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亀裂

高晶が先に立って、その慰霊塔という名の亀裂を封じた建物の前へと降り立った維心は、フッと表情を曇らせた。

…確かに、こうして傍に来て探ると別次元の気配がする。

維心は、他の神の結界の中まで、探って回るほど暇ではなかった。なので、こんな風に隠されていると、面倒が起きてやっと知る事になり、その尻拭いをさせられるのだ。

維心は、苦々し気に足元に膝をつく義心に言った。

「…面子が何ぞ。こんなものを抱えて千数百年もとは、放って置いてやろうかと思うの。」

義心は、維心の心地が分かって、神妙な顔で頭を下げた。

「は…。」

それを聞いた高司が、更に小さくなったように項垂れて言った。

「すまぬ。分かっておったのだ、こんなものを長く置いておくことが、我らの身に過ぎておることも。龍の世話にならねばならぬのは、どこの宮でも同じ。我らには、主らほどに大きな気も、卓越した技術もない。常は対等だと話をしておるのに、いざ大きな事が起こったら、全て龍に頼らねばならない己の(てい)たらくに、あの時の父は嫌になってしもうたのよ。我とて同じ思いだった。どうあっても、何かあった時のために頭を下げねばならぬ。そんな立場に、あの時は急に嫌になってしもうたのだ。」

高晶は、父の所業には腹が立ったが、それでもその話を聞いているうちに、何となくその気持ちが分かるような気がした。宮をしっかりと治め、回りの宮とも渡り合い、戦って守って来たはずのその宮も、結局はこんな大きな不測事態が起こった時には龍に頭を下げねばあっさりと失う可能性がある。龍に見捨てられでもしたら、もう存続できないかもしれないそんな宮を、それでも治めて行かねばならない。

王としての誇りが、自分の力でも守り切れるのだと言いたいと思わせたのだろう。

維心は、そんな高司にふんと鼻を鳴らした。

「まあ主ではなく高杉よ。あれが隠そうと決めたのだろうが。だがこんなものを身の内に飼っておったら、抑えきれぬようになった時何とする。我が間に合わねば、次元の亀裂には宮ごと巻き込まれて一族郎党が消え去ろうぞ。つまらぬ誇りなど、王となる者には必要ない。この前も言うたの。臣下民達を守り切らねば王ではないぞ。己の誇りが地に落ちようとも、民達のために頭を下げるのが王というものぞ。ふんぞり返っておるだけが王ではないわ。間違えるでない。」

高司と高晶が返す言葉もなく黙って下を向いている前で、維心はもう、二人など見ていなかった。

それよりも、この中の亀裂の状態だ。

高司が言っていた通り、何重にも封じの術が掛けられてあって、年月を感じた。それこそ生前の高杉の気から始まって、それはそれで大変に強固なものになっていた。

小さな力でも千年以上もそうやって塞いで来たのが功を奏していて、亀裂は全く広がる様子はなかった。

維心は、その様子を透視して、息をついた。

「…まあ、ようやっておる。千年以上も前から高杉から始まって高司の気も、幾重にも重なって覆っておるゆえ、今では亀裂も広がる様子もなく、外への影響もなかろう。高司は緩むと申しておったが、その気配は今は無い。とはいえ、何か起こるが分からぬから、ここは我がもう閉じておく。」

つまりは、維心ならば閉じてしまえる亀裂も、普通の神ならば封じの術を毎年続けて千年以上かかってようやく封じることが出来るということで、閉じることなどまたその先の途方もないことなのだということなのだ。

維心は、黙って頭を下げる高司と高晶の目の前で、スッと手を上げると、義心に言った。

「…高杉と高司の力を破る。恐らく裂け目が一瞬にして広がろうとするゆえ、主はその瞬間だけ抑えて広がらぬようにせよ。」

義心は、頭を下げた。

「は!」

そうして、義心も立ち上がって手を上げた。

「軍神すら亀裂を扱えるか。」

高司は、思わずつぶやく。高晶は、それを聞いて憂いを帯びた目をした。そう、これが祖父と父が抗おうとした、種族の力の違い…。

パアンッと、激しい音と共に何かが弾けたような感覚がした。

その慰霊塔という石の箱は、途端に弾け飛んでバラバラと四方へと砕けて落ちて来ようとしたが、それを高晶が気で受け止めようとする前に、義心が大きく包み込むような球体の光の力でぐいと押さえ込んだ。

また、弾け飛んだ石の箱が砕けたまま元の位置へと収まり、瓦礫の塊のような姿になりながらもそこに立っているのを目を白黒させながら見ていると、維心が、手をブンと振った。

