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暗い場所2

義心が、絶句してなんとか誤魔化す方法は無いかと言葉を出せずにいるのに、維月はただ、じっと義心の答えを待っていた。

その様子に、逆にもう言い訳は出来ないのだと義心は悟り、諦めて項垂れた。そして、言った。

「…死に逝く時、すぐに戻らねばと思うたのです。我は、己の知ることを全て書き記すことが出来なかった。後継を育て終えても居らず、王がお困りになるのは火を見るように明らかでありました。どうしても、すぐに転生せねばと黄泉の道を走り、すぐに門へと飛び込み、迎えに来ていた父に、すぐに戻らねばと、訴え申しました。」

維月は、頷いた。義心の父親というと、確か義光(ぎこう)。同じ筆頭軍神で、亡くなった後に義心は筆頭に座ったのだと聞いている。その血筋には、前世の維心を育てた、義明という軍神も居る、生粋の筆頭軍神家系だ。

維月は、黙って聞いている。義心は続けた。

「父は、次は自分の番なのでもう少し待つように、実は我を迎えに来たらもう、参るつもりだったと聞かされました。ですが、我は諦められなかった。我より王のお力になるのかと父に強く申したら、父は渋々己が行くはずであった場を譲ってくださった。義蓮もその子である義将も子をまだまだ成すだろうから…と。」

維月は、それを聞いて義光が入るはずだった器を奪って転生したのか、と驚いた。少しも休んでいないことになる。

「じゃあ、死んですぐに戻って来たのね。記憶は?どうやって持って来たの?」

義心は、下を向いたまま答えた。

「何を策する暇もありませなんだ。転生の浄化の光に晒される時、ただ強く…せめて王をお助けするだけの、記憶だけはと強く願ったのみ。それから後は…覚えておりませぬ。気が付けば、我は父に祖父の生まれ変わりと思うてしっかり努めよと言われており、それがまさか己のこととは思わず、ただ毎日精進して生きておりました。」

維月は、頷いた。では、皆が記憶を持って来たのと同じ。

「では…いったい、いつ記憶を取り戻したの?」

義心は、息をついた。

「…初めて、王と維月様をお見上げした時に。」維月が驚いていると、義心は続けた。「突然に、あの序列を決める立ち合いの前に、王をお見上げした瞬間、目の前に前世の記憶が広がりましてございます。我が生きた1000年以上の年月が、一気に戻って参って倒れそうになりました。」

あの時か。

維月は、合点がいった。維心は自分の気に当てられる軍神が多いので、そうだろうと思っていたが、そうではなかったのだ。

義心はあの時、押し寄せる膨大な記憶と戦っていたのだ。

「…立ち合いの筋が少し違ったのは、今生の記憶と混じったからだったのね。確かに腕の振り方は、どう見ても義心で…私達も、もしかしてと思ったの。でも、やっぱり違うから、そうではないと思い込もうとして…。」

維月は、ハラハラと涙を流した。義心は、戻っていたのだ。黄泉で休もうとも思わず、ただ役に立ちたいと…。

義心は、項垂れて言った。

「決してお知らせせぬと、決めておりましたものを。己の不手際でこのように。申し訳ありませぬ。」

維月は、義心を見つめた。そこまでして戻ってくれたのに、どうして義心を責められるだろう。それに自分は、とても嬉しいと思っている。義心が、ここに居るのだ。

「義心…本当は、忘れていて欲しかったの。あなたの幸福のためには、それが一番だと思っていたから。でも…私はわがままだから。覚えていて嬉しいと、思ってしまっているわ。本当に、これではいけないのに…ごめんなさい、私は素直に嬉しいの。」

義心は、驚いたように顔を上げた。嬉しい…?

「維月様…それは…。」

義心が、涙を流す維月に手を伸ばしたその時、上から声がした。

「…複雑であるが、今はそれまでぞ。」ハッとして振り返ると、そこには碧黎が浮いていた。「さて、まずは帰ろうぞ。維心がうるそうてな。」

維月は、碧黎を見てパアッと明るい顔をして、その手を握った。

「お父様!来てくださいましたのね。」

碧黎は、苦笑して頷いた。

「他なら放って置いたが、主であるからな。ここは維心には引き上げるのは無理な次元の空間ぞ。さあ、我とて長くは持たぬ。義心も。我の手を取れ。」

義心は、慌てて碧黎の手を掴んだ。

碧黎は、グイと二人を引っ張った。

「参るぞ。落ちるでない、我も二度は来れぬ。気の消耗が激しい。」

そうして、経験したことのないスピードで上昇し、みるみる光の中へと、飛び込んで行ったのだった。


飛び出した途端、維心の声がした。

「閉じるぞ!地上の気が激しく吸い込まれ始めたのだ!」

碧黎は、義心と維月の二人を脇へ放り出すと、叫んだ。

「我も手伝おうぞ!」

回りの気流が激しい。義心も維月も、立ち上がれないままそれを見守った。

維心と碧黎の二人の力がそれを押さえ込み、みるみる穴は小さくなり、そうしてやがて、消えた。

しんと何事も無かったかのように静まり返った中で、維心はホッと息をついた。

「…危なかったの。主が中へ飛び込んですぐに回りの様子が一変したのだ。」

碧黎は、頷いた。

「で、あろうな。我が気を全て食らい付くそうとしておったのだ。そうなると地上の命は気の枯渇で全滅しよう。だから我は行きとうなかったのよ。」

維心は、維月でなくば行かないと言っていた、碧黎の言葉の意味が今、やっと分かった。碧黎は、地の化身なのだ。碧黎の気が奪われるということは、地上の命を危険に晒すということになるのだ。

