面子
維心が向かうほぼ目の前を、必死に征が先触れに飛んでいるのが見えていた。
さすがにそれを追い越してまでは礼を失するような気がして、維心はわざとそれを追い越さずに、征がそこへ到着して侍女に話すのを待ってから、その離宮の前に降り立った。
そこは、そこそこの大きさの洋館で、人が住むようなこじんまりとした場所だった。
両開きの扉の前の、数段の階段を歩いて登ると、慌てたような侍女が急いで両開きの大きな扉を大きく開き、頭を下げた。
「王。龍王様。急なお越しに高司様も驚いていらして…奥へご案内致します。」
高晶が、維心の隣りへと追いついて来て、侍女に言った。
「急ぎの用であられるのだ。早う奥へ。」
侍女は頷いて、女神にしては必死の様子で足を進めて目の前に伸びる大きな階段を上って行く。
維心は、飛んで行きたい気分だったが、仕方なくその後ろを我慢強く歩いた。
二階の奥の突き当りの扉を抜けると、そこには急いで着物に腕を通している、高司が居た。明らかに、寛いでいたようだ。
高晶は、そんな高司に早足で歩み寄り、言った。
「維心殿が父上にお話を聞かねばとおっしゃって。父上は、志心殿が次元の亀裂のせいでお加減をお悪くなさっておったのはご存知か。」
高司は、やっと着物に腕を通したところだったが、高晶を振り返って目を丸くした。
「なんと申した?志心殿が?」
維心が、後ろからせっつくように言った。
「ああ、主は知らぬでもしようがないわ。あれは告示しておらなんだからの。我が処置したゆえ問題ない。だがしかし、主の孫よ。高晶の第三皇女が頓死したと聞いておる。主は心当たりはないか。」
高司は、怪訝な顔をして、首を振った。
「我はずっと隠居してからこちらに籠っておって、宮の中で起こっておることまで感知しておらぬのだ。高晶の皇女のことは聞いたが、病で急に倒れて亡くなったと聞いておるが。」
維心は、ずかずかと歩いて正面の椅子と対面になる椅子に、何も言われないのに座った。
「我は、そのひと月前という時期が志心と合致するゆえ懸念しておる。」と、茫然と高司と並んで立っている、高晶を見た。「主の息子ぞ。幼い頃から、このような膜をまとっておると聞いておるが、何故か。」
高司は、高晶を見た。そして、その膜を見ると、はあとため息をついて、維心の対面の椅子へと座った。
「…これか。確かに、幼い頃から急に発現してこれを守るような様子よ。我には無いのだが…これには、生まれてしばらくしてから、こんなものが現れるようになった。」
維心は、目を細めて高司を見た。何か隠しておるな。
「…とはいえ、こんなものは他の宮の皇子には無い。次元を封じるような力を感じる膜ぞ。それも、誰かがしっかり作ったというよりも、自然に発現したような膜。こういった事になるのは、だいたいが幼い頃からそういう種類の危機に晒されて、命が己を守ろうと作り出した術だということが多い。だが、なぜに高晶がこの恵まれた宮の結界の中で、そのような危機に晒されるのだ。そもそも次元など、普通なら相手取らなくても良い相手ぞ。こんな特殊なものに対する抵抗力を、なぜに高晶は持たねばならなんだのだ。」
高晶も、それには躊躇うように高司を見た。高司は、そんな高晶の視線を受けて、しばらく考えていたが、フッと肩で息をつくと、下を向いた。
「…そうか、このまま何事も無くと思うておったのに。我も、何も言わずでは世は去れぬよな。死ぬ前に言えば良いかと、そんな風に思うておった。」
維心は、そんな高司を険しい顔で見ている。高晶は、うろたえるような顔をして、高司に言った。
「父上、何を?いったい、何を隠しておいででしたか。」
高司は、縋るような目で高晶を見上げた。
「高晶、宮のメンツに関わることかと思うておったのだ。我が父の代からのことぞ。」と、維心を見た。「龍の手を借りねば宮を治めることも出来ぬかと、父上が申しての。あれは、まだ父王が存命の時よ。ちょうど高晶が生まれた頃に、庭の奥にある墓所の北側に、次元の亀裂が現れたのだ。」
維心は、眉を寄せて高司を見た。
「高杉か。あやつ、そんなものが出来ておったのに、神世に報告もせずか。」
高司は、苦々し気な顔で維心を見た。