途端に、光も何もなくなって、瓦礫の塊は崩れ落ちてただの石の山になり、そうして、沈黙したように何の動きも無くなった。

義心が、サッと膝をついて維心に頭を下げる。維心は、頷いて手を下ろすと、チラと高司と高晶を振り返った。

「終いぞ。亀裂は閉じた。」

二人は、言われて茫然とその、瓦礫の山を見た。

確かに、いつもこの辺りにあった不安げな様子は無くなっている。

もう、空は日が傾いて空が赤く染まり、上空は暗く変化し始めている。

維心は、鼻で息をつくと、高晶を見た。

「して…次は、主よ。」と、じっと高晶を見つめた。「…やはりまだ主の膜は消えておらぬな。ということは、これに脅威を感じてその膜を被っておるのではないようぞ。ならば、皇女よ。そこは墓所か。」

高晶は、足を墓所へと向ける維心に、慌てて言った。

「そればかりは。維心殿、皇女はもうひと月も前に亡くなったのです。今さらに復活出来るとも思うておりませぬし、体はもう…。」

そんな様を、龍王に見られるのはあまりに不憫。

高晶は、せっかくに墓所に収めて穏やかに眠っているだろう娘を、掘り返して煩わせたくはなかった。

もう、黄泉へと旅立ってしまったのは仕方がないのだ。今さら原因を知ったからと、どうにかなるわけでもないのだ。

しかし、維心は首を振った。

「主は、己以外の者達が己の皇女と同じように黄泉へと参っても良いと申すか。己はその膜で守られておるのだろうが、他は違う。志心ですら、そんな膜は持っておらなんだから、ひと月患っておったのだぞ?そこまでもったのは志心であったから。もし他の者が、我が見て参った志心と同じものに苛まれたとしたら、一瞬で命を落としてしまうわ。我は、確かめねばならぬのだ。何より、主の本能がまだ、次元に関しての危機は去っておらぬと警戒しておるではないか。」

言われて、高晶は自分の手を見た。確かに、まだ小さい頃からいつの間にか出現しては自分を守る、この膜が消える様子もない。

それどころか、ここへ来て更に強くしっかりとした膜になっているようだ。

高晶は、仕方なく肩を落として頷いた。

「は…。では、皇女の棺にご案内を。」

維心は、それに黙って頷き返した。誰も、そんな他神の墓所などに入りたいなどと思わない。だが、そこに何か懸念があるのなら、それを何とかしない事には、それが大きくなって手に負えない様子になった時、結局は対応するのは自分だ。

だとすると、いくら面倒で嫌なことでも、今ここで暴いてしまってさっさと処理した方が良いのだ。

そう思いながら、維心は高晶について目の前にある、王族の墓所へと入って行ったのだった。


維月は、目を覚ました。

いつものように、気が付くと傍に碧黎が居て、じっと維月の肩を抱いたまま、どこかを見つめて考え込んでいる。

そんな横顔が、時に維心にそっくりだと維月は思った。

維心も、いつも維月が目を覚ませば傍に居て、そうして自分が起きるのを待ちながら、じっと自分の責務である神世の平安を、どうしたら守れるのかと考えて、どこかを見ていたりするのだ。

もう、遠く夕日が沈んで行く時間なのに驚きながら、維月は呼びかけた。

「お父様…。」

碧黎は、気付いてこちらを見た。そして、フッと微笑むと、維月の頬に触れた。

「目覚めたか。」

維月は、頷いた。

「はい。お父様には、どちらを見ておられたのですか。」

碧黎は、維月と共に身を起こしながら、答えた。

「維心を見ておった。あれは仕事が速い。もうさっさと志心を治してしもうて、次の懸念を消してしまおうと今は、高晶の宮へ行っておる。思うておったより面倒が起ころうとしておったようだったが、あれが気取ってひとつひとつ消して回っておるわ。この時間になっても処理しておる姿には、労ってやらねばと思うものよ。」

維月は、驚いて袖で口元を押えた。自分が父親と命を繋いで眠り込んでいる間に、維心はそこまで進めていたのか。

「まあ。このような時間になってもまだそのように…ならば、私も早く龍の宮へ戻っておいた方がよろしいでしょうか。維心様には此度は、早く戻って参れとおっしゃっておられましたし、私も十六夜があのようなので、此度はもう戻ろうかと考えておりましたの…。」

