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白虎

白虎の宮には、白蘭が緑翠に連れられて戻って来ていた。

父の志心が、病でも無いようなのに、具合を悪くしている、と、兄の志夕から文が来たのだ。

それを聞いた緑翠が、父王を見舞って置いた方が良いと言って、そうして白蘭を連れて白虎の宮へと急ぎ来たのだ。

志心は、白蘭が戻ったと聞いて、居間へと出て来て正面の椅子へと、背をあずけて座って待っていた。

「志心殿。」緑翠が、困惑したように言った。「そのようにご無理を。休んでおって頂いてよろしいのです。」

志心の姿は、老いてはいなかったが、疲れているようでだるそうに椅子へともたれ掛かり、いくらか肉も落ち痩せたように見えた。その上、目は落ちくぼんでいるし、薄く開かれているだけで、どう見ても何かの病に罹っているとしか、思えない姿だった。

そんな姿を目の当たりにして、頭を下げていた白蘭は、フラフラと倒れそうになり、慌てた緑翠に支えられ、やっとの事で言った。

「お父様…いったい、なんとしたこと。このような時に、お傍に居らずで申し訳ありませぬ…。」

志心は、薄く開いた瞼の向こうで、目の光は失ってはいなかった。フッと口元を緩めると、言った。

「嫁いだ娘にまで手間をかけるほど具合が悪いわけでもないのよ。治癒の者にも診させておるが、どうにも原因が分からぬ次第。とはいえ、気が全く無くなるわけでもないし、老いて来るわけでもない。どういう訳か体に貯めておける気の量が、極端に少のうなっておるのよ。なので、動き回るのがだるいだけ。こうして主らと座って話すぐらいなら、全く問題は無いのだ。問題だったのは、奥の寝台からここへ歩いて参る時であっただけよ。気が回復するのを待っておったので、気だるげに主らを迎えてしもうたのだ。もう少し、回復して参ったわ。」

言われて見ると、確かに目に力が戻って来ているようだった。しかし問題なのは、奥から居間へと出て来るだけで失われるほどしか気が貯められないという事実だった。

「いったい全体どうしたことか。志心殿、世に名だたる龍の治癒の神を、維心殿からお借りしてはどうか。あの宮の治癒の神が知らぬ病は無いと聞いておるし、恐らくは原因が分かりさえしたら治すことも出来よう。志心殿は龍王殿と友なのでは。」

志心は、ハアとため息をついた。

「やはりそう思うか。我とて一時的なら弱みを見せるのも嫌だったし、治るのを待つかと思うておったのだが…このままでは、次の会合まで治りそうもないしな。宮の者達も、龍に頼めと毎日うるさいのだ。そろそろ会合の出欠を取るであろうし、維心に書状を遣わせる。ゆえ、そのように気に病むでない、白蘭。」

緑翠に肩を抱かれて、さめざめとその胸に縋って涙を流している白蘭に、志心は居た堪れなくなって言った。白蘭は、何度も頷いて、言った。

「はい、はいお父様。早う治して頂かねば…我は、案じてしまいまする…。」

白翠もまだ幼い。白翠は色合いは緑翠に似ていたが、顔立ちは志心に良く似た皇子で、今は宮を這い回っている。それがまた可愛いらしく、綾も翠明も追い回して世話をしていて、こうして両親が留守にしていても困る様子ではなかった。しかも人見知りもなく愛らしく、誰にでもその美しい顔も手伝って、可愛がられているのだという。

志心はそれを知っていたのだが、白翠に会いに行こうにも、体が思うようにならなくて、その愛らしいという孫に会えていなかった。

手が掛かったが今では可愛い娘である白蘭の産んだ皇子なのだから、志心だって会いたかった。白蘭も、志心をそれはそれは慕っているので、志心も父としてもう少し白蘭を見守ってやりたかった。

「そのように。我は老いが来てもおかしゅうない歳であるのに、こうして具合を悪くしておっても若い姿のままぞ。案じるでないと申すに。緑翠、白蘭を頼むぞ。我はまだまだ死なぬが、それでも娘がこのように気弱になっておっては逆に案じられてならぬのだ。」

緑翠は、頷きながらも言った。

「もちろん、白蘭のことは最後まで面倒を見ると約しておるので任せてくださればよいのだが、今は志心殿のことよ。良ければ我が、これから龍の宮へ直接に参って話を通して参っても良いのだが。」

すると、それには白蘭が答えた。

「緑翠様、お願い致しますわ。どうか、お父様を治して欲しいと龍王様にお伝えを。我が嘆願のお文をお送りしても良いのですけれど…。」

緑翠は、必死な白蘭に、首を振った。

「主が文を書くほどでもなく、主の父王は龍王とは懇意。頼めば必ず手を貸してくれようぞ。ならば今すぐにでも。」と、志心を見た。「命じてくださいませ、志心殿。我が龍の宮へ参りまする。」

志心は、早く早くと焦る二人に苦笑したが、首を振った。

「そのように急がずとも良いと申すに。臣下に申して書状を送る。それに、我は主には命じることなど出来ぬわ。翠明の皇子なのだぞ?」

緑翠は、それでもずいと足を踏み出した。

「ならば我の意思で舅殿が病なのだと龍の宮へ参って見てもらえるように頼んで来ようぞ。それなら良いか。」

志心は、白蘭と緑翠の二人の圧に押されて、ため息をつくと仕方なく頷いた。

「ならば、主に頼むかの。しかし維心は恐らく月の宮。維月が里帰りしておるのだと聞いておるから、維心に話をするなら月の宮へ向かった方が良いわ。主は蒼とも十六夜とも懇意であるから、そちらでも問題あるまい?行って来てくれるか。」

