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治療

維心は、蒼から緑翠が来ていて話があると言っている、と聞いて、思った。

恐らくは、志心のことだ。

緑翠は白蘭を娶っていて今、西の島南西と白虎は、距離も血縁でも近い。ということは、志心のことが漏れる可能性があるのは、どう考えても西の島南西が筆頭だ。実際は、義心が優秀なのでさっさと調べて来てしまったし、嘉張も負けじと気取ったのだが、本来は一番先に知っていてもおかしくはない位置だった。

今になって知った緑翠が、慌てて自分に助けを求めて来たとしたら合点がいく。

維心は、そう思って居間に座っていた。

維月は、十六夜が迎えに来て今はここには居なかった。どうやら北に見つけたという露天風呂を殊の外気に入ったようで、今日も碧黎と三人で出かけるのだそうだ。維心も誘われたのだが、あいにく自分はあまり誰かの前で肌を晒すのが好きではない。

なので、行って来るが良いと言って、送り出したのだ。

すると、扉の向こうで声がした。

「維心様、蒼です。緑翠を連れて来ました。」

維心は、苦笑した。だから主は王なのだから、本来勝手に入っても良いぐらいなのに。

「入るが良い。」

蒼が、心配そうな顔をしながら緑翠と共に入って来た。緑翠も、何やら必死な感じを受ける真面目な顔でいる。

維心は、言った。

「緑翠。久しいの。して志心はそれほどに悪いか。」

蒼も緑翠も、驚いた顔をする。維心は手を振って促した。

「座れ。だいたいは義心が調べて参って知っておる。だが志心は何も言うて来ぬし、こちらから言う訳にも行かず黙っておったのよ。」

蒼も緑翠も、急いで維心の前の椅子へと座った。

「オレは、今知ったばかりで。」と、蒼が言った。「何でも気を補充出来ないようで。知っている病でも老いでもないようで、あちらでは手詰まりのようなのです。」

緑翠は、何度も頷いた。

「奥から出て居間へ来るだけで粗方気を使い果たすような量しか常、蓄えられぬような状況のようでありまする。龍王殿には、そのような病にお心当たりはおありだろうか。」

維心は、顔をしかめた。

「そのように僅かな気で生きておるか。しかし我はそのような病に心当たりはない。少しずつ気を失う病なら知っておるが、そんな急激になど聞いたこともないわ。とはいえ、志心は生きておるのだろう?」

緑翠は、また頷いたが、下を向いた。

「はい…とはいえ、あれでは生きておると申すのかどうか。話すのは支障がないようでしたが、身が自由にならぬので。あれでは生殺しかと。」

維心は、考え込んで顎に触れた。確かに老いる訳でもなくただ体が自由にならぬとは…頭はハッキリしているのにとなると、自分でも堪らないだろう。

「ならば…役に立つか分からぬが、我が治癒の龍に行かせようぞ。折よく義心も参っておるし、あれに書状を持たせるゆえ、それを持って義心と共に我が宮へ参れ。そのまま連れて帰れば良いわ。」

