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病の原因

棺の前には、まるで抜け殻のように細くなった女が一人、棺に縋って倒れていた。

暗くなっている墓地の中で、高晶が慌ててその傍へと駆け寄り、その女を抱き起した。

「詩織!何をしておるのだ、主も気が少なくなっておるのに!そのようにいつまでも、娘の遺体に縋っておってはならぬ!」

それを聞いて、維心は思った。母が、娘の死を受け入れられずにずっとその遺体に縋って泣いておったということか。

「王…ですが、我が離れたら、千夜(ちよ)は身が崩れてしまいまする…。」

高晶は、そう言われて棺が少し、開いているのに気づいた。見ると、もう崩れて見る影もないと思っていた千夜の体が、まだ眠っているように美しく、綺麗に保たれているのを見て取った。

「詩織…このようなことをしても、千夜は戻らぬのだぞ。」

詩織は見るからに衰えていて、確かに細胞を維持しようとしたら、それはたくさんの気を補充しなければならないはずで、普通の神にはかなり苦しい術のはずだった。

詩織は、それでも己の子が腐り果てて行くのには耐えられず、自分の命を削って必死に保っていたのだろう。

維心は、進み出て言った。

「とにかくはここから妃を離すのだ、高晶。やはり…」と、千夜を覗き込んだ。「…次元の亀裂がついておるの。」

高晶は、息を飲んだ。

では、やはり千夜は亀裂に己の気を吸い取られて死んだのか。

涙が流れてくるのを必死に堪え、高晶は言った。

「やはり…千夜は、病などではなかったか。」

維心は、頷く。

「このように幼くては、どうすることも出来なんだであろうの。他の者に触れさせずに主が運んだのは幸いであった。他の者なら同じように気を吸い上げられておったであろう。主であるから、何ともなかったのだ。」と、探ろうと手を上げた。「それに…これは…?」

維心は、じっとそれを探った。千夜の小さな亡骸には、うっすらと膜が張られてある。それは、高晶と同じもので、高晶の気を感じた。

「…主は誠この皇女を大切に思うておったのだな。無意識にであろうが、これに己の守りを与えておる。だが、死してからでは間にあわなんだの。とはいえ、他への影響を、それが抑えておるのだから、主は王として臣下を巻き込まずに済んだのだ。」

高晶は、涙を流した。我が千夜を守り、その守りが臣下への影響を避けたのだと。

高晶は、詩織を抱き締めて、頷いた。

「ならば千夜がこのようなことになったのも、臣下を守るためだと言うなら納得もでき申す。もし臣下であったなら、次々に皆犠牲になっておったということでありまするから。」

ぼろぼろと涙を流す高晶に、維心は同情した。己の守りを無意識に分け与えるほど大切にしていた皇女を亡くしたのだから、それはつらかっただろう。

維心は、高晶と詩織が涙を流して座り込んでいる前で、暗い気持ちになると、手を上げて千夜の胸に取り付いている、小さな亀裂をそっと消した。せっかく母が綺麗に保とうとここまでひと月こうして己の身を削って維持して来た体に、少しでも傷は残したくなかったからだ。

その途端に、千夜の体を包んでいた高晶の守りの膜は、スッと消えた。詩織が、さめざめと泣きながらも、その場に深々と頭を下げた。

「龍王様、娘のためにお力をお貸しくださいまして、誠にありがとうございまする。なぜかこの子が気になって仕方がなく、疲れて寝入ると、あの子が泣きながらどこへ行けばいいのか分からないと縋って参る夢ばかりを見て…こちらに来ずには居られずにおりました。」

維心は、それを聞いて片眉を上げた。

「夢?」

それには、詩織の肩を抱いた高晶が頷いた。

「は。少しでもうつらうつらすると、千夜が出て参ってそのように訴えるのだと申して。これも愛娘を失って心に負担がかかっておるのかと。」

維心は、それでも眉根を寄せたまま、千夜の遺体を振り返った。夢…これは、前世将維も維月が黄泉へと送られてしまった時に、毎夜維月がさまよっている夢を見る、と言った。自分はすっかり黄泉の門をくぐってあちらに居るのだと嘆いていたのだが、その実維月は、黄泉の門を入らずに、ずっと維心と十六夜を待ってこちら側に居た事実を知った。それを知らないはずの将維が、維月の状況を見ていたことになる。

