

維月は、何度も頷いた。

「はい。それは存じておりますわ。それが転生する時の様子ですわ。私達は、黄泉から母親の腹へと入ってそこで宿って転生するのだと思うておったのですが、そうではないのですか?」

碧黎は、頷いて答えた。

「そういう時もあるし、そうでない時もある。早くに生まれる場所を決めておる時は、その器が生じる場所へと向かってそこへ宿る。なので、まあ、ほぼ同時よな。」

維心は、身を乗り出した。

「ということは、転生したいと待っておっても、器が先ということか?」

碧黎は、辛抱強く答えた。

「その通りよ。なのであちらでいくら準備が整っておっても、こちらで器が生じる様子もなければ、転生することは出来ぬ。いつだったか、維心が呼び出した黄泉の門で、炎真が炎嘉に文句を言うておったろう。妃の一人も居らぬから転生も出来ぬと。」

言われてみたらそうだった。

維心は、今さらにそれを思い出していた。つまりは、こちらでの器の形成が先で、命は生まれる先を命の力に合わせて決めて、そこへ宿って生まれて来るのだ。

とはいえ、決めるのは黄泉の循環システムなので、自分がここへ生まれたい、と生まれられるわけではないのだが。

「では…腹に器が出来てから、いくらか経ってからでも宿るのは可能ということですわね?それこそ…生まれる直前であっても。」

碧黎は、維月を見て頷いた。

「そうよ。だが、いくらそこへ宿りたいと思うたところで、そこに別の命が既に宿っておったら無理ぞ。早い者勝ちであるからの。なので、大概は宿ってしばらくしたらもう、誰か入っておるものよ。もし誰も入らぬままで産気づいた時があれば、その器は生きては行けぬから消える。つまりは、死んで生まれるか、生まれても死ぬかどちらかよな。命が入っておれば、死ぬことは無い。」

維月は、そうなのかと目を開かれる気持ちだった。

「では、母体が悪いとかそんなわけではないのですね。」

維月が言うと、碧黎はまた頷いた。

「そう。命が入っておれば、どんな状態でも命の力で何とか命を繋ぐもの。器だけでは、それが出来ぬからな。母が悪いのではなく、黄泉側の問題なのだ。」

十六夜は、感心したように言った。

「小さい頃に聞いてたはずなのによぉ、今初めて聞いた気分でぇ。あの頃は聞き流してたぐらいだったんだなって思う。」

維月は、頷きながらも心ここにあらずだった。ということは、あの義心はもしかしたら前の義心かもしれない。だって、もう腹に宿ってはいたけど、中身が居なかったかもしれないから。

「維心様、ではもしかして?」

維月が希望にあふれた目で維心を見上げるが、維心は顔をしかめた。

「維月…気持ちは分かるが、義心はまだ黄泉であると思うぞ。というのは、あれは筋は似ておるが、動きは別物なのだ。本日も炎嘉が立ち合って申しておったが、義心より更に優秀やもしれぬ動き。姿があれなので希望を持つのかもしれぬが、義心の血統にはまだ、我のことを父のように育ててくれた義明も居る。あれも転生待ちしておったし、どう考えてもあれの方が先よ。義心が、死んだ直後にこちらへ戻っておらねば、そんなことは考えられぬのだから。いくら何でも、他の命を差し置いて、割り込んで転生など無理だと思うぞ。」

碧黎は、それを黙って聞いている。

維月は、やっぱりそうか、とうなだれた。

「…そうですわね。あまりに姿も声も似ておるから…私の、気のせいですわ。」

維月がしょんぼりしてしまったので、十六夜が慌ててその頭を撫でた。

「維月、その内戻って来るって。あいつがお前を忘れるなんて思ねぇし、力だってあったんだから、きっと黄泉の浄化の力に勝って記憶を持って来るんじゃね?今の義心が前の義心と違う筋なんだってなら、きっとそいつは違うって。次の義心なら、生まれてすぐにお前に会いに来るんじゃねぇか。」

それには維心が、ぐっと眉を寄せた。維月は、慌てて首を振った。

「違うのよ、別に私を覚えていて欲しいとかじゃなくて、今度こそ幸せになって欲しいから、見守りたいって思うの。覚えていたら幸せになれないじゃないの。忘れてて欲しいけど、でも、また会ってみたいなあとは、思うだけ。」

十六夜は、頷いた。

「それでもさ。とりあえずは、その義心の孫の義心を、見守ってやればいいじゃねぇか。似てるんだし、ちょっとは気持ちも違うだろ?黄泉の義心だって喜ぶと思うぞ。」

維月は、言われて表情を明るくして、頷いた。

「そうね。きっとあの孫の義心を大切にしていたら、義心も喜ぶわよね。そう思って、気にかけておくわ。姿は…見せないようにするけど。」

維心が、頷いて維月の肩を抱いた。

「それでよい。あまり気に病むでないぞ?きっとあれは黄泉で今、休んでおるのだから。」

碧黎は、そんな維月のことを見つめて、穏やかに微笑んだ。

「では、知りたいことは言うたな?我は戻る。」と、十六夜を見た。「主はどうするのだ。維月は来月帰って来るのではないのか。それでも居座るのか?」

十六夜は、フンと鼻を鳴らして、立ち上がった。

「帰る。」と、維月を見た。「じゃあな。また来月帰って来たら話そう。」

そうして、十六夜と碧黎の二人は、パッと入って来たのに、窓から出て夜の空をゆったり飛んで、帰って行った。

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