緑翠は、ホッとしたように頭を下げた。

「は!誠に感謝致しまする。」

蒼が、イライラと窓の外を見上げた。

「十六夜はどこ行ったんだ。月にも居ないし結界内にも居ない。」と、声を上げた。「十六夜?!こんな時にどこに居るんだよ!志心様が大変なんだよ!」

十六夜の声が、気だるげに答えた。

《あ?風呂だよ風呂。北に温泉見付けたって言っただろうが。親父も維月も居る。》

蒼は、憮然として言った。

「用があるから十六夜だけでも帰って来い!知ってることあるだろ?」

すると、少し沈黙したかと思うと、話している三人の目の前に、パッと十六夜が出て来た。

「うるせぇなー。なんだよ?志心が元気ないのは知ってるけど。」

三人は、絶句した。

十六夜は、上半身裸、というか下には短いトランクスのような、薄いズボンを履いただけの状態で、全身びしょ濡れでそこに立っていたのだ。

「な…、」蒼が、完全に固まっている維心と緑翠の代わりに叫んだ。「こら!なんて格好で出て来るんだよ、着物は?!」

十六夜は、面倒そうに頭を掻いた。

「はあ?風呂入ってたって言ってるじゃねぇか。お前がすぐ来いって言ったんだろうがよ。」

そうだった、十六夜は言葉通りにするんだった。

蒼は、まだ固まったままの二人を横目に自分の袿を十六夜に掛けた。

「分かったから!とにかく目のやり場に困るからこれを着て!」

十六夜は、仕方なくそれに腕を通しながら、ブツブツと言った。

「うるせぇなーどうせ男ばっかだしいいだろうが。パンツは履いてるだろうがよ。」と、着物に顔をしかめる。「げ、気持ち悪ぅ。体拭いてないのによーったく。」

まだ二人がだんまりなので、蒼は軽く咳払いをして、そして、言った。

「えーっと、で、志心様のこと知ってたって?」

十六夜は、不機嫌ながら頷いた。

「知ってらあ。なんか白虎の臣下達が必死にあっちこっち走り回って薬湯だのなんだのと騒いでたから、気になって見てたんでぇ。でも、志心は確かに気が減ってはいるが、老いが来たわけでもねぇし、なんかの病って感じでもねぇ。そのうち回復するだろって放って置いたら今、って感じだ。とはいえひと月だろ?大層な病気だったら何年も寝込むもんだろうし、志心だってそのうち回復するんじゃねぇの?」

緑翠が、それを聞いて我に返り、裸に袿を引っ掛けただけの十六夜に目のやり場に困りながらも、言った。

「その…それでもあのままではあまりに苦しいかと思うのだ。維心殿も治癒の龍を貸してくださると申すし、申し訳ないのだが主にも、出来たら浄化の気を少し、あちらへ送ってはもらえぬかと。」

十六夜は、腕を組んでそれを聞いていたが、頷いた。

「別にいいけど。オレは無意識に地上には一様に浄化の気を与えてるんだが、その気の出力を志心の部屋だけ上げたらいいんだろ?やっとくよ。」と、ちょっと首を傾げた。「…よし。でもよー元気そうだぞ?なんか白蘭と話してる。体は動かねぇみてぇだけどさ。」

緑翠は、びっくりした顔をした。今のアレでもう対応済みなのか。

「感謝する。王なのだから、体が動かぬと政務が出来ぬのだ。では、我は龍の宮へ。」

維心が、やっと我に返って緑翠に頷いた。

「…ああ。すまぬな、義心には念で指示を送ってある。あれが書状をしたためておるはずだし、行って参るが良い。」

緑翠は、サッと立ち上がって、頭を下げた。

「龍王殿。誠にありがとうございまする。では、今はこれにて。」と、蒼を見た。「蒼殿も。騒がせてすまなんだの。」

蒼は、まだ十六夜の方を見ない緑翠に、苦笑して答えた。

「いつなり来てくれて良いから。こちらこそ無遠慮ですまぬな。」

いきなり裸の男が出て来るなんて他の宮ではないだろうに。

蒼はそう思うと恥ずかしかった。が、当の十六夜は全く恥ずかしくはないようだ。

人世で生きていた蒼には、十六夜の感覚も理解出来ないでもなかったが、しかし長く神世で王をやっていたので、さすがに礼儀には明るくなっていた。なので、それは恥ずかしかった。

緑翠が遂に十六夜に目を向けないままそこを出て行ったのを見送って、蒼は十六夜を恨めしげに睨んだ。

「…十六夜。身内だけなら慣れっこだけど、維心様や、まして西の島の皇子まで同席してる所に裸はまずいよ!神世ではみんな着物で手の先ぐらいしか肌が見えないのが普通なのに、いきなりパンツだけなんて、素っ裸と変わらないんだぞ?」

十六夜は、はいはい、と面倒そうに手をひらひらと振った。

「わーったわーった、これからはお前が呼んでも着物着てから出て来るよ。だから遅くなってもうるさく言うんじゃねぇぞ。全く自分の都合ばっかで呼びやがって、来たら来たで文句ばっか。オレだってやりたいことがあるの。せっかく維月が帰って来てるのにちょっと遊んでたぐらいでなんだよ。親父だって維月だって、今呼んだら同じようなカッコで来るぞ。風呂入ってるって言ってんのに来いって呼んだお前が悪いの。」

蒼は、腰に手を当てた。反省もしないで…!