「確かに、次元のようなものを扱う力は我らには無い。ゆえ、あんなことがあったら全て龍王に知らせて対応を任せねばならなんだ。しかし父は、それが屈辱だと思うたのだ。我らの力で封じて、それを隠してしまおうと。」
高晶は、愕然とした顔をした。
「まさか…まさか、あの墓所の向こう側にある慰霊塔は、亀裂を隠すための?」
そう、幼い頃からそこには近付いてはならぬと言われていたのだ。慰霊塔と聞いているのに、墓所までは行ってもその先には父王ですら入らない。もちろんのこと、臣下達も軍神達も、立ち入りを禁止されていて誰も入らなかった。臣下の子がそこへ密かに忍び込んだ時には、失踪して帰って来なかったということが度々あった。
なので、もちろんのこと世継ぎの皇子である高晶は絶対にそこへは近寄らせてはもらえず、それでも行くなと言われたら気になるので、隠れてよく様子を窺いに行った。
だが、不思議と高晶は何も無かった。そこで遊んではいけない、気を奪われて消耗して帰ることが出来なくなると乳母に言われたが、それでも怖いもの見たさで誰も居ない場所というのも珍しく、よく遊びに行ったのだ。
高司は、頷いた。
「父の高杉が、あの場所に開いた亀裂を、見様見真似で封じた。幸か不幸かそれで亀裂がおとなしく封じの中で収まっておったので、父は定期的にそれを上から上から封じて、決して外へと漏れぬようにと対策しておった。我も、途中からその術を習って封じに加わった。それでも、時が経つと封が緩んで来るのか、あの辺りに迷い込んだ臣下がそこへ吸い込まれるという事故や、気を失うなどという事故も起こったので、我が父は毎年のように封じを上からし直して…我は、今も密かにあの場所へ参っては封じ直しておる。我が死ぬ前に、主にも伝えようと思うておった。」
維心は、ただ眉を寄せた状態でそれを聞いていた。高晶は、見る見る目を見開いたかと思うと、ブルブルと震えて言った。
「…そのような…そのような危ないものを、王の我にも知らせず結界内に置いておったとおっしゃるか。それでなくともここのところ、次元の歪みが生じて志心殿との結界境を放さねばならなくなったとご報告したばかりでありましょう。それであるのに…それを知っておったら、すぐに維心殿に申して対処してもらっておったものを。もしや皇女は、あのようなもののためにこんなことに…!」
高司は、項垂れたままそれに答えた。
「軽く考えておった。封じ切れておるから、これからも大丈夫だと思うてしもうて。しかし、近寄らねばそのようなことにはならぬはず。なぜにあの場へ皇女と侍女だけで参ったのだ。」
高晶は、ブンブンと首を振った。
「そのような愚かなことはしておりませぬ!奥から見える庭を散策しておっただけなのに、急に倒れて激しく気を失っておって…!ついていた侍女が申すには、見る見るまるで気を吸い上げられるように生気を失い、なすすべも無かったと。」
維心が、割り込んだ。
「主の皇女が倒れたのは、その慰霊塔の場所では無いと言うことか?」
高晶は、目に涙を浮かべて、首を振った。
「違います。あれは、我とは違い言いつけを守る気立ての良い皇女であった。奥宮近くの、木陰の辺りであり申した。」
維心は、項垂れている高司を見た。
「どちらにしろ、知ったからには放置しておくことは出来まい。高晶の気、恐らくは幼い頃からそういった危険を傍に育った王の血筋であったから、これの持っておる命の力で危機を避けるために己で次元を退ける力を身に着けたのだろう。問題はなぜ、今こうしてその潜在的に持っておる能力が、これを包んで守っておるのかということぞ。傍に、その脅威があると見た方が良い。今すぐに命じて、臣下には宮の中へ籠って出て来るなと申せ。その間に、我がその脅威を探ろうぞ。また犠牲者を出さぬためにも、事は一刻を争う。高司、共に参れ。我をその慰霊塔へ案内するのだ。主もぞ、高晶。」
維心は、扉の方へと足を向ける。高司は、がっくりと肩を落としてそれに従うように後ろへと続いた。
高晶は、傍に控える征に今、維心が言った通りに宮から外へ出ないように、皆を見張れと言いつけ、鋭い目で高司を睨みながら、同じように維心の後ろに付き従ったのだった。