緑翠は、何度も頷いた。

「は。ではすぐに参りまする。」と、白蘭を見た。「しっかりせぬか。父王をしっかり看護しておれよ。我は月の宮へ参って龍王殿にお頼みして参るゆえ。」

白蘭は、頷き返した。

「はい。蒼様には浄化の気をお送り頂けると聞いておりまするし、もしそちらもお頼み出来そうならば、重ねてお願いしてくださいませ。」

志心は、そこまでではないだろうに、とは思ったが、緑翠があまりにも真剣に白蘭に頷くので、何も言えなかった。

「では、行って参る。」

そうして、緑翠はサッと出て行った。

白蘭は、その後茶だ薬湯だと大騒ぎになり、志心は反って疲れるわ、と思いながら緑翠の帰りを待つことにしたのだった。


蒼は、居間でふと、顔を上げた。

「…緑翠?」

そして、何の躊躇いもなく結界を通す。この時期に先触れも無くいきなり来るなど神らしくない。緑翠はそれでなくても息子が育って来て宮を這い回るので世話が大変だとか、十六夜が言ってなかったか。

すると、扉の向こうで声がした。

「王。緑翠様がいらしておりますが、こちらへご案内してもよろしいでしょうか。」

永の声だ。

もちろん、蒼が結界を通したのは知っているので、連れてきても良いのは知っているはずだったが、それが決まりなので先に聞きに来たのだ。

「連れて参れ。」

蒼が答えると、扉の向こうの気配は去った。

しばらくして、また声がした。

「王。緑翠様をお連れしました。」

「通せ。」

今度は扉が開き、頭を下げる永の前を通りすぎ、緑翠が入って来た。見れば見るほど翠明にそっくりになってきた緑翠に、蒼は言った。

「誠に緑翠よ。どうしたんだ、子育てが大変だと十六夜が言うておったのに。」

緑翠は、頭を下げた。背後で、永が中に入って膝をつき、扉を閉めてその扉の前に控える。

緑翠は、言った。

「蒼殿。実は折り入ってお願いしたいことがあり申して急ぎ参った次第。こちらに龍王殿もいらしておると聞いており、お話を聞いて頂ければと。」

蒼は、怪訝な顔をした。西の島南西の宮の第二皇子が、どうしていきなり月と龍に話があるなどということがあるんだろう。

そうは思ったが、緑翠の顔はどこまでも真剣だ。蒼は、言った。

「確かに維心様もいらしているけれど、お忍びであられるし。いったい、どうしたんだ?話を聞いてもいいか。」

緑翠は、座る時も惜しいという感じであったが、蒼に促されるまま急いで椅子へと腰かけると、前のめりになって言った。

「蒼殿、時は切迫しておって。我の舅である白虎王の志心殿のことぞ。我は志夕から文をもらい、白蘭を連れて今しがた、白虎の宮で志心殿と対面したのだ。志心殿は、病というには病名も分からず、かといって老いが来たような様子もなく、ただ気を失った状態で気だるげにしておる志心殿を見た。居ても立っても居られず、嘆く白蘭を説き伏せて父王の看護を命じて、治癒の龍をお貸しいただけないか龍王殿に尋ねたいとこちらへ参った。もちろん、我が怪我をした折にはこちらでそれは世話になったので、月の浄化の力もお借りしたいと思うておるのだ。」

蒼は、目を丸くした。志心様が?!

「え、志心様はお加減がお悪いのか?いったい、いつから?オレは知らなかった。だったら急いで十六夜にそっちに向かって浄化の気を下ろしてもらうように言う。維心様にも、お話をしに参って良いか問い合わせるゆえ待ってくれ。」と、傍に控える侍女に急いで頷き掛けた。侍女も、意図を悟って急いで出て行く。蒼は、緑翠を見た。「それで、いつからなんだ。今度の会合は無理そうな感じか?」

緑翠は、深刻そうな顔で頷いた。

「我もあそこまでとは思わずで気軽に見舞いに参ったのだ。そうしたら、奥から居間へと出て来ることすらつらいような様で。とはいえ気が足りぬだけで、意識ははっきりしておるし話すことも問題ないのだ。いったいどうなっておるのか…白蘭も大変に案じておるし…どうやら、前の会合の後からのことのようだったが。志心殿は龍の宮へ書状を遣わせるなどおっとりした様だったが、我は居ても立っても居られずで。こうして白虎の宮を飛び出して来てしもうた。」

蒼は、何度も頷いた。そんな様子なら、心配で仕方ないだろう。志心は、それでなくても歳も歳だし、あの会合の後の次元の扱いで、気を消耗していたのは蒼も案じていたのだ。だが、まさかまだ回復出来ていないなんて。

すると、侍女が急いで戻って来て、蒼に頭を下げた。

「蒼様。龍王様が、お会いになるとのことでございます。」

蒼は、頷いて立ち上がった。

「行こう。維心様だって志心様がそんな風だと聞いたらきっとご心配だろうし。きっと治癒の龍を貸してくださると思う。」

緑翠は、待ってましたと立ち上がり、そうして蒼と共に、足早にそこを出て維心が居る対へと向かったのだった。

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