碧黎は、それにはすぐに頷いた。

「それは良い。あれも主が帰っておったらそれに越した労いなどなかろうしの。これから我が送ろうぞ。」

言うが早いか碧黎は、立ち上がって維月を抱き上げる。維月は、慌てたように言った。

「あ、お父様、十六夜にも蒼にも何も申しておりませぬのに。いきなりに出て参ったら、特に十六夜は拗ねてしまうかもしれませぬわ。」

碧黎は、笑いながらそのまま、空へと浮き上がった。

「あれが何某か言えぬわ。気ままにしておるのに。」

もう、月が昇っていて夕日は今、正に地平線の向こうに消えたところだ。

維月が碧黎の首を掴まって空に浮いていると、月から十六夜の声がした。

《なんだ維月、また温泉か?》

維月は、月を見上げた。

「ううん、違うの。維心様が志心様を治してから高晶様の宮の方へも行かれて、いろいろ面倒な対応をしてくださっておるようなのだけれど、労った方が良いとお父様がおっしゃって。今回は早いんだけど、もう龍の宮へ帰ろうかなって思ってるの。」

十六夜が、それを聞いて慌てたように光の玉になって、そうして人型を取っておりて来た。

「なんだってこんな早く帰るんだよ。まだ二週間にもならねぇじゃねぇか。」

それには、碧黎が答える。

「主な、別にどこに居っても同じであろうが。維月が帰っておるのにさっさと疲れたら月に帰りおって、後は我に丸投げではないか。だったら会いたい時に龍の宮へ行って共に過ごして、さっさと月へ帰ったらそれで主は良いのではないのか。維心も放って置くなら宮へ帰して欲しいと申しておったのを聞いたぞ。」

維月は、驚いたように碧黎を見た。碧黎は、あの会話を聞いていたのだ。

十六夜は、うーと唸った。

「だってよお、オレは一か所にじっとしてるのは飽きるんでぇ。親父だって嘉韻だって居るし、別に常に傍に居なくてもいいかなって思うしよ。維心も途中で来るじゃねぇか。だったらオレだって、月へ戻ってた方が面倒が無くていいだろうが。」

碧黎は、首を振った。

「そういう事では無いのだ。主は己が良いだけ下に居って、飽きて参ったら月へ帰って維月をほったらかしであろう。維月が里帰りしておるひと月の、最初の一週間は主、次の一週間には維心が来るし、その隙間に我。三週間目にはまた主が降りて参って、上がったり降りたりの繰り返し。結局隙間は我と維心。最後の一週間は維心が帰ることが多いゆえ、そのうえ主もたいがい飽きて来てあまり下に居らぬから、ほとんど我と一緒。つまりはの、この里帰りは我のためみたいなものなのだぞ。ひと月と申すなら、ずっと傍に居らぬか。」

維月は、言われてみたらそうだなあと思った。ほとんどが、父と一緒。というのも、十六夜が自分が戻りたくなったら月へ戻ってしまうし、そうなると維月は地上で一人になるので暇だし、父を呼んで共に居ることが多いからだ。

維心は、里帰りの二週目から三週目まで二週間の間居ることが多い。その間は、維心が傍に居るので寂しいことは無いし、途中で気が向いた十六夜が降りて来ると、維心は十六夜に譲るしかないので十六夜は難なく維月と過ごすことが出来た。

そんなこんなで、十六夜は結構勝手なのだ。その隙間を、維心と碧黎が埋めているからこそ、維月の不満もないだけだった。

「…言われてみたらそうよね。十六夜って、気ままだもんね。飽きちゃうんだわ、私と一緒でも。」

十六夜は、慌てたように維月を見た。

「違う、飽きたっていうか、やることねぇだろ?毎日一緒だったら。温泉だって毎日毎日行けねぇしさ。やることあったら降りてくらあな。むしろ親父も維心も何やってるんだって思うんだけど。」

碧黎は、息をついた。

「何をと。ただ話しておるわ。であったらなぜに長い期間維月を戻すのだ。最初から一、二週間にしておけば主とてやることが無くなることはないのではないのか。ま、良いわ。とりあえず維心の所へ維月を帰して来るゆえ。主は少し、己の行いを考えよ。月から話すならどこに居ても同じであるし、共に居たいからこその里帰りなのではないのか。そこのところを、考え直してから次の里帰りを考えるが良いぞ。どちらにしろ、月から毎日話しておるのだろうが。」

十六夜は、不貞腐れた様子で碧黎を上目遣いで見て、言った。

「それはそうだけどさあ…。」

それでも、それ以上は何も言わなかった。恐らくは、ここで引き留めて、ではずっと下に居ろと言われたら、それが嫌なのだろう。

維月は、フッと息をついて、十六夜が気ままなのは、自分も気ままなので慣れているけれど、維心の傍にも居なければならない自分には、あまり一人で放って置かれる無駄な時間は過ごしたくないかもしれないなあ…と、思っていた。

そんなことを考えている、維月を腕に碧黎は、龍の宮へと向かった。

維月は、碧黎の腕に揺られながら、月を見上げてため息をついた。

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