それほどに、血の繋がりとは強いものだった。実際には維月と将維の間には、命の繋がり以外はなかったのだが、それでも親子の絆はとても強いと言われていた。

母が、娘の夢を見るというのは、その現状を知らせていると思ってもおかしくない。

「…もしやと思うが、千夜は今迷っておるのやもしれぬの。」

詩織は、ショックを受けたように両手の袖で口を押えてへなへなと高晶の腕に崩れた。高晶は、慌てたようにそれを受け止め、維心に言った。

「それは…詩織は、夢を見ておるのではないと?本当に、あれはどこへ行けば良いのか分からず、泣いておると…。」

最後の方では、声が震えて尻すぼみになってしまった。それを、ただ後ろで立ち尽くして聞いていた高司が、維心に頭を下げて言った。

「維心殿、いろいろとご迷惑をお掛けしておるのは重々承知の上で、お願いしたい。どうか、我が孫が今どこに居るのか、調べてはくれまいか。主ならば、黄泉の道へも行ける唯一の神で、命を司っておる神だ。普通なら死した命の行方など分からぬものだが、主ならば分かるのではないのか。」

維心は、頭を下げる高司を上から見て、考えた。本来、神の命の行方など知らせぬものだ。黄泉の道へと向かえば、維心以外の神にはそれを追うことは出来ないし、そもそもが黄泉の世界を知らせることはしないのが通常だ。

だが、その棺に横たわっている皇女は、本当に幼かった。神世の子供など、普通なら20年ぐらい生きてもせいぜい人の10歳ぐらいの大きさにしか成長しない。自分の子供は、20年生きれば月の命を継いでいるのでかなりの大きさに育つのだが、普通の神同士の子なのだ。そんな幼い姿の皇女を見ていると、理不尽に命を奪われた上、迷っているのかと思うとそれは哀れだと思った。

「…我には確かに分かる。」維心は、そう答えた。「普通なら黄泉へと旅立った命のことなど、誰に泣いて頼まれても見ぬし見えても知らせぬ。だが、此度は我が見逃がしておった細かい次元の亀裂の犠牲になった事であるし、しかもこれほどに幼い皇女。不憫であるし、確かに黄泉の門をくぐったのかどうか、見てやっても良い。」

それを聞いた高晶と詩織は、目を見開いて顔を見合わせ、二人ともに一斉に頭を下げて額づいた。

「どうか!死して未だ苦しんでおるかと思うと、我ら居たたまれぬのです。どうか、千夜が黄泉の門をくぐって穏やかにしておるのか、それとも迷うておって困っておるのか、確かめてくださらぬか。」

王である高晶は、誰かに額づいたことなどないはずだった。それでも、愛娘のこと、こうせずには居られなかったのだろう。

維心は、首を振った。

「良い、そのように安易に額づくでない。」と、高晶が顔を上げると、維心は息をついた。「では、先に結界内を見回って、皇女が犠牲になった原因の細かい亀裂が他に無いか調べて参らねばならぬ。もしも無数に開いておったなら、我が全てを閉じてこれ以上このような事が無いように整えようぞ。我と義心で見回るゆえ、高司、高晶の妃は宮へ籠っておれ。高晶は守りがあるゆえ…気になっておる。まだ膜が消えておらぬからの。」

高晶は、言われて自分の腕を見た。

確かに、まだ自分の守りの膜は出現したままだった。

「…では、父上、詩織を連れて宮へ戻っておってくれませぬか。我は維心殿と結界内を整えて、すぐに戻りまする。」

高司は、すっかり老け込んだような暗い顔で、頷いた。

「分かった。頼んだぞ。」

「宮と臣下民は我が守りまする。」

高晶は、まだ高司が隠していたことでわだかまりがあるようだったが、それだけ言って高司に背を向け、維心についてそこを出て行った。

高司は、ため息をついて詩織を促し、宮の方へと向かって飛んで行ったのだった。

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