その事実に遅ればせながら身震いして、維心は維月に歩み寄った。

「維月…大事ないか。怪我をしたようだと聞いて案じておった。」

維月は、維心に手を取られながら立ち上がって、首を振った。

「もう何ともありませぬ。私は月ですから。それよりも、義心は止めておったのに一人でお庭に出てしもうて申し訳ありませぬ。私の責ですわ。」

維心は、維月を引き寄せて抱きしめながら、首を振った。

「良い。こうして無事であったなら良いのだ。だが、無茶をするでない。義心が止めるのは、理由があって止めておるのだからの。此度は碧黎が居ったから良かったものの、居らなんだら我にはどうにも出来ぬところであった。」

義心は、それを聞いて血の気が引いた。つまりは、前世であったら助からなかったということだ。

碧黎が、脇から言った。

「我にもどこまで地上に影響なく助け出せるのか、行くまでは分からなんだからの。結果的にあの程度で済んだゆえ良かったが、そうでなければ甚大な被害が出ておったのだぞ。気を付けねばならぬ。我はどこへでも行けるが、地上の全てを犠牲にせねばならぬ時もある。我が何を犠牲にしても主を助けに参ることを念頭に置くが良い。」

維月は、震えた。あの時、義心の手を掴んだまま離さなかったのは、良い選択では無かったのか。義心が言っていた通り、維心に義心があそこへ落ちたと知らせに行った方が、良かったのだろうか。

だが、自分が共に落ちなければ、義心はあの硬い地面に激突して、死んでしまっただろう。生きていたとしても、助け出すのも、碧黎が行ってくれないという事なので、維心に頼まねばならなくなる。しかし、碧黎は維心には無理だったと言った。

義心は、急いで今生に戻って来てくれたあの義心なのだ。

維月は、キッと顔を上げた。

「これからは、きっとこのようなことが無いように致します。ですが、此度のことは、私は義心と共に落ちたことを、間違っていたとは思っておりませぬ。」

維月がはっきりそう言うのに、維心は驚いた。地上の全てが掛かっていたのに?

「維月、言い過ぎぞ。地上全てを掛けて良いものなどない。確かに此度、碧黎があそこへ降りていた間、物凄い勢いで気が失われておった。時が掛かっておったら、このように安穏としておられなんだのだぞ?」

維月は、首を振った。

「ですが維心様…、」

維月が言い返そうとすると、義心が割り込んだ。

「我が悪かったのでございます。」維月は、驚いて黙った。義心は続けた。「早く宮へと戻したいと、近道を提案したのは我で、先に穴に落ちて、それを助けようと維月様まで巻き込んでしまったのです。維月様は我を庇おうとしておられる。王の妃を、そのような危ない目に合わせてしまったのは我の責。どうか、如何様にもご処断くださいませ。」

維心は、顔をしかめた。義心が先に落ちたのか。

「…確かに、維月ならば主を見捨てることが出来ずに助けに走るのは分かる。だが、王妃を危険な目に合わせたのは許されることではないの。」

維月は、慌てて首を振った。

「違うのですわ!私が最初、義心がならぬと申すのに、一人で白薔薇の園へ行こうとしたのです。仕方なく義心はついて参りました。そうしたら、不穏な気配がしたので、戻ろうということになって。急いで戻った方が良いと、近道を参りましたら義心の真下にいきなり穴が開いたのですわ!あのようなこと、誰も予想など出来ませんでした!」

義心が、膝をついたまま首を振った。

「あの道を進んでおって次元の亀裂をみつけたのです。それで、維月様を遠ざけて我がそれを封じました。その後に、穴が開いた。予想しようと思うたら出来たのではないかと思いまする。我の責であります。」

「もう良い。」維心が、お互いに庇い合う、義心と維月に顔をしかめて言った。「もう終わったことぞ。此度は碧黎のお蔭で事が大事にならぬ間に収まって良かったとしようぞ。これからは、このようなことは許さぬ。まして、地上を危険に晒すなどもっての他ぞ。分かったの。」

そうして、維月の肩を抱いて宮へと足を向けた。維月は、慌てて碧黎を見た。

「お父様、この度はありがとうございました。十六夜も、力を送ってくれてありがとうね。」

空から十六夜の声が答えた。

《親父がすぐに気取るだろうから大丈夫だろうと思って見てたけど、お前が怪我したみたいだからさ。また後で話聞くよ。》

十六夜は、維月の気の変化も感情の波も全て共有しているので、何かあると分かっているようだ。

維月は、空に向かって頷いた。

「うん、また後でね。」

碧黎は、息をついた。

「まあ良い。ではの。もう大層なことはしてくれるな。それから維心、志心では抑えるのは無理よ。主がこの辺りを見回って次元を安定させよ。でなければまたあちこち被害が出るぞ。高晶の気が高司より大きい上に、志心との波動の相性が良うないのだ。とりあえずお互いに気を付けよと申せ。」

維心は、維月をしっかりと腕に引き寄せながら、頷いた。

「分かった。これ以上問題が起こらぬよう、我が次元を安定させる。この度は感謝する、碧黎。」

碧黎は、浮き上がりながら答えた。

「主が礼を言うことはない。我が己のために維月を救い上げたまで。主に出来ぬからの。ではな。」

碧黎は、パッと消えた。

維心は、自分が無能だと言われたような気がして、面白くなかった。確かに、今回ばかりは自分では、維月を救いあげることは出来なかったが。

「…とにかく、さっさと宮の中へ戻って、それから志心と見回って参る。維月、主のことは他の王達に頼んでおくゆえ、おとなしゅう部屋に居れ。」

維月は、維心がこれ以上不機嫌になって、義心に沙汰などと言い出してはいけないので、おとなしく頭を下げた。

「はい、維心様。」

そうして、二人は義心を後ろに、宮へと帰って行ったのだった。

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