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筆頭

義心も義将も、自分達の王が月の宮へと来たのを知っていた。

それでも、維心は忍びで来ているのを知っていたので、呼ばれるまではと挨拶にも行かずにいた。そこへ、月の宮の侍女がやって来て、言った。

「義心様。龍王様がお呼びでございますが。」

義心は、振り返った。

「王が?兄上は。」

侍女は、首を振った。

「義心様にお話があるのだと申されておりました。」

義心は、少し眉を寄せた。自分が筆頭になってから、兄よりも自分ばかりが王の御前に参上し、そうして話を聞いて皆に知らせる、ということが多くなっている。それは至極当然のことで、どの宮でも筆頭軍神とはそういう役目を担っているのだが、兄と義心では、200歳ほどの年齢差があり、兄の方が長く軍に仕えていて、兄のメンツというものもあるだろう。

最近では、家を継ぐのは義心だと、義蓮がまことしやかに屋敷で親戚などに言ったりするので、義心は大概迷惑していた。まだ成人もしていない息子に後を継がせるなどと公言して、兄の心持を考えることもせぬなど。

義心は、前世の記憶も持っているので、自分の息子の無神経な様には腹を立てていた。

しかし、それを表立って言うわけにもいかない。

困っていると、義将が言った。

「我はまだここで嘉韻殿と励みたいゆえ。主は王の御前へ。また何かあったら我にも知らせてくれまいか。」

義将が、義心の気持ちを知って気遣ってそう言っているのが分かる。

だが、王が呼んでいるのに、行かないという選択肢は無かった。なので、義心は答えた。

「は。では兄上、すぐに戻って参りますゆえ。」

義将は、苦笑した。

「こちらは気遣わずで良いから。」

そうして、義心は急いでそこを離れて、王が呼んでいるこの月の宮にある、維心の対へと向かった。


前世から見慣れたその迷うはずもない月の宮の中、すんなりと維心の対の、居間の扉へと到着すると、義心は言った。

「王。お呼びであると、参上いたしました。」

すると、維心の声が答えた。

「入るが良い。」

義心は、扉を開いた。

すると、正面の椅子には、維心と維月の、二人が並んで座っていた。

維月は、どうやら維心に義心の転生のことを話していないようだった。そもそも、記憶が戻っているのを知っていたら、維心は維月と共に月の宮へと義心を来させるなどしなかっただろう。前世は、それで長く月の宮へと供をさせてもらえなかった。

義心は、そんなことを思いながら、維心と維月の前へと膝をつき、頭を下げた。

「表を上げよ。」維心が言った。「維月から、今聞いた。主、あの義心なのだな?」

維心の、直球の質問に、義心は面食らった。維月は、今言ったのか。

しかし、誤魔化すことなど出来ないだろう。義心は、答えた。

「は。恥ずかしながら、後継を育てることも、知識を全て書き残すことも出来ずで世を去ってしまい、心残りがあり戻って参ってしまい申しました。つい最近までは、何も知らぬで育っておりましたが、序列争いの際に王のお姿を初めてお見上げして、その折全てを思い出しましてございます。王には、ご懸念もおありかもしれぬと思い、何も申し上げぬ方が良いと思うておりましたものを…維月様に気取られてしまい申して。我の不手際でございまする。」

しかし、維心は首を振った。

「主が戻ったのなら我にとりこれほど心強い事はない。だが、確かに我だって前世のことは忘れておらぬし、複雑なのは確かよ。とはいえ主は戻った。他の者達には申したのか。」

義心は、下を向いて首を振った。

「いえ…それでなくとも、義蓮は我を跡目になどと申して、屋敷の中では面倒を。我は兄を差し置いてあの屋敷を継ぐつもりもありませぬ。王には筆頭をお任せくださり、これほどに光栄は事はありませぬが、それでも兄の心持を考えると、屋敷での立場まで奪いとうございませぬ。義蓮は我をそれは崇めておったので…我が戻ったなどと申したら、恐らくは有無を言わさず我に後を継げと申しますでしょう。そのようなことは、避けたいのございます。」

