能力
維心達上位の王は、無事に他の王たちに気取られる事もなく存分に立ち合いで戯れる事が出来た。
たまに側を通った王が珍しげに立ち止まったが、軍神達に促されて名残惜しげに己の控えへと戻って行った。
やはり箔炎は大変に腕を上げていて、炎嘉など何度もヒヤヒヤしたと打ち明けた。
駿も箔炎と立ち合っていたが、良い学びになると楽しんでいるようだった。
焔も派手な動きであったがやはりかなりの手練れで、しかし志心に下されて悔しそうにしていた。
維心自身はというと、やはり前世より負けなしなので、誰にも負ける事はなかった。
それでも、手応えのある相手との立ち合いに、満足していた。
「誠に久しぶりに楽しめたわ。」維心が言って刀を側で控える義心に渡した。「主らも良い動きではないか。焔もあれほど派手に動くのに隙が少ないのには驚いたわ。」
焔は、ブスッとした顔で維心を軽く睨んだ。
「うるさいわ。誠に主にはどうあっても勝てぬ。その大きな気で上から目線なのを何とかしてやりたいと思うのに、志心ですらやはり敵わぬか。」
志心が、苦笑した。
「これの対応力にはどんな太刀も通らぬわな。我も一度ぐらいはと思うのに、いつもやり込められてしまう。気の大きさ以前の問題よ。」
炎嘉が笑いながら言った。
「こやつは型がしっかりしておるのに急に崩して来るゆえ対応しづらいのよ。いつも真正面から真っ当な立ち合いをしよるし、余裕を見せよってと憤ると負ける。昔は出し抜いて一本取ったものだが、今は無理よ。段々騙されぬようになりおって。」と、側に膝をつく義心を見た。「…お。もしかしてこれは、義蓮が何としても父のようにとあちこち連れ歩いて育てておった、義心ではないのか。」
義心は、顔を上げた。維心が、自分の足元に膝をついている義心を見下ろして、頷いた。
「その通りよ。世話を掛けたようであるな、駿、箔炎よ。お蔭でこれは、今は次席軍神に据えておる。立ち合いの腕だけで言うたら、この宮で一番であると思うぞ。だが、若いしまだ宮の采配などは任せておらなんだから、今その様子を見ておるところよ。」
炎嘉は、興味を持ったようだった。
「ほう?こうして見ると、こやつの祖父の義心によう似ておるわ。というか、そのものではないのか。義蓮は義心を大層悼んでおったからのう。その時に生まれたこやつをあれの生まれ変わりだと言うて、同じ名を付けてそれは可愛がって。我が宮にも連れて参った時があったらしいが、我は忙しかったゆえ炎月と立ち合っておったのだと聞いておる。大層な手練れであったとか。どれ、一度立ち合ってみようぞ。この宮の筆頭に据えられる軍神なら、我も見ておきたいわ。」
維心は、苦笑しながら義心を見下ろした。義心は、じっと祖父の義心そっくりの目で維心を見上げている。維心は、言った。
「疲れておらぬか。本日は朝から働きづめであろう?帝羽は休ませておるが、主はどうか。」
義心は、首を振った。
「我は疲れておりませぬ。王がおっしゃるのなら、立ち合えまする。」
維心は、その真面目な様子に初々しさを感じながらも、頷いた。
「では、相手をしてやると良い。あれは酒も入っておるし疲れておるから怪我をさせぬ程度にな。」
維心が炎嘉をからかうようにそう言うと、炎嘉は刀を手にしながら維心を睨んだ。
「何を偉そうに。まだ成人前の軍神相手に何を言うておる。」
しかし、箔炎が言った。
「しかし義心は筋が良いからの。あの折でも相当腕が立つと思うたのに、今はもっとであろう。気を付けられた方が良いぞ、炎嘉殿。」
炎嘉は、箔炎の気遣うのに余計に気分を害したようで、フンと鼻を鳴らした。
「うるさいわ。主までそのように。」
しかし、駿も案じるような顔をした。何しろ、駿も負かされる勢いで、宮に来た時にはぐんぐん伸びた軍神なのだ。あまりに飲み込みと対応が速いので、これはあまり手の内を明かさぬ方がこれからのためかもしれない、と危機感を持ったほどだった。