「ちょっと待てよ、謝りもしないで…、」

「もう良い、蒼。」維心は、急いで割り込んだ。十六夜の性質はよく知っている。このままでは、十六夜がヘソを曲げて蒼と諍いになってしまうかもしれない。維心は、何百年と十六夜と共に来て、もうそこは良く分かっていた。「別に今さら十六夜が裸で出て来るぐらいで驚きもせぬのだ。我が言葉に詰まったのは、緑翠が居ったからぞ。あれは両刀であって、確かに今は妃も娶っておるがそういう好みは変わらぬから。志心の例もあるし、十六夜は顔立ちだけは美しいゆえ、もしや懸想したらとそっちの方向を案じておったからぞ。ま、緑翠はまともに十六夜を見ずに出て行ったゆえ、大丈夫だとは思うがな。」

蒼は、呆気にとられた顔をした。言われてみたらそうだった。確かに今さら維心が十六夜の裸同然の姿を見たぐらいで固まるのもおかしい話だったのだ。それで機嫌を悪くしていたら十六夜に謝らせなければと蒼は思っていた。

だが、そうではなかったのだ。

十六夜が、それを聞いて仰天したように椅子から立ち上がった。

「そういやそうだ!忘れてた、あいつどっちでもいけたっけっ?おいおい、なんで先にそれを言わねぇんだよ維心!」

維心は、顔をしかめた。

「だから本人の前でそんなこと言えぬだろうが。緑翠は両刀だから裸はまずいと、そんなことを申したらあやつは気を悪くするわ。己で己の身ぐらい守らぬか。神世が己の肌をそうそう晒したりせぬのは、それなりに理由があるのだと思わぬか。」

言われてみたら両刀が多い神世、いくら男でも隙を見せないのに越したことは無いということだろう。なんて不用意な、というのがあの瞬間の維心の感想だったのだ。

十六夜は、不貞腐れた顔をしながら、蒼の袿を脱いで蒼に放った。

「…わかったよ。次からは絶対きっちり着物着て来る。誰がどんな趣味持ってるのか分からんから。じゃ、オレは戻る。志心には浄化の気を下ろしてるから心配すんな。じゃあな。」

十六夜は、ヘソを曲げるのは回避できたようで、素直に愁傷な顔でそう言うと、スッと消えた。

蒼はため息をついていたが、維心は十六夜は素直で、納得さえしたらきちんとそれを守るようになるというのが良い所だと思っていた。恐らく十六夜は、今ので納得したのでこれからはきちんと着物を着て出て来るだろう。

蒼が、そんな維心の方をバツが悪そうな顔で振り返って、頭を下げた。

「維心様、申し訳ありません。十六夜は気ままで、オレの言うことなんてほんとに聞かなくて。」

維心は首を振った。

「良いと申すに。あれとは長い付き合いになるし、悪気が無いのも分かっておる。素直であるから、きちんと納得さえしたら守るのだ。主も扱いを弁えておるはずであるのに、あのように真正面から駄目だ駄目だと否定したらあれは意地になるぞ?気を付けよ。」

蒼は、神妙な顔をした。確かにそうなのだが、維心と緑翠の前で、月の宮の品位も疑われると焦りもあって、ついあんな風に言ってしまったのだ。

「はい…申し訳ありません。分かっていたんですけど。」

維心は、苦笑して息をつき、蒼をいたわるように言った。

「主の心持は分かるつもりよ。十六夜は確かに不躾なことをしおったのだ。王であったら怒るのは当然であろう。ただ、相手が十六夜であるから対処が難しいだけで。ま、今は志心よ。また義心より報告を受けようし、その時には主にも知らせよう。もう十六夜のことは案ずるでないわ。」

蒼は、言われて維心にもう一度頭を下げた。維心は、蒼がどう感じて焦っていたのを見て気取っていたのだ。だからこそ、十六夜のことをよく知っている自分が何とかしなければと、ああして十六夜に話して納得させたのだろう。

いつまで経っても維心に頼りっぱなしだな、と、蒼は自分の不甲斐なさに落ち込みながら、維心の対から出て自分の居間へと戻って行ったのだった。

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