維月が、顔を曇らせた。維心は、それを聞いて軽く頷く。確かに、義心が生まれてまたあの血族が筆頭に返り咲いた形になった時、何より義蓮が喜び、義心を跡目にと騒いでいたのは知っていた。義心自身は気が進まぬようで、兄には敵わないと何度も言っていたのだが、その能力の違いは任務を見ていたら分かる。立ち合いの腕ばかりでなく、全ての采配が、義心は完璧なのだ。それは、前世の膨大な記憶が手伝っているのだから、そうなるだろう。

維心は、息をついた。

「ならば我は何も言うまい。主とて新しい生を与えられたのだ。主が父の器を奪ってまで戻ったことは維月より聞いておる。確かに主が居らぬ間、帝羽では難しい事も多くて我とて指示することが増えて手間は掛かっておったしの。主が筆頭となり、今は龍軍も落ち着いて回っておる。我とて情報が速く多いゆえ判断の間違いが起こる心配もない。先に手を回しておくことが出来るようになったゆえの。」と、黙って聞いている、維月を見た。「しかしながら維月のことは、主も知っておる通り許すことは出来ぬ。本当なら主が主でないなら、弓維を降嫁させようと考えておったほど。今となってはそのような無理は言わぬが、前世同様これには王妃として仕えるが良い。このようなことは言いたくなかったが…我とて主と同じく維月しか要らぬゆえ心持ちは分かるつもりよ。無理に縁談を勧めることはせぬ配慮はする。ゆえに、これを違えるでないぞ。さもなくば何を申しても誰かを娶らせると心得よ。」

義心は、王であるのにそんな配慮をしてくれる維心を、涙ぐんで見上げた。

「王…。我は、決して違える事はないとお約束致しまする。今生は己の責務に邁進し、そのようなことは、決して。」

維心は、重々しく頷いた。

「主を信じようぞ。では…義将も呼ぶが良い。」

義心は、驚いた顔をした。兄を?そうして、転生を知らせるのだろうか。

維月も戸惑う中、維心は苦笑した。

「今主が申したのではないのか。あれも来ておるのを知っておるのに、主だけを側に呼ぶとあれも複雑であろうからの。主は義将に、あの家を継がせたいのだろう?」

義心は、そんなことまで配慮してくれる維心に感謝の視線を向けてから、深々と頭を下げた。

「は!では、呼んで参りまする。」

そうして、速足でそこを出て行った。

維月は、維心に感嘆の視線を向けながら言った。

「まあ維心様…そのように臣下にご配慮を。」

維心は、まだ苦笑したまま維月を見た。

「憤ると思うておったのだろう?」維月が驚いた顔をすると、維心は続けた。「我だってあれのことは後悔しておったのだ。だからといって主を許すなど出来ぬが、それでもこれぐらいはな。そもそも主が直後に言い出せなかったのも、我がどう申すか分からぬから機を計っておったのだろうが。我だって、十六夜には敵わぬかもしれぬが、主に何でも話せる夫と思われたいものよ。」

維月は、分かっていらしたのか、と少しバツが悪かった。どう取り繕っても、結局は十六夜には言って、維心には言っていない事実があるので、長い付き合いの維心にはそれがどうしてなのか分かるのだ。

維月は、申し訳なさげに頷いた。

「はい…申し訳ありませぬ。維心様には長く義心のことについては、ご心配をおかけして参りましたので、お気を煩わせてはと良い機を探しておりまして…ですが、維心様にはお知りになられても思いのほか落ち着いていらして。これからは維心様をご信頼申し上げて、すぐに申すように致します。」

維心は、頷いて維月の手を握った。

「そのように願うがの。我とていつまでも同じではないのだ。少しは成長しておるのだからの。」

とはいえ、今でも維月絡みでは大騒ぎするのは昔から変わらないのだが、維月はそこには触れずに、愁傷に頭を下げた。

「はい。申し訳ありませぬ。」

すると、そこで扉の外から声がした。

「王。兄を連れて参りました。」

義心だ。

維心は、扉の方を向いた。

「入るが良い。」

そうして、維心は義将とも対面し、そうして月の宮でどれほどに腕を上げたのかとか、どんなことをしておるのかとか話を、いつもなら時の無駄だとあまり聞かないのに、辛抱強く聞いて、場の空気を和やかにした。

維月は、そんな維心を微笑みながら見ていた。

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