義心が、刀を手に炎嘉と向き合う。
王達は、それぞれの考えを胸に、その立ち合いを見守った。
全部で三回、立ち合った。
義心は、かなり素早い動きで炎嘉の死角ばかりを狙う。しかし、時に真正面から来てハッとさせられ、気が付くと手から刀が飛んでいる、ということが二回あった。
しかし、炎嘉もかつては戦国を戦い抜いた神の王であり、三回目にはすぐに対応してやっと義心を下すことが出来た。
維心は、それを見て内心驚いた…これは、かなり出来るヤツだ。宮の軍神達と立ち合った時には、恐らく手加減をしていたのだろう。その能力の全貌を見ることが出来なかったが、今の立ち合いを見て分かった。義心は、恐らく祖父の義心と同じぐらいには、いや、動きが僅かに違う分もしかしたら優秀なのかも、と思わせるぐらいには、立ち合う能力があるのだ。
炎嘉が、最後に義心の刀を飛ばした瞬間、ホッと肩の力を抜いて、はあ、と息をついた。
「…なんぞこやつは。若い分動きも速いが、それよりも技術ぞ。余計なことをしおって駿も箔炎も。まるで実戦を積んでおるような対応力であるわ。かつての義心でも、ここまで巧みでは無かったのではないのか。というか、あやつとは何度も立ち合って筋を知っておったからまだ楽であったのに、こやつは似ておるが違う筋で来るゆえ難しいわ。一度も勝てぬで引き下がれぬと焦ってしもうたわ。」
炎嘉がぐったりとこちらへ歩いて来ながらそう一人ごちた。箔炎が苦笑した。
「だから言うたのに。我でも同じだったのではないかの。やはりあの時より格段に腕を上げておる。恐らく駿では勝てぬのではないか?」
駿は、渋い顔をしたが、頷いた。
「我では無理やもしれぬ。実戦の場なら殺しにかかる故もしかしたら勝てるやもしれぬが、立ち合いで技術だけを見る時は、刀を奪わねばならぬから。これの素早さに対応できるか疑問ぞ。なんとの、僅かの間にこうなるとは。」
志心が、もうあきらめたように言った。
「あれの血は強いの。我でもどこまで出来ることか。我に分があるのは、双剣を使うゆえ立ち合いの型が変わるところ。しかし、こやつなら即、対応して来ようの。誠に龍は、どこまでも強い血であることよ。」
高晶が、神妙な顔をして、黙ってそれを見ている。焔が、それに気付いてそちらを見た。
「高晶、落ち込むでないぞ。主の父だってそう皆に敵う腕ではなかったし、こうして皆で交流して参れば、主は父を超えることが出来て宮を守る力も得られるのだから、良いではないか。こうして皆の実力を知って、己を高める機会になるのだから。本日も、いくらか学びになったのではないか?」
高晶は、バツが悪そうな顔をした。何しろ、他の王達とは試合にならなかったのだ。それでも、駿も箔炎も気を遣って、適当に指導の立ち合いのように動きを促して教えるように立ち合い、そうして高晶も、やはり王族なのでどんどんと吸収して今回の立ち合いだけでも結構立ち合えるようになったのだ。
しかし、高晶は沈んだ顔をした。
「井の中の蛙とはこのことかと。我ももっと精進せねば。とはいえ軍神達は我より弱いし、鍛錬にならぬ。確かに焔殿が言う通り、こうして他の宮の王に教えを乞うて己を高めたいと今、心底思うておりまする。」
志心が、脇からいたわるように頷いた。
「我の宮ならいつでも来て良いから。隣りであるしの。次はもっと立ち合えるようになっておろうぞ。」
そんな会話を、義心は膝をついてじっと黙って聞いている。
維心は、義心を見た。
「我らは戻る。主も、大広間の皆が控えに戻ったら今休ませておる義将と交代して休むが良いぞ。本日はようやった。」
義心は、王が褒めるのを聞いて驚いた顔をしたが、頭を下げた。
「は!」
そうして、維心と他の王達は、訓練場を出て行った。
それを見送ってから、義心はまた皆に指示して訓練場を元の状態に戻すように指示を出し、大広間の様子を見にそこを出て行ったのだった。